これだけ
大学からアパートまでの道のりは自転車で15分程度の軽いものだ。今日は夕方まで講義があったため、もう日は落ちかかって建物の影が大きく伸びている。
自転車をこぎながら冬樹はどうしようもない無気力感に浸っていた。彼の毎日の生活が、この大学からの帰り道のように単調だからということもある。
人通りのある道から、走ることに使うぐらいの川沿いの道へ出た。自動車が通ることができないようになっている道なのでたいしてきれいでもなく、彼の走る左側には車道が2メートルほどの坂の上にあり、右側は川になっていて、道との間には背の高い雑草が茂っている。
彼がふと前のほうを向くと20メートルほど向こうの雑草が妙な動きを見せているのに気が付き、同時にそこから人の声が聞こえるのがわかった。
彼はその何を言っているのかよくわからない若い女性の声に少し恐怖を感じたが、気にせず走り去ることをすぐに決めた。そしてその揺れ動く雑草のそばまで来たとき、彼が横目にそちらのほうをのぞくと、喋る薄緑色の布の塊がうごめいていた。
不思議なものを見てしまったと彼が思ったとき、自転車の後方に大きな揺れと衝撃を感じ、同時に自分が後ろから人に抱きつかれるのを感じた。その腕は薄緑色の服を着ており、彼はすぐに先ほどの緑の人だとわかった。
「ええ?」
しかし彼には何がどうなっているのかわからないのと同時に、自転車の二人乗りをしたことがないためバランスが取れないのを理由にその自転車をとめた。
そして体を後ろにひねり荷台の上に無理やり乗ってきたであろう人物の方を向いた。そこで何かしら今まで感じたことのない、しかしとてもしっくりと来るような衝撃的な感覚を彼は感じた。
「え?なんですか?」
後ろに座り、つかまっている冬樹と同年代の彼女はいたって落ち着いた表情で冬樹の方を見ていた。彼女が来ている服はやわらかいブランケットのような生地でできたワンピースのパーカーであった。
「いけ、風のようにブルズアイ!」
唐突にそう大きな声で言われたので冬樹は困惑し、言葉をなくしたが、ここでじっと見つめあっているのもなんだかおかしな気がして、よろよろと自転車を走らせ始めた。