霧の街へ
投稿ラッシュ
マーリンと名乗った青年は、俺たちを汽車へと誘った。四人掛けのボックス席に腰を下ろす。乗客はまちまちだが、その中に通常客とは思えない男が数人座っていた。
隠そうとしてはいるが、身に纏う空気が一般人のそれとはあきらかに違う。恐らく、私服で一般乗客に偽装した、イギリスの騎士なのだろう。
「ご苦労をお掛けする」
「いえいえ、これも国家の為。お気になさらず」
にこにことしているが、それはあくまで表面上のものだろう。目の前に座る青年は俺とそう歳が変わらないように見えるが、甘く見ていると足元を掬われそうだ。
それで、と俺は話を切りだした。
「マーリン殿は先程、ご自身を宮廷魔術師と言っていたが」
「ああ、別に呼び捨てで構いませんよ。仰々しい肩書ではありますが、私はまだまだ修行の身。それに、魔法の腕だけならば貴方の方が上でしょう」
「…………」
マーリンの顔をまじまじとみつめ、言葉の裏を探ってみるが分かりそうにない。真意は測りかねるが、ただの謙遜と受け取っておくことにした。
「そうか、ではマーリンと。それで、宮廷魔術師というからにはこちらがあらかじめ送った資料には目を通されているのだろうか」
「ええ、勿論です。大変興味深く——、失礼。とても深い問題だと認識しておりますよ」
「なら、話は早いな。専門家の貴方から、率直な意見を訊きたい。——どう、思われる」
主語を抜かした会話ではあるが、流石にここで訊くのは眉を顰められてもおかしくなかったであろう。しかし、目の前に座る宮廷魔術師はそんなことを気にする様子もなく、口を開いた。
「率直に言いますと——非常にまずい、と言わざるを得ません。まず、規模の問題ですが、空前絶後と言っても過言ではありません。あれ程の規模のものなど、寡聞にして聞いたことがありませんから、恐らく、あれは史上最大のものであるのは間違いないでしょう」
と真剣な眼差しで告げた。
「更に言えば——直接見てはいないので断言は出来ないのですが——あれは恐らく、集めるだけが目的のものではない、と思われるのです」
「集めるだけ、ではない?」
彼ははい、と頷いた。
「そもそも、あの存在自体が集めるという機能のみに留まるはずがないのです。〝あれ〟は言うならば門。あくまで出口でしかありません。だと言うのに、機能としては集めることのみにしか使用されていない。これは現時点での推測にしか過ぎないのですが——集めたその先が存在するのではないかと」
「その、先——」
彼の言葉を聴いて、驚きと共にやはり、と思う所もあった。青髭の一件はまだ記憶に新しいが、そもそも彼が使用した魔力量が、貯蓄されたものと比べるとほんの僅かでしかないと気が付いたからだ。
調査では、溜め込まれた魔力量はフランスという国を三度吹き飛ばしてもお釣りがくる量の魔力が溜められていたという。それは、長年の間ひっそりとゆっくりと溜められてきたからだと考えられるが、しかし、ならばその溜め込んだ魔力は一体何に使うつもりだったのかという疑問に辿り着く。
ただ魔力を貯めるだけなんて馬鹿な真似をする為に国土全体に魔法陣を敷こうなんて考えないだろう。ならば、それ相応の理由があるのは間違いない。
しかし、そこから先はどれだけ考えても答えは見つけられなかった。自身には過去に、自称〝神〟だとかいう胡散臭い存在から能力を授かっているが、それはあくまでも直感でしかない。
〝何かある〟と漠然と感じても、正体までは見通せないのである。
それ故に、今回イギリスに協力を要請したのだが————。
「流石に、その先までは分かりそうにない、か」
「残念ながら。しかし、ゴーシュさんに来てもらったのは、その先を更に詳しく解析する為でもあります。あれを実際に見た人間がいるのといないのとでは雲泥の差がありますから」
そういうものか、と納得する。確かに、文書と写真だけでは理解が及ばない点はあるだろう。それに、魔法陣のことだけでなく青髭のことについても話す必要がある。
それを考えると、この遠征は決して無駄にはならないはずだ。
それからマーリンと更に会話を続けながら、目的地に着くまでの間、今後どうするかを話し合ったのだった。
◇
イギリスの首都。ロンドン。別名霧の街である。
俺の記憶では、彼の街が霧の街と呼ばれる理由はスモッグなどによる公害であったはずだ。しかし、この世界では魔法の発達が先であり、機械はそれを補助する為の機関として発明されたと記憶している。
ならば、公害など起こりようもないはずないと疑問に思っていたのだが、実際にロンドンに到着して、何故この世界のロンドンが〝霧の街〟と呼ばれているのかを理解することとなった。
一面に広がる濃霧。汽車がロンドンに近づくに連れて霧が出てきたが、ホームに降りると既に視界がミルク色に染まっている。
息を吸い込んでみると、その特異性に気が付く。
魔力が濃いのだ。
普通、魔力は大気中にも漂っているがそれは空気の持つ拡散力で薄くなっている。しかし、ロンドンの空気は別格だ。空気中の水分が飽和し、露点が下がることで霧が発生するように魔力が異常に飽和した状態にあるのだ。
つまり、この霧は水分が視覚化したものではなく、魔力が空気中に飽和して霧のように見えているということに他ならない。
これなら、確かに魔法大国になるはずだと納得する。恐らく、このロンドンという街は言ってみれば谷のような場所なのだ。谷間で霧が発生しやすいように、この街は、イギリスという土地において魔力が溜まりやすい場所、ということなのだろう。
とそこまで考えて、微かに引っかかりを覚える。何か、脳裏で符号が一致するような————。
しかし、俺はそれ以上考えを進めることは出来なかった。
「こちらに馬車を用意してあります。どうぞ此方へ」
マーリンが先導し、手を向けた先には濃霧の中で佇む馬車があった。馬車に取り付けられたカンテラの光が、霧の中で乱反射して揺らめいている。
ここで考えても結論は出やしないとそこで思考を止め、馬車へと乗り込む。マーリンは、俺達が乗り込むのを確認すると御者に合図を出した。
「出してください」
御者は頷くと、手綱を握り馬へ指示を出す。
滑らかに動き出した馬車は、俺たちを目的地へと運んで行った。
そう、この国を支配する、騎士の中の騎士と言われた王の下へと————。