E&P日記~エリス様防衛の日々 №2~
昨日の夜はエリス様のことが気になってまったく眠れなかった。
おかげで私の目の下にはくっきりと不眠の証拠がある。
こんな状態で街の中を歩きたくはないが全てはエリス様のため。
これも仕方がない。
どうにかこうにかベッドから這いおきて食堂に向かう。
いつもならまだベッドの中でまどろんでいる途中だが張り込みをしなければならないので少し早く起きた。
しかし食堂は既に開いているようで、カウンターの奥からいいにおいがする。
カウンターに据え付けてあるベルを鳴らすと奥からルポが出てきた。
「はーい、ってペルさん。今日は早いんですね」
「ちょっと用事が……」
「そうですか。今持ってきますね」
ルポはそのまま奥へ引っ込む。
カウンターに肘を付け、頬杖をつく。
考えていなかったが二人のデートをどう妨害しようか。
あれやこれやと考えるが寝不足の頭と空腹のお腹では何も考えられない。
そうぼんやりとしているうちにルポが奥からお盆を持って出てきた。
「はいどーぞー」
笑顔と共に料理の載ったお盆を渡してくる。
香ばしい香りが鼻をくすぐり、ぼんやりとした頭いっぱいに広がる。
今日のメニューもおいしそうだ。
盆を受け取って手近の席に座る。
スプーンでスープをすくいながら改めて今日の作戦を練ることにしようとした。
が、なかなかスプーンを口に運ぶ気になれない。
今日の朝食のスープは小さなサイコロ状のベーコンと香草入り。
見るからに食欲をそそるようなメニューなのだが、何故だか口に運ぶスプーンが途中で止まってしまうのだ。
思わずため息をつく。
何故私がこんななのかと聞かれれば、それはあの馬の骨のせいだ、と答えるだろう。
そして今度は深くため息をついた。
すると隣から声がかかった。
「おい、お前。どうしたんだ?」
声の方を見るとそこには朝食を受け取ったガルザックが立っていた。
「ああ、あなたですか。……今日はあなたなんかと話す気分じゃないのでどこかに行って下さい」
「今日は一段と冷たいな……。なんかあったか?」
私は一度だけフン、と鼻を鳴らしてから、
「気分が悪いだけです。……あ、今日ちょっと出かけるので」
と吐き捨てるように言った。
一瞬ガルザックの顔が引きつったような気がしたが、私は構わず手をひらひらさせる。
よく周りには、エリスさんがいないと冷たい、と言われるのだが当たり前だろうと思う。
だって、エリス様以外の者には興味なんて持てないのだから。
~~~~~
その後どうにか朝食を平らげた私は屋敷の事務所に来ていた。
一般の兵士が外出するには事務局に報告して、緊急通信用のクリスタルを受け取る必要があるのだ。
「じゃあ暗くなる前には帰ってきてね?」
クリスタルを受け取りながら、私は子供か、と突っ込みたくなる。
が、相手が80も越したおばあちゃんなのでやめておく。
これでも昔はかなりのやり手だったと聞いたのだが、今やその面影すら残っていない。
屋敷のやさしいおばあちゃんなのだ。
そんなおばあちゃんに礼を言ってから屋敷の門に向かう。
街に出るならば屋敷の東側の門を使うしかない。
エリス様は届出を出していないようなのでまだ朝食をとっているあたりだろう。
そう思っているうちに門が見えてきた。
予想通り、門の傍には二人の門番しか立っていない。
私は門から少し離れた木の上に登り、身を隠した。
あらかじめ持ってきた暗い色の外套を身に付け、気配を消して二人を待つ。
木の上で身を隠しながらふと思う。
(エリス様に好きな人が出来るのは実はいいことなのではないか?)
頭にぽん、と出てきた問いだったがすぐに頭を振って考えを訂正する。
(あのような後から入ってきて横取りするような輩にはエリス様など似合わぬ!)
しかしまた別の考えが出てくる。
(私が思う奴とエリス様が思う奴は違う……)
そこに至って私は自分の行動を思い返してみた。
今まで憎たらしくて仕方がなかった奴だが、それは私の視点からのもの。
エリス様の隣、と言う席を取られた腹いせをしたいだけなのではないか?
そこまで行き着いたところで私は我に返った。
ふるふると頭を振って今の考えを全て振り払った。
これから奴を尾行するのにこんな思考で臨んだらいけない。
自分で自分に小さく渇を入れ、改めて門を見る。
するといつの間にやら既にエリス様と奴が到着していた。
どこかもっと近くに移動しようとしたが門の周りには隠れる場所がない。
仕方がないのでこのまま木の上に潜むことにした。
しばらく見ていると二人に変化があった。
いきなりエリス様が奴の手を握り連れ去ったのだ。
突然の出来事にしばらく唖然としていたがすぐに気を取り直す。
(よし……尾行開始です)
~~~~~
二人は南商に来ていた。
はじめはぎこちなく歩いていたエリス様も時間が経つにつれてだんだんいつもの調子に戻っていた。
そんな二人を街の人々は少し遠巻きに見ている。
いつものエリス様ならすれ違う人々全てに声をかけられ、愛されていた存在だ。
恐らく今のこの状態を作っているのは奴だろう。
奴があまりにも浮いた存在だからエリス様もとばっちりを受けているに違いないのだ。
そう思っているとエリス様は脇の魚屋と話し始めた。
なんとこれでまだ4人目である。
この街に入って話した人数が4人とはなんと悲しいものなのか!
三人を見てぐぬぬ、と唸っていたがふいに三人がこちらを見た気がした。
慌てて物陰に身を潜めるが、心臓が飛び出るかと思った。
ここまでどうにかばれずに尾行できているはずだ。
しばらくしてまた三人を覗いてみるとちょうど別れたところらしい。
いそいで二人を追うことにした。
~~~~~
商店街を抜け、居住区に入ると先ほどの喧騒から一転、しずかな小鳥のさえずりさえ聞こえるほど静かになった。
エリス様はどこまで行くのか、と不安になっていたところで懐に入れていた通信用クリスタルがブーン、と唸った。
何事か、と取り出しでみると紫色のクリスタルが静かに点滅している。
クリスタルに魔力を流してやると先ほどのおばあちゃんの声が響いた。
が、
「おら!休日を堪能してやがる野郎ども!! 今すぐ帰って来い!30秒以内だ!! 戦……戦がはじまるよほおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
!?
何だこれは!
声はたしかにあの婆さんの声なのだが、こんなに若々しいというか激しい人だっただろうか。
昔はやり手だったというし、昔の血が騒いだのだろうか、と勝手に想像する。
それよりも戦と言う単語のほうが気になる。
いったい何があったのだろうか。
エリス様のことも気になるが先ほどの通信、婆さんも含めて気になる。
それに帰還命令には違いない。
仕方がないので屋敷に帰ることにした。
気がつかれないようにそろりとその場を離れ、屋敷への帰途に着いた。