Bad dream
あの頃の輝きは、消えてしまったのだ。
灰色の空。降りしきる雨。乾いた銃声。爆撃の音。泣き叫ぶ子供。のた打つ人々。ちぎれた四肢。燃える草木。音を立てる熱風。舞い上がる灰。その灰はきっと天には届かない。炭と化した教会。吹き飛ばされた民家。転がる死体。焼死。爆死。餓死。出血死。子供のものらしき右足。断面から間欠泉のように噴き出る鮮血。鮮血は黒い地面をどろどろに塗りたくって、熱風ですぐに蒸発。足を失い這う少女。口をぱくぱく、魚のように動かして、燃え盛る炎に飲まれて炭化。その灰は安住の地を求めて熱風とともに去った。銃を持った青年。物陰から身を出した瞬間、蜂の巣になった。何かを呟き、天に手を伸ばし、息絶えた。その祈りは、きっと天には届かない。きっと神には届かない。きっと報われない。
僕は地獄を見た。僕の網膜に焼き付けられた映像は離れない。眼球を取り去ってくれ。楽に殺してくれ。ああ、僕は死にたくない。
炭と化した教会の物陰に身を隠し、思い出すのはシンディー、君だけだ。君は綺麗な人だった。君は綺麗な人「だった」。神々しいまでに輝く金糸のような髪、ふくよかな体、ああ、今でも鮮明に思い出せる。君は天使「だった」。君は地獄にいてはいけなかったんだ。勇敢なんて言葉、此処では自殺としか取れないんだ。シンディー、君は勇敢だったんだ。
君は女の子を庇った。僕は逃げたんだ。よく思い出せない。それほど悲しかった。僕は臆病だった。シンディーの生死さえ分からない。
爆撃の音。誰かの悲鳴。断末魔の叫びの合唱は、鼓膜を破りたい衝動へ変化する。ふと眼球だけを動かして周囲の状況を確認すると、幼い女の子が立っている。あどけない顔をして、誰かの手を握っていた。誰の手かは分からない。千切れていたから。あどけない女の子は僕を見つめる。視線を逸らさない。僕に何かを言いたがっているようだった。僕に責任を求めているような、非難、憎悪が交わった、どろどろの瞳だった。その瞳を認識した瞬間、この少女からは一片のあどけなさも感じなくなっていた。全身で、この少女に恐怖を感じていた。僕は口を開けたが、言葉を発せない。それこそ魚のようだった。彼女に心臓を握りしめられている感覚。胸が苦しい。
僕は目を瞑る。僕はいつまでたっても臆病だった。幼い子供からも逃げたんだ。目を瞑るだけの行為でも、冷や汗でシャツが濡れて気持ち悪い。数秒たって、目を開ける。彼女は何を思ったのか、走って行ってしまった。僕が見たのは何かに駆られるように、何かに引っ張られるようにして走る彼女の後姿。彼女が走っていった方向からは銃声。悲鳴。さっきまで生きていた幼い女の子はもう死んでいるだろう。彼女は死に際に何を思っただろうか。僕が彼女を止めることも出来た。だが、僕はそこまで勇敢ではなかった。悲鳴。シンディーみたいな真似は出来なかった。シンディー、どうして君は勇敢になってしまったんだ。
もうじき此処にも奴らが来る。悲鳴。誰なのかは分からない。奴らは何でこんなことをしているのか。それさえも分からない。ただ、人はたくさん死んで、僕とシンディーの日常は爆撃で吹き飛んでしまった。悲鳴。
教会には大きな十字架があった。悲鳴。それはまるで神の加護を受けているように、ほとんど外傷なくそこにどっかりと存在していた。ただ、血まみれだった。赤黒く染まっていて、そこに縋りつくような姿勢で息絶える者、ぐちゃぐちゃになった子を庇うようにして臓物をぶちまけている者など、最後まで神に助けを求めたものの末路がそこにあった。神は非情だった。血が乾き、最初から赤黒かったのではないかと思えてしまうような十字架は、最後までこの争いを見物するのだろうか。神は非情だった。神は遥か遠くの世界で僕らを見守っていることだろう。悲鳴。見守るだけなんだろう。悲鳴。悲鳴。悲鳴。もう止めてくれ。
ここにいてもいずれは死んでしまう。シンディー、僕は君みたいに勇敢にはなれない。僕は立ち上がる。シンディー、君は死んでいないはずなんだ。天使よ、君は。
「おい、お前」
「え――――」
後ろから、声がした。女の子の声がした。
聞きなれた声だった。涙があふれてきた。
シンディー、君は勇敢だった。
シンディー、会いたかった。
シンディー、生きていたのか。
「シンディー、君は死んだんじゃないのか。これは夢なのか?」
「ええ、これは夢よ」
そんな――――――
瞬間、全身に激しい痛み。薄れゆく意識。
神様、そんな、助けてくれ。十字架を見つめる。また死体が見えた。
十字架に縋り付く男は、あれは、まさか――――
悲鳴。
炭と化した教会で、十字架に縋りつくようにして死んでいる男。女の子を庇うようにして、臓物をぶちまけて死んでいる女。勇敢な女と臆病な男。神は非情だった。
幽体離脱してみたい。
どうも、初投稿になります。以後よろしく。




