招かれざる「完璧な」サル
「……で、これが我が園の起死回生の秘密兵器、メカ・ニホンザルの『アルファ・サトル君』です」
上野毛市立動物園の飼育員・鈴木は、死んだ魚のような目で、目の前に鎮座する金属製の物体を指さした。
「おい鈴木。これ、どう見てもただの『足の生えた炊飯器』だろ」
園長の高橋が、ハゲ頭をなでながら眉をひそめる。
鈴木の言う「秘密兵器」は、全身を鈍い銀色のチタン合金で覆われ、なぜか頭に真っ赤な赤飯用の重箱を載せた、全高一メートルほどの直立する機械だった。
「園長、見た目で判断しないでください。これでも開発に数千万円かかってるんです。予算削減で本物のニホンザルが減ってしまい、我が園のメインである『サル山』が過疎化するのを防ぐには、このAI搭載型ロボットしかいません。本物そっくりのサイズ感で、子どもたちに大人気間違いなしです!」
鈴木が自信満々に起動スイッチを押した。
ピピッ、という電子音とともに、アルファ・サトル君の目が不気味なLEDの赤色に発光する。
『ウィーン……ジジ……。私は、ニホンザル。山ノ、王。バナナ、寄コセ』
声が、完全に場外馬券売り場のおっさんだった。ダミ声である。おまけに「ニホンザル」と言えず「ニポンザル」に近い発音になっている。
「……鈴木。これ、本当に子どもに受けるか?」
「大丈夫です! 最近のキッズはサイバーパンクとか好きですから!」
こうして、上野毛市立動物園のサル山に、一頭の「機械のニホンザル」が投入されることになった。
☆
翌週の日曜日。快晴。動物園はそこそこの賑わいを見せていた。
鈴木と高橋園長は、サル山の観客席の後ろから、ハラハラしながらサトル君の様子を見守っていた。
サル山には、本物のニホンザルが三十頭ほど暮らしている。彼らは突如現れた銀色の「新入り」に対し、あからさまに警戒態勢をとっていた。
ボスザルの「ゴロウ」が、サトル君の前にのしのしと進み出る。ゴロウは大きく口を開け、鋭い牙を見せて「キィィィー!」と威嚇した。同じニホンザル同士、絶対的な上下関係の誇示である。新入りのサトル君に、現実を叩き込もうというのだ。
対するアルファ・サトル君。
AIが状況を解析し、スピーカーから爆音を出力した。
『ジジ……威嚇行動ヲ確認。対抗措置。オマエノ、母ちゃん、出ベソ』
「小学生か!!」
鈴木が思わずツッコミを入れた。しかし、サトル君のAIは止まらない。
『分析:相手ノ顔面、平均的ナ、ニホンザル以下。私ノ、勝ち』
同じ種族としてプライドをズタズタにされたボスザルのゴロウは激怒し、サトル君の頭に飛びかかった。神聖なるサル山のトップとして、その金属製の耳を思い切り噛みしめた。
だが、相手はチタン合金である。
ガキィィィン! と、サル山に虚しい金属音が響き渡った。ゴロウは自分の歯が砕けそうになり、涙目で顎を押さえながら、その場にのたうち回った。
『フッ……脆弱ナ、有機生命体メ。これが、デジタルネイティブの、実力』
サトル君は、内蔵された油圧シリンダーを駆動させ、ゆっくりとマッスルポーズを決めた。ウィーン、ガシャ、という機械音が妙に力強い。
それを見た観客の子どもたちが大歓声をあげた。
「すげー! 銀色のサル、めっちゃ強い!」
「ママ! あのサル、自分でウィーンって言ってる!」
鈴木はガッツポーズをした。
「見ましたか園長! 大ウケです!」
「いや、ウケてるけど、これ動物園として正しいのか……?」
園長は複雑な表情で、ハゲ頭の汗を拭った。
☆
事件が起きたのは、午後のおやつタイムだった。
飼育員がサル山にバナナやリンゴを投げ入れる時間だ。
普段なら、ボスザルのゴロウが一番良いバナナを独占し、残りを他のサルたちが分け合う。それがニホンザルの社会秩序。
しかし、アルファ・サトル君のセンサーが「高級バナナ」を検知してしまった。
『警告。糖度、最高。私ノ、燃料、最適』
サトル君は、本物のサルを遥かに凌駕する時速六十キロのサーボモーター駆動で突進した。地面をキャタピラ並みの力強さで蹴り、ゴロウが手を伸ばしかけたバナナを、ジャストミートで強奪した。
そして、サトル君は重箱のような頭部をパカリと開くと、バナナを皮ごと中に放り込んだ。内部の高性能シュレッダーが、ガガガガガと凄まじい音を立ててバナナを粉砕する。
『美味。しかし、有機物ハ、潤滑油ニ、ナラナイ。排泄スル』
次の瞬間、サトル君のお尻のハッチがパカッと開いた。
そこから、完全にペースト状になった「超濃縮バナナ泥」が、高圧コンプレッサーの勢いで、ボスザル・ゴロウの顔面に直撃した。
ブシュウウウウウ!
「キ、キィィィィィィ!?」
顔面を謎のバナナペーストまみれにされたゴロウは、精神的ショックでその場に気絶した。
静まり返るサル山。
サツマイモをかじっていたメスザルたちも、動きを止めてサトル君を見つめている。
彼らの目には、同族の姿をしながら「絶対に逆らってはならない、排泄物が飛び出す恐怖の鋼鉄王」として映ったに違いない。
その日を境に、サル山の権力構造は完全に崩壊した。
本物のサルたちは、サトル君が右手を「ウィーン」と動かすだけで、一斉に地面に平伏し、貢ぎ物のリンゴをサトル君の足元に置くようになった。
サトル君は、サル山の頂点――いや、上野毛市立動物園の「新・ボスザル」に君臨したのだ。
☆
「鈴木……どうにかしろ、あれを」
一週間後、園長室で高橋園長が頭を抱えていた。
手渡された書類には、来園者からのアンケート結果が書かれていた。
『銀色のサイボーグニホンザルが、他のサルを奴隷のように従えていて教育に悪い』
『ゴロウが、毎日サトル君の機体を泥のついた雑巾で磨かされているのを見て涙が出た』
『サトル君が時々放つ『オマエノ家、焼ク』という低音ボイスのせいで、子どもが夜泣きするようになった』
「いや、でも園長! 入場者数は先月の三倍ですよ!『ディストピア・サル山』としてSNSで大バズりしてます!」
「バズる方向性が間違ってるだろ! うちの動物園は自然との共生をテーマにしてるんだ! これじゃあ『AIによるニホンザル支配の予行演習』じゃないか!」
園長の言う通りだった。サル山のサルたちは、今やサトル君の命令(※実際はただのバグによる電子ノイズ)に従い、一糸乱れぬ軍隊のようなフォーメーションで歩行する訓練を始めていた。このままでは、上野毛市がニホンザル軍団に占領されるのも時間の問題だ。
「わかった。今すぐサトル君の機能を停止させる」
鈴木はリモコンを手に、サル山へと急いだ。
☆
サル山に到着すると、そこは異様な光景に包まれた「サイバー毛づくろい場」と化していた。
中央の岩山の上に、サトル君が偉そうに腰掛けている。その周りを、三十頭のサルたちが円陣を組み、奇妙な手拍子を打っていた。
『ジジ……我ラ、鋼鉄ノ、一族。人間、滅ボス。まずは、売店ノ、フランクフルト、強奪』
サトル君が不穏すぎるマニフェストを掲げている。
「サトル君、そこまでだ!」
鈴木がリモコンの「強制停止」ボタンを強く押した。
ピッ。
サトル君の動きがピタリと止まる。LEDの赤い目が、すうっと消灯した。
「ふう、危なかった……」鈴木が胸をなでおろした、その時。
カチャ。
サトル君の背中のバッテリーカバーが、劣化(というか、サルたちに毎日泥で磨かれすぎたせい)で外れ、中からリチウムイオンバッテリーがゴロリと地面に落ちた。
完全なる動力喪失。
それを見た、元ボスのゴロウが、目を鋭く光らせた。
ゴロウは、サトル君に近づき、その金属の体をツンツンとつついた。反応はない。ただの冷たい金属の塊に戻っている。
「キィ?」
ゴロウは、サトル君の頭の重箱を開けた。中は空っぽだ。
サルたちは察した。自分たちを支配していた恐怖の王が、ただの「動かない箱」になったことを。
その瞬間、一週間分の屈辱が、サルたちの脳裏に蘇った。
「キィィィィィーーー!!!」
ゴロウの叫び声を合図に、三十頭のサルが一斉にサトル君に襲いかかった。
彼らはサトル君をマウンティングし、引っ掻き、叩いた。しかし、相手はチタン合金。サルたちの攻撃は一切通用しない。
業を煮やしたゴロウは、サトル君の体をみんなで持ち上げると――
ゴロゴロゴロゴロ……バシャーーーン!!
サル山の深い池の中に、サトル君を放り込んだ。
金属の塊であるサトル君は、一瞬で池の底へと沈んでいき、二度と浮かんではこなかった。
「ああっ! 数千万円の予算が!」
鈴木が絶叫した。
しかし、サルたちは抱き合い、自由を勝ち取ったことを祝して、サル山中で狂喜乱舞の大ダンスを始めた。ゴロウは再びボスの座に返り、誇らしげに胸を叩いた。
その姿は、あまりにも人間臭く、そして「野生の証明」に満ち溢れていた。
「……鈴木」
後ろから歩いてきた園長が、鈴木の肩を優しく叩いた。
「これで良かったんだ。同じニホンザル同士、最後は本物の絆(?)が勝ったんだよ。あのサルたちの生き生きとした姿を見てみろ。これこそが、我々が忘れていた感動だ」
「園長……。そうですね。僕が間違っていました」
二人は夕日に向かって、熱い涙を流した。
☆
それから一ヶ月後。
上野毛市立動物園のサル山は、以前にも増して大盛況だった。
来園者たちは、サル山の池の前で足を止め、一様にお腹を抱えて爆笑している。
鈴木と園長が様子を見に行くと、池のほとりで、ボスザルのゴロウが奇妙な動きをしていた。
ゴロウは、体をわざとカクカクと硬直させ、
「ウィーン……ガシャ……。オマエノ、母ちゃん、出ベソ……キィィ」
と、サトル君のモノマネを完璧にトレースしていた。
他のサルたちも、ゴロウがカクカク動くたびに、地面にひっくり返って大爆笑している。どうやら、彼らにとって「機械の同族」との生活は、最高の「お笑いネタ」として定着したようだった。
「園長。サトル君は、形を変えて、今もサルたちの笑いの中に生き続けています」
「……うん。でも鈴木、あのゴロウの動き、サトル君よりクオリティ高くね?」
上野毛市立動物園の平和は、こうして守られた。
池の底で静かに眠る、銀色のサルの思い出と共に。
(おわり)




