E&P日記~エリス様防衛の日々 №1~
私はペル・アルマティア。
フィンカート家の次女であり、『風の妖精』と呼ばれるエリス・フィンカート様の部下である。
エリス様とは彼女がゆりかごの時からの付き合いだ。
お互いに知らないことなど無いし、秘密にすることもなかった。
歳は離れていたが親友、いやそれ以上の付き合いをしてきたと思っている。
だがそのエリス様との友情にヒビが入るような事件が起こった。
ヤナセワタルの召還である。
あのどこの馬の骨とも知れない野郎がこの部隊にやって来たのは確か二週間前かそこらだろう。
それなのにあの野郎は現れた瞬間といってもいいほどの短さで四番隊の副隊長となってしまった。
確かに一番隊の隊長とあんな戦いを繰り広げられては誰も嫌とは言えない。
言えないのだが……
「……あの野郎」
私は四番隊の兵舎の中で呟いた。
四番隊の兵舎は一部屋四人づつだ。
あまり広くはないが窮屈するほどでもない。
縦長の部屋の両脇には二段ベッドがあって、その奥に小さなテーブルがひとつと椅子が4つちょこんと据え付けられている。
女性が暮らすにはあまりにも質素だが、私はこの空間が嫌いではない。
それどころかとても好きである。
それは、エリス様との思い出の場所だから。
まだエリス様が隊長ではなかった頃、この部屋には私とエリス様しかいなかった。
毎夜二人でいろんなことを話して眠った。
街にできたおいしい店のこと、訓練中の愚痴、たまに恋話。
あの頃はよかったな、と思い出にふける。
毎日毎日エリス様と笑って過ごしていた。
あの頃はずっとこんな日々が続くのだと思っていた。
だが、現実とはそこまで甘くないのだ。
ある任務で隊長が戦死してしまい、当時の副隊長が隊長なったのだがその副隊長も戦死してしまった。
臨時で実力がトップだったエリス様が隊長になり、そのまま正式にその椅子に座ることになってしまったのだ。
本当ならば同時に副隊長も決めるところだが、なんだか『召還』とかいうのでそれどころではなく、先延ばしになってしまった。
そこで現れたのはあの馬の骨。
本当ならば私が座るはずだった(もしくはガルザック)席がひょっこりでてきた馬の骨に取られてしまった。
しかも先日の魔獣討伐遠征で別行動をとっている隙にあの馬の骨はエリス様をたぶらかしやがった。
最近のエリス様は前にはなかった色気がある。
そう、恋する乙女のそれと同じだ。
私にはそれが腹立たしくてならない。
何故エリス様まあのような馬の骨に惚れてしまったのか……。
考えれば考えるほどわからない。
そもそもあの男に良い所などあるのだろうか?
考えれば考えるほどイライラしてくる。
気がつけば枕にシワが出来るほど握り締めていた。
~~~~~
あの忌まわしき現実を再度確認してから3日ほど経ったある日。
夕食が済んで使用者一人の女性用兵舎に向かおうとした時、真っ暗な闇の中で何かの叫び聞いた。
私は猫人なので目と耳が常人よりも優れているのだ。
あれはあのバカ野郎の声だった。
あの野郎まさかエリス様を、と思って振り返ってみると、四番隊兵舎の二階にエリス様……
と、やはりあの忌まわしき「ワタル・ヤナセ」が立っていた。
二階は窓が開いているのでそこから声が聞こえたのだろうが、そのときの私にはそんなことはどうでも良かった。
私は反射的に飛び出した。
兵舎から50mくらい離れてしまったがそんなものは関係ない。
日ごろの訓練で鍛えた自慢の足を使って、兵舎までの距離を2秒で駆け抜け、そのまま階段を上った。
階段の影に音もなく伏せ、顔だけは出して二人を見た。
あのバカが邪魔でエリス様が見えないが、泣いているらしい。
飛び出しそうになったがばれてしまっては仕方ないので耳に意識を集中させる。
「……ワタルさ……待っていたんです、中々……」
その言葉でエリス様が何を言おうとしているのかは分かった。
やめてください、やめてください、と心の中で叫ぶがエリス様には届かなかった。
そんなしどろもどろな言葉を聴いているうちにエリス様の言葉からとんでもない言葉が発せられた。
「明日……買い物……一緒に行って……」
続いて、
「……別に構わないよ……買い物に付き合えばいいんだね?」
その時、私は感情を抑えることは出来なかった。
しかしどうにか声を出すことだけは理性で押し込み、全てを手に集中させた。
触っている壁がミシミシ、と音を上げながら少しだけ抉れる。
ひびが入ったが壁が崩れることはなさそうだった。
しばらくそうしていたが、我に返ると二人はもういなかった。
その後の会話は聞くことが出来なかったが、二人がデートに行くという事実が分かればそれでいい。
私は決意した。
昔は私とエリス様の専用だった日記帳から目を離し、あえて声に出す。
「エリス様。あなたは私が守ります。あのような馬の骨なんか……私が殺して差し上げます」