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村娘の伝説

作者: 雪時雨



「あ~だるい~」


椅子にだらしなく腰掛け天を仰ぎ男が一つ声をこぼす。

食事の支度をする女は背を向けたまま反応をすることはなく、野菜を煮込んだスープを静かにかき混ぜていた。


「ひまだ~」


再び男がぼやく。

しかし女はやはり反応をしない。


「どっか遊びに行こうかな~」

「・・・・・・」


反応なし。

ただただ鍋をかき混ぜる。


「あ、枝毛発見」

「・・・・・・」


女は無言。


「ひま~」

「・・・・・・」


「なあメシまだ?」


それでも女はむ・・・――――


「うっさいわねっ!ごくつぶしが偉そうにしてんじゃないわよっっ!!」



怒鳴った。



プラス振りかえりざまのお玉攻撃。

投げられたそれを身軽に避けた男は肩をすくめつつ女と距離をとった。


「うっわ逆ギレかよ」

「正当な怒りだ!このっクサレ勇者!!!」

「勇者に失礼だぞコノヤロー」

「野郎じゃないわボケ!でもってあんたが勇者なんて絶対何かの間違いよっ!」

「え~でも本当のことだし」



そう。


今目の前でだるそうに文句をたれている男は何をどう間違ってしまったのか勇者と呼ばれる者だった。


時を遡ること百年程前。世界はある日突然現れた魔王によって支配をされる事となってしまった。

魔王はその圧倒的な力でもって逆らうものを抑えつけ排除し、魔物を放って世界を恐怖と混沌に陥れた。

人々は絶望し生きる気力を段々と失い、世界はゆっくりとしかし確実に荒廃していった。

けれどそこに現れたのが一人の男。

男は蔓延る魔物を次々に倒し人々の希望をその身に集めた。

何処で生まれどのように育ったのか、名前すら誰も知らない。

それでも救世主の誕生に世界は喜びの声をあげた。


噂では男は今、魔王を倒す為城を目指し旅をしているのだという。


だが、なにがどうしてこうなったのか勇者は今まさに目の前にいた。

別にいることが問題なのではない。

勇者は旅の途中で色々な村に立ち寄り歓迎を受け、村を脅かす魔物を倒していると聞いているから。

この村も先日、長く自分達を苦しめてきた魔物を倒してもらったばかりだ。


歓迎をした。

魔物を倒してもらった。

お礼をした。

体と心を休ませてやった。

するべきことは全て終え務めは十分に果たし終わったはずだ。


なのに。



「いったいあんたはいつまでこの村に居座るつもりよ!」

「さあ?」


かれこれ二週間ほど、勇者は村に入り浸っていた。


怒鳴りっぱなしなせいでぜいぜいと息を切らす女。

対して勇者は至って涼しげな様子で、女は一つ息を吐きなんとか気を落ち着かせることにした。


「魔王退治とかはどうしたのよ・・・」

「あー魔王退治ねぇ・・・。正直かったるいしめんどいわ」


・・・・・・・・は?


「は?」


言うに事欠いてかったるい、面倒だとな。

女はあいた口がふさがらなかった。



ははっリティア間抜け顔



勇者の声が酷く苛立たしく聞こえた。


確か、魔物を倒した時の怪我の療養だとかこれからの旅に備え英気を養うためだとかがこの村にとどまっている理由だったはずだ。

長く村を苦しめていた魔物を倒してくれた恩人であるから、何の疑問も抱くことなく女含め村人たちは快く勇者の滞在を受け入れたのだった。

なのに・・・・・・今の言葉は自分の聞き間違いだろうか。

そこで女―――リティアはハッと目を見開いた。

そういえばこの勇者、外面がやたらとよかった。

かくゆう己も騙されたうちの一人なのだが、勇者に出会ったばかりの自分を叱ってやりたい。

格好いいとか思った自分どっかいけ。


訪れた当初は正に勇者と言わんばかりに凛々しかったというのに、今のだらけっぷりときたら。

正直騙されたと思った。


が、この事実を知っているのは悲しいかな自分しかいない。

村長や他の村人たちの前、特に村娘の前では猫かぶりが完璧だ。

疑う余地は塵ほどもない。

だから自分が村人に勇者の愚痴をこぼしたとしても信用されず逆に責められてしまうことだろう。


あぁ理不尽。


でもって何故か勇者は村一番の美女や一番立派な屋敷に住む村長の誘いを断りリティアの家に入り浸っていた。

外ではリティアがみっともなく勇者を引きとめているというなんとも不本意な認識となっているが。

故によこされる言葉なき威圧は大変堪えがたく、何度勇者の化けの皮を剥いで突き出してしまおうかと考えたことか。

しかし勇者のそつのなさにはぐうの音も出ない現状だった。


あぁ憎らしい。



――――コンコン


『勇者様いらっしゃいますか?』


噂をすればなんとやら。(といってもリティアの脳内でしかしていないが)

村一番の美女が勇者のもとを(家はリティアの物だがここに来る大抵の者が勇者目当てだ)訪れたようだった。

途端空気をキリリっと引き締め勇者スマイルで美女を出迎える勇者。

リティアはこれから始まる滑稽な演技を無視すべく、放置されたままだったお玉を拾い上げた。


「勇者様、いったいいつになったら私のもとへ遊びに来て下さいますの?」


問う美女は早速勇者へと甘い視線を飛ばし、その腕へと自身の腕をからませた。


「おや?つい先日もそちらへとお邪魔したと思うのですが・・・」

「もうっ焦らしているんですか?夜に来てほしいと言っているのです」


とぼけてみせる勇者に軽く拗ねたように口をとがらせ、腕へと胸を押しつける。


「それは、夜に淑女のもとを訪れるなど失礼にあたるので――――」

「かまいませんわっ」


勇者の言葉を遮り美女はとうとうその背へと腕をまわしひしり、と抱きついた。

条件反射の如く勇者も美女の背中に腕をまわし二人は抱き合う。


「勇者様ならわたくし・・・」

「いけません、そんな事をしては貴女がなんと言われてしまうか。それを考えるだけで僕は胸が痛い」

「たとえあばずれと言われようと気にしませんわ」


互いを想い見つめ合うその瞳は甘い。

しかし不意に視線を外し目を伏せた勇者は苦しそうに声をもらした。


「やはり僕には耐えられない。貴女が苦しむ姿などっ」

「勇者様・・・・」



あーはいはい。


背に二人の会話を聞きつつ鍋をかきまわしていたリティアはそんな感想しか抱かなかった。

裏の勇者を知るリティアとしては甘い雰囲気と切なさを振りまく二人はハッキリ言って喜劇にしか見えない。

いくら美女が真剣であろうと、むしろそうであればあるほど滑稽にしか映らないのだ。

だからといって自分が本当の事を言ったとて嫉妬と醜い独占欲で嘘を言っているのだろうと言われるのがおち。

この後勇者が上手く美女をなだめすかし家から追い出して(リティアのイメージで)ひとしきり文句を言うのがいつもだ。

時々美女側が村娘AだったりBだったりと変わりはするが、大体毎回同じようなパターンで終わる。


そろそろ勇者と村娘の恋物語も聞き飽きてきてしまった。



「あーつかれたぁ・・・」


ぱたりと扉が閉まる音と共にガラリと雰囲気を変える勇者。

相変わらず変わり身が速い事だ。


「無駄な気力体力使ってハラ減った。メシ!」

「わかってるわよ」


これもいつもの会話だ。

リティアはやれやれと息をつき火を止めた。

棚から皿を取り出してスープをすくおうとお玉を手に取る。


「?」


ぽこり、と気泡の弾けたスープにリティアは動きを止めた。


おかしい。

もう火は止めたはずだからスープが煮立つはずがない。

だというのに気泡は次々と弾け始めぐらぐらとまるで煮立っているかのよう。

何が起こっているのか全く分からず呆然とするリティアの前で一段と大きな気泡が大きく膨れ上がる。

危ない、そう思った時、何者かに強く腕を引かれ視界が黒く塗りつぶされた。


パァンっと泡がはじけ熱いスープが辺りに飛び散る。


「はぁーーーっはっはっは!」


(ん?)


次いで聞こえた幼い高笑いにリティアは思わず首をかしげた。


「あちぃ」

「勇者!?」


と、すぐ近くから聞こえた声に頭上を仰げばスープがかかったのか眉を寄せる勇者がいた。

まさか庇われるとは思っていなかったリティアは驚きの声をあげる。

火傷などされたら大変だ。

村の者になんと言われるかわからない。

慌てて布巾を濡らして勇者へと渡してやった。


「大丈夫?勇者」

「平気。ん、今日もうめぇな」


手の甲に飛んでいたスープを一舐め、満足そうに頷いた勇者にリティアは当然だと頷いた。

丹精込めて作った自分の料理がまずいなど言わせるはずがない。


「あーあ、それにしてももったいねぇ。スープの殆どがおじゃんじゃんか」


弾け飛んだ鍋のスープはその四分の一ほどしか残っていない。


「てめぇのせいだぞ。どう落とし前つけてくれんだよ」


勇者はスープから飛び出し床でふんぞり返っていた子どもにギロリと睨みをきかせると脅す様に低い声で言ってみせた。

食い物の恨みは怖いんだぞと続ける勇者はハッキリ言って大人げない。

確かにスープは勿体ないが相手は子どもだ。笑って許しはしなくても手加減をしてやらねば。

しかも熱いスープから飛び出してきたのだから火傷とかの心配も・・・・。


あれ?スープから、 飛 び 出 し て き た?



「すっすまない、少々出現場所を間違えた故・・・・ってちがうわぁ!」

「うおっ」


勇者の言葉に脅えた風に謝ろうとした幼子ははっとすると叫びながら突然何か光の様なものを飛ばした。

ひらりとかわした勇者の背後にあった机がどかんっと木端微塵になる。

ぎゃっとリティアは顔を青ざめさせ慌てて隅へと避難した。


何なんだ一体。

登場の仕方からして幼子はただの幼子でなく、魔導師の類か人間ではないかだ。

そういえば今気付いたが幼子は頭から立派な巻角を生やしている。(気付くのが遅すぎる)

瞳孔も縦に割れていて爪と牙が鋭い。

髪色は闇のように深く、反対に肌は雪のように白かった。

だからか興奮に頬を染めた様子が酷く可愛らしく感じて。

撫でてみたい・・・・いやいや、違うだろう。

邪な思いにリティアが首を振った時、幼子は誇らしげに胸を逸らしそれはそれは高らかに宣言した。


「私は魔王だ!勇者!お前がいつまでたっても来ないから態々こちらから来てやったぞ!!」

「「・・・・・・・」」


一瞬沈黙。

その後リティアはいそいそと鍋の後始末にかかり、勇者はかろうじて無事であった倒れた椅子を元に戻し疲れたように腰を下ろした。


メシまだ?


もう少し待ってよ



「こらっ無視をするな!」


再び幼子の癇癪。

今度は食器棚が破壊された。


「お前がっ来ないから!ずっと待ってたのに来ないから!だから・・・っ来たのに無視するなぁ!!」


話しているうちに感情が高ぶりすぎたのかボロボロと泣きはじめる自称魔王。

え~、と目の前で子どもが泣いているというのに、しかも原因は勇者らしい、勇者は面倒そうな顔で頭をかいた。


「勇者が来たら絶対に殺してやるって思ってたのに!だから魔物とか一杯作って待ってたんだぞ!でもあんまり遅いから増えすぎて大変なんだからなっ」

「それって自業自得だろ?俺かんけーねぇし」

「勇者のせいだ!」

「言いがかり。迷惑だ」

「責任取れっ」

「嫌だよ」

「うわぁぁぁぁんっ!」



ドカーン


バキーン


ガシャーン


ドゴーン


自称魔王が叫ぶたびに光の様な衝撃波の様なものが飛び、勇者がそれをひらりひらりと避けるものだから次々と家の物が破壊されていく。

お玉片手に固まって見ていたリティアはその酷い有様に言葉を失う。

プルプルと握る腕が震え、沸々と熱いものがこみ上げ、ギリギリと歯を軋ませる。


―――私の家が


「絶対来るって信じてたのに!」


吹き飛ばされた木片が飛ぶ。


―――みんな勝手にやってきて


「てめぇが勝手に信じたんだろ」


壁の一部が崩れ落ちる。


―――迷惑だって言ってるのに


「うらぎりものぉ!」

「意味わかんねぇし!」


お気に入りだった花瓶が砕けた。


―――誰もかれも好き勝手にして



正直、堪忍袋の緒が切れます。



「勇者なんてし「いい加減黙れぇっ!!」っ!!?」


カコーーーーーン


音にするならそんな感じ。

とうとう切れてしまったリティアは再び破壊の光線を出そうとした自称魔王の頭をお玉で叩いた。

それが丁度額の宝石にクリーンヒットしたようで粉々に砕けてしまう。

息を飲み言葉を失って固まった自称魔王に未だ熱を持った息を吐き出したリティアはそこではっと正気に戻った。


しまった子どもを思いっきり叩いてしまった。


いくら自分の家を破壊されたからといって(十分な理由ではあるが)子どもに手をあげるなどとは大人げない。

しかも原因は勇者が自称魔王にかまってやらなかったせいなので非は勇者にある。

理不尽?はっそんなの知るか。

リティアはガタガタと震えはじめた自称魔王に慌てて膝をつきその顔を覗き込んだ。


「あ・・・・ぁ・・・・・っ」


その表情は真っ青で絶望の色が濃い。


「ごめ・・―――」

「力の源がぁっ!」


謝ろうと口を開き放った言葉は自称魔王の叫びにかき消された。


「どうしてくれる娘!あれがなければ我は人間と変わらぬのだぞ!せっかく作った魔物も消えてしまうではないかっ」


お気に入りだってあったのに!


そう叫ぶ魔王にぽかん、と呆気にとられる勇者とリティア。


「へえ、じゃあ世界は平和になるのかな?」

「・・・・・」

「知らぬわっ!」



完全にへそを曲げてしまったのか、勇者の言葉に自称魔王は投げやりに吐き捨てた。

呆気にとられた表情のままリティアは無言で幼子を見る。

自称魔王は涙目だった。


ちょっとまて。

いきなりのことで思考が追い付かない。


仮に、自称魔王が本当に魔王だったとして(あの恐怖の象徴がこんな可愛らしい子どもだなんて考えられないが)ならば今、魔王は退治されてしまったということになる。

何ともあっけなく。

お玉で。

・・・・・・・いやいや待て待て、それこそ待てだ。

まさかそんな事あるはずがないじゃないか。

どうして一村娘であるリティアが魔王なんぞを退治できるというのだ。

しかも何処にでもある普通の使用済みのお玉で。

勇者の剣だってあるというのに。

聖剣ディザイアスなんて言う御大層な名前付きだ。

それを差し置いてお玉・・・・・・。


嘆く自称魔王と、や~よかったよかったと勝手に安心している勇者をよそに暫く考える。

結果、


「・・・取り敢えず部屋を片付けて食事にしましょう」


なかったことにした。


「えー!片付けの前に食おうぜ!」

「この惨状でどうやって食べるっていうのよ・・・」

「我は下賤な者の施しなど受けんぞ!」

「お腹すいてないの?」

「バカにっ・・グ~・・・・・・・・・くう」


言葉途中でなった腹の虫に恥ずかしそうに俯いて小さく呟く自称魔王。

その様子は外見通り大変可愛らしい。

思わぬところで現れた心の癒しとなりそうなその存在に、リティアはそんな素振りなどおくびにも出さず心の中で悶える。



こうして、人知れず小さくひっそりと世界の平和は守られたのだった。

















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― 新着の感想 ―
[一言] 苦労性な主人公ですね…何だか可哀想で胸が痛みました。早く詐欺師みたいな勇者から解放されて欲しいと思いました。 もし勇者のツンデレがああいう形で発揮されてるなら二人お幸せになって欲しいと思い…
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