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~初陣~

楽しんでいただければ幸いです

「ワタルさん、遠征ですよ」


「遠征?」


「はい、なんだか魔獣討伐の命令だそうで」


「……ふーん」






 渡がこの世界にきて、また四番隊に入隊してから1週間がたった。

 その間に渡は隊員たちとも仲良くなったし訓練もこなしてきた。

 だがその訓練で気がついたことがあった。

 確かに元の世界よりは丈夫になったと思う。

 しかしミーシャとの決闘の時のような急加速みたいなものが出来ないのだ。

 だからこの一週間はずっと薙刀の訓練や隊員と組み手しかしていない。

 そう悩んでいる所にエリスが来た。






「何かもっと反応はないんですか?ワタルさんの初陣ですよ」


「別に……そうでもないかな」


 ここは二階の会議室。

 ここにいるのはエリスと渡だけだから別に会議室でなくてもいいのだが。


「出発は明日です。心の準備をしていてくださいね」


「っ! 明日!?」


 渡には初陣よりも明日という事実の方が驚きだった。


「なんでそんないきなり……」


「いつもこんな感じですよ? なんだか昨日屋敷宛に手紙が届いたそうで。他の部隊は再編成とか隊長が不在とかでまともに動ける部隊がウチしかないんですよ。姫様もワタルの初陣にぴったりだって入ってました」


 ……あの小娘が。

 渡が黒いオーラを発していると、エリスは大きな紙を何枚か取り出した。


「こっちの紙が現地付近の地図。こっちの資料は予想される魔獣の一覧と情報。この紙が部隊編成用です」


「部隊編成? 大体把握してるし、いらないんじゃない?」


 渡がそういうとエリスは渡に教えるようにいった。


「確かに把握してはいますが……五十人強の人数をそのまま突っ込ませるわけには行きませんでしょ?隊をさらにいくつかに分けて行動するんです。それぞれの配置をこれに書くわけです」


 エリスは部隊編成の紙を渡とエリスの間に置く。


「それぞれの個性や能力、さらには互いの相性などいろいろな事を考えて編成しなきゃいけないんです。そこが隊長と副隊長の大変なとこですねぇ」


 ワタルさんが来たから少し楽になりますけど、とエリスははにかんだ。


「ま、うちの部隊はみんな仲いいですし相性やら何やらは特に考えなくてもいいんですよ。ワタルさんにもそのうち任せるかもですから早めに隊員の特徴を掴んで置いてくださいね?」


 そんなことできんのかな、と渡は不安になったが一応頷いておく。

 エリスは渡に部隊編成の紙を一度見せると自分の前に戻してさらさらと何かを書いていく。

 恐らくそれが部隊編成なのだろう。

 エリスは何かつぶやきながらその紙に集中してしまう。


 一人ぽつんと残された渡は暇なので地図と魔獣情報の紙を見てみる。

 地図の方は現代とは違って記号やらなにやらは無いが結構簡略化されているので見やすかった。

 見た所森の中に一本の道とそれに沿って川があり、その奥に村があるらしい。

 道は比較的まっすぐで森の真ん中を道が川とともに両断している。


 次に魔獣の情報が書いてある紙を見てみた。

 すると、


「エリス、文字が読めないんだけど……」


 エリスは机の上の紙から顔を上げると首をかしげた。


「文字・・・ですか?ワタルさん文字読めないんですか?」


「いや、読めないっていうかこの文字を知らないというか……」


 エリスはますます首を傾げると、


「この文字を知らないって、神の使い様なら文字くらい知っていても……」


「俺この国の人間じゃないし・・・てかこの世界ですらないしな」


 それを聞くとエリスは納得したようだった。


「そういうことですか。……ワタルさんの世界や国ってどうですか?ぜひ教えて欲しいんですけど」


 エリスは目を輝かせる。案外好奇心旺盛なのかもしれない。


(見た目もそんなに歳とってなさそうだし、子供っぽいってのがしっくりくるけどな)


 渡はぽつりと心の中でつぶやいた。


「まぁ話してもいいけど、そっちはどうなの? 俺の話は絶対長くなるけど」


「ああ、それもそうでした……こっち先に終わらせて、それからワタルさんに教えてから……じゃ遅いですね。またいつか教えてください」


 エリスは明らかにしょんぼりしている。

 見ていて面白いぐらいに。

 渡はそんなエリスを見ながらエリスの横の席に移動する。


「じゃあ先に部隊の説明をしますね。ワタルさんはまだ初めてなので私の隊に入ってもらいます」


 エリスは渡に紙を見せながらいった。


「部隊は三つに分けます。真ん中が私、脇に二つの隊です。戦闘要員は50人。後の何人かは回復専門なので後ろに控えていてもらいます」


 エリスはそこらへんにあったペンやらインクやらを使いながら隊の陣形を説明していく。


「各部隊前後に分かれて戦います。ただの殲滅戦だったら全員突撃してもいいんですが今回は後ろに村がありますから壁を作るんです。部隊を三つに分けるのは横に広げると私の指示が届かない場合があるからです。指示が無く混乱するよりは多少指示が違っていても部隊を分けて行動させる方がいいんです。まぁそこから生まれる混乱もありますがうちは優秀なのでそんな事はないと信じます」


 幼い割にはしっかりしていて渡はびっくりした。

 自分がこの位の頃にはいつも友だちとゲームで遊んでいたはずなのだが。

 小学校時代はまだいじめは受けていなかったのだ。


「何か質問はありますか?」


 ぼんやりしている所に話しかけられたので渡は虚を突かれた。


「ああ、いや……特にないよ」


 渡が笑ってごまかしたがエリスは気がつかなかったようだ。

 エリスは部隊編成の紙を脇にどけると魔獣情報の紙を取り出した。


「あとはこれですね……。ちょっと長くなりますが構いませんか?」


「うん、別に構わないよ」


 ならば、とエリスはこほん、と咳を一つする。


「そもそも魔獣には大きく分けて二つあって、一つは憑依型。もう一つは瘴気型です。どちらもその名の通り生き物に憑依するか瘴気がそのまま魔獣になるかなんですけど、どちらにも特徴があります。憑依型は戦闘能力が高いです。まぁこの世に存在している生物を糧としているわけですから当然ですね。その生き物の限界を超えてしまうんです。瘴気型は核を叩かない限り無限に増殖します。……まぁこれは獣といっていいのか分かりませんが、どちらも面倒というのは確かです。魔獣は無差別に破壊を繰り返すのでそこに住んでいる住人からしてみればとても危険な存在です。そういうわけでただの獣の討伐ならば例外を除いて各砦に駐在している兵士が行くわけですけど、このような魔獣の場合は直属部隊が派遣されるわけです。」


 渡はエリスの長い説教のような教えに圧倒された。

 学校にもこんな先生がいた気がする。


「今回の魔獣は瘴気型ですので長期戦が予想されます。なので作戦を立てました」


「作戦?」


「はい。それは……」


 渡が注目して聞く。



「隊の事は他に任せてワタルさんと私で突っ込みます」



(それって作戦じゃないでしょ……)


 渡はあまりの作戦に呆れた。

 エリスも渡の様子を見て呆れているのが分かるらしい。


「いや、作戦じゃないだろとか思ってるかもしれませんがこれが一番手っ取り早いんです!魔獣は村のさらに奥の方で発生しているみたいですから後ろには漏らせませんし……」


「でも結構無理あると思うよ?だって二人だけって・・・」


「ワタルさんがこのまえの決闘みたいなのを出せればちょちょいのちょいなんです!……隊長命令です! 突撃しなさい!!」


 そういうのって職権乱用っていうんじゃないかな、と渡はまた呆れる。

 だが渡がこの前のをできれば一気に終わる事も事実だろう。

 仕方が無いので了承する事にした。


「わかりましたよエリス隊長……。でそれはいつ皆に言うんですか?」


「・・・これが終わったら早く言わないといけないです。まぁ遠征の件についてはもう言ってあるのであとは編成だけですね。これは私がやっときますのでワタルさんは準備でもしててください」


 エリスはそういって立ち上がるとテーブルの上の紙をまとめ始めた。


「ではこれで終わりにします。あとは自分の装備の点検でもしていてください」


 エリスは一度お辞儀をしてから会議室から出て行った。

 渡は一人会議室に残される。


「……じゃあ部屋に戻りますか」


 渡はそういって立ち上がり私室に向かった。






~~~~~






 装備の点検といってもやり方がわからなかった。

 とりあえずマイ武器を布で拭いたり、この前貰った砥石で見よう見まねで研いでみたりしたのだが。

 前よりはちょっとだけ鋭くなったような気もする薙刀を見て渡はため息をつく。


(初陣か……まさか死にはしないよな)


 既に死んでいる渡だがもう一度死んでもいいという気には全くならなかった。

 渡はベッドにごろんと横になる。

 何もすることが無いのでとりあえず夕食の時間まで寝る事にした。






~~~~~






「……さん、ワタ……さ、おきてください!」


 渡は誰かの声に目を覚ました。

 誰かが渡を見下ろしているらしいがぼんやりしていて良く見えない。


「ワタルさん! ……あ、起きましたか?」


 渡を見下ろしていたのはエリスだった。

 部屋は暗く、もう日も暮れてしまったのだろう。


「もう夕食の時間です。早く食堂に行かないとまた食べるものがなくなりますよ」


 渡はむくり、と上体を起こす。


「う……ああ、分かった。ありがとう」


「はやくきてくださいね」


 エリスは渡に笑いかけると部屋を出て行った。

 渡もベッドから這い出て目を覚ましてから食堂に向かった。




 食堂はもう大体が食べ終わっていたのかがらんとしていた。

 いるのはエリスと数人の兵士だけである。

 渡はカウンターに向かう。


「いらっしゃいませワタルさん。寝ていたそうですが……疲れてました?」


「いや、そんなことはないよ。横になってたらいつの間にか寝てただけだし」


 カウンターの若者は料理の載ったお盆を渡しながら話しかけてきた。


「明日は遠征だそうですからしっかり疲れを取ってくださいね」


「うん、ありがとう」


 渡は片手で若者に手を振って手近にある席に座る。

 献立はスープとパンと大きな焼かれた肉が一切れ。

 献立としては寂しいがそれぞれの器が大きいのでこれだけで満腹になる。


 しばらくして食べ終わるとカウンターにお盆を返す。

 周りを見渡すとさっきまでいた兵士はいつの間にかいなくなっていて、食堂には渡とエリスしかいなくなっていた。

 しかもエリスはまだ大きな肉とパンと格闘している。

 渡は何気なくエリスの向かいの席に座った。


「まだ食べてるの?」


 エリスは話しかけられて初めて渡に気がついたらしい。


「ムグ……あ、ワタルさん……」


 エリスのお盆を見てみるとまだ半分くらいしか減っていなかった。


「あの、これお願いします!」


 エリスはそういってお盆を丸ごと渡によこす。


「いや、俺も今夕食食べたばっかりだし……」


「たくさん食べないと大きくなりませんよ!さ、お願いします!」


 大きくならないのはあなたの方では? と聞きたかったがややこしくなりそうなので仕方なく食べる事にする。

 だが、


(ん?もしかしてこれって間接……)


 エリスはもう満腹を超えているらしくお腹を押さえて苦しそうにしている。

 悩んでいるのは渡だけのようだ。

 渡は意を決してスープに口をつける。


(……ちょっと冷めてる)


 味に変わりは無かった。

 エリスはまだお腹を押さえて唸っている。

 相手が気にしていないのに自分だけ気にするのも何か変なので無視して全部平らげる事にする。

 まだ半分残っている夕食と格闘していると苦しみから解放されたエリスが声をかけた。


「うう……そういえばワタルさん。明日の服装はその『じゃーじ』とかいうのでいいんですか?」


 渡は料理をほおばりながら答える。


「んぐ、ほえしはないし。いいほ」


 これしかないし、いいよ、といったつもりなのだがエリスにはよく分からなかったのか解読に時間がかかった。


「いや、ワタルさんの神の国から持ってこられた唯一の物ですからぼろぼろになるのはどうかな、と思ったんですが……それでいいならいいですよ」


「……服って貸してくれるの?」


「はい、ワタルさんにも服は支給されますよ。なんかそれを気に入っているようでしたので今まで言いませんでしたが」


 渡は今までジャージを夜の内に洗濯して夜は全裸で寝て、朝にちょっと湿っている服を身にまとって生活していたので有り難い話だった。


「出来れば貸して欲しいなぁ。いままで朝湿ったままだったからさ」


「そうですか。じゃあ明日の朝までに一式用意させときますね」


 エリスはそういって手元にあったコップの水を一口飲む。

 渡は再びお盆に視線を落とし、スプーンとフォークを武器に格闘を始めた。

 エリスはただ無言で渡が料理と格闘している様を眺めていたので渡には少し気まずい空気が流れる。

 しばらくその空気が続いたが渡が夕食に勝利するとエリスはそのお盆を持って席を立つ。


「ありがとうございました。いつもだったら他の誰かに食べてもらうんですが今日は遅れてしまって誰もいなかったんですよ」


 エリスはカウンターにお盆を返すと渡と一緒に部屋へ戻った。


(こんなに食べちゃあ眠れそうに無いな・・・)






~~~~~






 次の日。


「渡さーん、おきてくださいよー」


 渡は誰かが扉を叩く音で眼を覚ます。


「渡さーん?入りますよー」


 その声とともに扉のノブがガチャリ、と動く。


「んな……待って!俺今……」


 渡の声は最後まで届かず扉からエリスが入ってきた。

 しかし渡はいつも通り全裸で寝ている。

 布団をかけて寝ていたのが不幸中の幸いだった。

 エリスは口を開きかけたがそこから声が出ることは無く、代わりに顔がみるみる。赤くなっていく。


「……っ!」


 エリスは持っていたものをその場に落とすと走り去ってしまった。

 たぶん昨日言っていた服の一式を渡の部屋に届けようとしたのだろう。


「……一応後で謝っとくか」


 どちらも悪いわけではないのだが渡には申し訳なさがあった。

 とはいえそのまま裸でいるわけにはいかないのでエリスが落としていった服を着ることにした。

 その服は見るからに『布の服』といった感じで、普段着のようだ。

 渡はその服を着てから食堂に向かった。




 食堂は既に混雑していて人ごみの中に潰されそうになった。

 渡はやっとの事でカウンターにたどり着くと若者に声をかけた。


「おはよう。俺の分の食事をくれるかい?」


「あ、おはようございますワタルさん。今日はあの服じゃないんですね」


 初日から散々だった若者とも冗談を交わす事ができるほどの仲になっている。

 若者は渡と話をしながらもお盆に料理を盛り付けていく。


「今日の昼に出発らしいですからね。準備はしっかりとしていてくださいよ?」


「ああ、分かってるよ。じゃあ」


 渡は若者と別れると空いている席を探したが見つからなかった。

 仕方が無いので広間で食べる事にする。

 お盆を持って広間に行くとそこでは数人の兵士とエリスがいた。

 渡は動揺してお盆を落としそうになる。


(……よし、こんなんで動揺してられるか!)


 渡は意を決してひとつのソファを選んで座る。

 エリスも渡に気が付いたらしく一瞬吹き出しそうになるがこらえた。

 エリスはいろんな意味で顔を真っ赤にさせていたがようやく落ち着いたらしく手元にあったコップの水を空にする。

 そうしてエリスは渡に笑いかけた。

 渡もエリスに笑いを返す。

 エリスは目を瞑ってなにかを唱えるとお盆を持って立ち上がり、渡に近づいてきた。

 渡は少し身構えてエリスを見る。


「……こほん。ワタルさん先ほどはすみませんでした」


「いや……別に、いいよ」


 緊張しているせいか二人の動きはぎこちない。


「それでお詫びをしたいんです」


 渡がそんなのいいよ、と言おうとしたのだが、



「この朝食半分上げます! それでは!!」



 渡に半分以上残った朝食を押し付けて走り去ってしまった。

 しばらく呆然としていた渡だったが、


(丁寧に見えて結構子供っぽい事するんだな)


 年相応の行動にちょっとだけ親近感を覚えたのであった。






~~~~~






「ではこれから遠征に出発します。各自準備はできていますね?」


 ここは四番隊の兵舎前。

 隊員全てがここにあつまっている。

 脇には馬車が数台ほど。


「では、出発!」


 エリスの一声で四番隊が遠征に出発した。





「つ、疲れた……」


「ワタルさん情けないですよ?まだ出発して一日と半分。ほら、後半日もすれば村につきますから」


 出発してから一日と少し。

 渡は完全にへばっていた。


「なんで皆ぴんぴんしてんの? 丸一日くらい歩き詰めなのに……」


「そういう風に鍛えられてるんです。……仕方ないので馬車の荷台にお邪魔しててください」


 渡はエリスの言われたとおりに馬車の荷台に乗り込む。

 馬車の荷台は幌が付いていて、その中には干し肉などの食料がつまれていた。


「……ふぅ~」


 渡はその荷台に腰掛ける。

 馬車は列の後ろにいるので渡の視界にはただ森の道が続いていた。

 馬車はごとごとと荷台を揺らしながら進んでいく。

 渡は故郷のことを思い出した。


 森の緑なんて全く無くて、緑といえば街路樹のみ。

 周りは背の高いビル。アリの巣のように張り巡らされた地下街。

 なんの思い出もなかった故郷だが今更帰りたくなってきた。


(母さん、父さん、今頃何やってるかな三手…)


 渡は誰もいない荷台でため息をつく。

 その時。



「よ、元気にやってるか?」



 驚いて後ろを振り返るといつだかのロリータ神が樽の上に腰掛けていた。


「んなっ! 何でお前ここにいるんだよ!」


「声がでかい馬鹿者! 外に聞こえるぞ」


 渡は荷台から馬車の前を見てみる。

 とりあえず誰も気が付いていないようだ。


「んで? 神様が何の用でございますか?」


 神は大きくため息をついた。


「それが困った事が起こってな……」

 

神は言葉を続ける。


「その前に私がお前をこの世界に生き返らせたのは理由があるんだ」


「この前なんとなくって言ったじゃん」


 すると神はまた大きくため息をついた。


「お前はアホか。いくら神とはいえなんとなくで生き返らせると思っているのか?」


「出来るからやったんじゃないの?」


 今度は神は頭を抱えた。


「なんで私はこんな馬鹿野郎を選んでしまったのか……どうしようもない馬鹿だ……」


 これには流石の渡も黙っていられない。


「なんだよ人のことを馬鹿馬鹿って! お前が俺を生き返らせたのが悪いんだろう!?」


 神は素直に頭を垂れた。


「うん。私が悪かった。すまん」


「謝るなよ!!」


 思わず思い切り突っ込んでしまったが、静かにしなければいけないのを思い出して口をつぐむ。


「まぁ冗談はここらへんにして、本題に入るぞ」


 渡は神に耳を傾ける。


「さっきいったお前をここに生き返らせた理由だが、やってほしいことがあるからだ」


「やってほしいこと?」


「ああ。それは……」


 神は一呼吸置いてから言った。



「魔王、と呼ばれている奴を倒して欲しい」



 渡の頭の上にはてなマークが浮かぶ。


「おい、はてなマークがみえみえだぞ……。まぁよーするにこの世界の魔王を倒せっていうわけだ」


「なんで俺が勇者みたいな事しなくちゃいけないんだよ」


「お前があのタイミングで馬鹿な死に方をしたからだろうが」


 いきなり図星を突かれて渡は何もいえなくなる。


「そいつはこの世界では知る奴は誰もいないんだが、他の世界ではとんでもない奴だったんだ」


「どんな?」


「あいつは生まれつきありえないほどの魔力の持ち主でな、最初は良かったんだがだんだん狂い始めて、最終的にはあいつは世界を渡ってしまった。神である私が特例として渡らせたお前はいいんだが世界の住人が勝手に世界を渡るのは非常に危険な事だ」


 神はさっきまでの冗談はどこにもなく、とても真剣な顔だ。


「だから私はそいつを殺さねばならん。しかし他にもやることはたくさんある。だからお前みたいなのが必要になったわけだ」


「ふ~ん、じゃあ結構急がないとやばいの?」


「できれば、な。だがお前がのこのこいってもただ殺されるだけだからちゃんと鍛えてからだ。いいな?」


 神の言葉に渡は頷く。


「よし、ならばいいだろう。私は帰る。誰か近づいて来たみたいだしな」


 渡がはっと振り返るとひょこっとエリスが顔を出した。


「ワタルさん誰かいたんですか? 話し声が聞こえたんですけど」


 エリスの問いに渡はぶんぶんと首を振る。


「いや、誰もいないよ! 気のせいじゃないかな?」


「ならいいです。……そろそろ着きますから準備してくださいね」


 エリスはそういって前に戻ってしまう。

 渡は大きくため息をついた。


(危なかった・・・。じゃそろそろ降りるか)


 渡は荷台を降りると先頭に向かう。

 まっすぐな道の先に村の門が見えた。




「遠路わざわざ疲れたでしょう。とりあえずお休みになさってくだされ」


 村に入ると村長らしき白髪のおじいちゃんが出迎えた。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」


 エリスが合図をすると兵士たちはテントを張りに散らばる。

 村長はエリスに声をかけた。


「ちょっとお話があります。よろしいですかな」


「はい、なんでしょう」


「いえ、特別なものではないんですが……。今回私たちの村を襲った魔獣ですが、報告したとおり瘴気型とおもわれます。しかし……」


「しかし?」


「しかし、瘴気型なのに強さが類を見ないほどなのです。この村の猛者も討伐に向かいましたが返り討ちに遭いました。どうかお気をつけ下され。何かできることがあれば我々も協力します」


「ありがとうございます。何かあったら頼らせていただきますね」


 エリスと村長は礼をするとそれぞれの方向へ歩いていった。


「さてワタルさん。明日の早朝、魔獣討伐に向かいます。今日は疲れをしっかりとってくださいね」


「うん、わかったよ」


「では私も夕食を作りにいきますか」


 隊員たちは円形にテントを張っていて、その中心が火になるようになっているらしい。

 男性隊員はテント設営、女性隊員は火おこしと食事作りをしているらしい。

 渡とエリスは別れて、それぞれの場所に向かった。

 渡はテント設営を手伝おうとしたがやり方がわからないために呆然としていた。


「おい、ワタル! ぼけーっとしてないでこっち手伝えよ!」


 声の方向を振り返るとガルザックがいた。

 後何人かでテント設営をしているらしい。


「いや、テントの建て方なんて分からないですよ、俺」


「んなこたぁどうでもいいんだ。見て、やってみて慣れろ。それだけだ」


 ガルザックはそれだけ言うと手元に集中してしまう。

 このままでは居場所が無いのでとりあえずなんでもいいから手伝う事にした。


 しかし、


「釘はもう打ってるだろ」


「布はそこに広げてるし」


「ちょ、そこ違うって!それはこっち!」


「いやだめ! やめっ、やめろぉぉぉぉおおおおお!!!!」


 いろいろあった結果、渡は男子から追い出された。

 ガルザックも、


「いや、テント張るだけが貢献じゃねえしな……女共手伝って来い?あっちは人手が足りてないはずだしな」


 やんわりと否定した。


(うう、ガルザックさん酷い……慣れろって言ったのに……)


 渡は渋々テントの中央に向かう。

 そこでは既にキャンプファイアーみたいな炎がごうごう燃えていた。


「あれ? どうしたんですかワタルさん。テントは終わりました?」


 渡に気がついたエリスが振り返る。

 つられて他の女性隊員も渡を見た。


「それが、テント張ろうとしたら邪魔になって……追い出された」


 そこにいる全員の目が冷めるのを渡は感じた。


「ワタルさんって凄い人って聞いてましたけど……」


「うん、なんか……」


「いや、ミーシャ隊長を倒したって言ってたし……」


「でも流石にねぇ……」


 好き放題に喋る女子の言葉にさっきまでいじめられていた渡はとうとうきれた。


「うるさいな! テントの張り方分かんなかっただけで他ではもっとできるし!!」


「じゃあ水汲んできて。もっとできるんでしょ?」


 気づいた時には時既に遅し。


(くっ、嵌められた!)


「よろしくお願いしますよ、ワタルさん」


 金髪の背も高く起伏も激しい女が渡にバケツみたいな桶を渡してくる。

 そのエリスは少し離れた所で申し訳なさそうな笑みをこぼした。

 エリスとは何もかもが正反対だ。

 渡はそんなエリスをまぶしく思いつつおとなしくすぐ近くの小川に水を汲みにいった。


 小川はテントのすぐ後ろにあり、さらさらと音を立てて水が流れている。

 渡はそこから水を汲んで火の近くの寸胴に入れる。

 それでも溜まったのはほんの少し。


(なんて気の遠くなる作業だ・・・)


 渡は思わずため息を付いたが他で役に立てるような仕事はない。

 仕方なく黙々と水汲みをこなすしかないのだ。

 そう心に決めて小川と寸胴を往復するのだが、


(これほんとに溜まってるか?)


 何回往復しても増えている気がしないのだ。

 周りの女は全員食材の準備をしているし、男もテント設営が終わったのか荷物の確認をしている。

 渡は気のせいだ、と頭を振って水汲みを再開する。

 そろそろ疲れて息が切れてきた頃、


「絶対溜まってないよこれ!! ここまでやってるのに空ってどゆこと!?」


 渡がほえると後ろにいたさっきの金髪がぶるぶる震えている。

 渡がそちらに視線を向けると金髪も気が付いたらしく口を押さえて後ろを向いた。


「お前かぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」


 渡は桶を振りかざして金髪に殴りかかる。

 だがここまで溜め込んだ疲労で足がもつれて転んでしまった。

 起き上がろうとしたがそのまま意識が遠くなる。


(やば……眠い……)


 疲労困憊の渡が襲い来る眠気に勝てるわけが無く、そのまま意識はブラックアウトした。


(あんのやろう……ぶっこ、ろ)





~~~~~






 渡が目が覚めたときには辺りはもう真っ暗で、人影も見えないのでもう皆寝てしまったのだろう。

 渡はテントから少し外れた木にもたれかかっており、誰かがここまで運んでくれたのだろう。

 渡の頭はぼんやりしていて状況がよく掴めない。


(たしか、水汲みしてて……)


 立ち上がりながら思い出そうとしたとき、腹が鳴った。


「……腹減った」


 そういえば、と夕飯を食べていないのを思い出す。


「飯まだ余ってるかな……」


 渡は火の近くに寸胴を見るとその中身を確認する。

 そこには、


「何にも無い!?」


 渡は絶望した。

 そこで記憶が一気に頭に流れ込んできた。

 あんなに頑張ったのに、あんなにがんばったのに、アンナニガンバッタノニ……。


 あのクソアマ……!


 渡が標的を確認し、捜索を開始する。

 と、その時。


「あ、ワタルさん起きました?」


 どこからかエリスが現れた。


「あれ? 皆寝たんじゃないの?」


 その言葉にエリスは苦笑いする。


「他の人は皆寝ちゃいました」


 エリスの手には空の皿とお玉が握られている。


「先ほどはすみませんでした。あの子普段はいい子なんですが今日になっていきなりワタルさんにいじわるしてしまって……」


 エリスの言葉にさっきまでのイライラが吹き飛んでしまった。


「そんな……いいよ。エリスが悪いわけじゃないし」


「本当にすみません……。お詫びといっては足りないかも知れませんが、夕食を少し残しておきました。……食べます?」


 渡は目を輝かせる。

 この子は天使なのか?


「……いいの?」


「ええ、ぜひ」


 渡は思わず目頭が熱くなる。

 なんてよくできた子だろうか。


「早速頂いていい?」


「じゃあこっちに残してますのでついて来てください」


 エリスはそういってさっきの小川の方へ行く。

 そこでは小さな焚き火があって、その上に鍋があった。

 鍋にはおいしそうなスープが温められていて、渡の鼻をくすぐる。

 エリスは持っていた皿にスープをよそうと、渡に差し出した。

 渡はエリスからスープを受け取るとスプーンを使わずにがぶがぶ飲み始めた。


「もう一杯!」


 はい、とエリスは笑って受け取るとまた皿によそう。

 それを三回くらい繰り返した所で渡は止まった。


「ふい~、ごちそうさま」


「はい。パンもあったんですがそれは皆食べられちゃいました」


「いや、あれだけでもありがたいよ。ありがとう」


 それを聞いたエリスは少し恥ずかしそうに笑った。


「じゃあ明日に備えて早く寝ましょう。皆寝てるのでテントは使えませんけど」


「そうか……どうしようか」


「まぁこのままここで寝ればいいですよ」


 エリスは自分の荷物を枕にするとそのままごろんと横になる。

 渡としては女の子と寝るなんてとんでもない事だったが、仕方が無いので横になる。

 エリスは横になったまま渡に笑いかけるとそのまま目を閉じる。

 渡は顔が熱くなるのを感じたがぶんぶんと頭を振って目を閉じた。

 緊張して寝られないと思ったがまだ疲労が残っているらしく、すぐに眠気が襲ってきた。






~~~~~






「ワタルさーん、起きてくださーい」


 すぐ耳元で声がする。


「ん?」


 目を開けると目の前にエリスがいた。


「うわっ」


「あ、起きましたね。」


 渡はむくり、と上体を起こす。

 よく見ると昨日の金髪もいる。


「ほらペル、ちゃんと謝らなきゃ」


 その金髪はペルというらしい。

 謝るとは昨日の事だろう。

 どうみてもペルのほうが姉な感じなのだが今はエリスが姉みたいだ。

 そのペルは露骨にいやそうな顔をしている。


(俺って彼女に何かしたっけ?)


 渡にはいまいち理由が分からなかった。


「どうもすみませんでした」


 反省の色が見えないどころか、お前が反省しろやボケと目で語っている。

 とにかくペルは渡のことが嫌いらしい。

 ペルはそれで謝ったつもりなのかそのまますたすたと去ってしまった。


「すみません。普段はあんなじゃないんですが……」


「いや、いいよ別に。そういう事もあるさ」


 エリスはしばらくぺこぺこと渡に謝っていたが、どうにか渡がなだめて朝食を食べる事にした。

 渡は結局スープしか食べてないので空腹感を通り越してお腹の辺りに喪失感がある。

 渡はその日の朝食をがつがつと食べた。

 だが他の隊員からは特に嫌がられることは無く、逆に同情の目で渡を見ていた。

 中には自分の分まで差し出す隊員もいたが、流石に渡は断った。

 朝食を食べ終わると手早く準備をする。


 装備の確認、携帯品の確認、テントの片付け等。

 渡はテントの片付けもできないし、ペルもいるし、荷物も何も無いので結局流れる小川をただ見ていた。

 さらさらと流れる小川を膝を抱えて眺めていると後ろから声をかけられた。


「おいワタル! そろそろこっちこい」


 振り向くとガルザックが立っていた。


「はい、分かりました」


 渡はよいしょ、と立ち上がると戻っていった。




「あ、戻ってきましたね」


 見ると全ての隊員が整列していた。

 しかし兵舎に並んでいた時とは違い、三つに分かれている。


「これから魔獣討伐に向かいます。作戦通り部隊を三つに分け横にします。魔獣は後ろに漏らさないで下さい。以上!」


 エリスの簡単な説明が終わると一息置いていった。


「出発!」


 道は村の外をぐるりと回って反対側にいくような感じだ。

 反対側に付くと獣道しかなく、森の中を木を避けながら行動する事になった。

 隣の部隊がぎりぎり見えるくらいの距離を保ちつつゆっくりと前進する。

 辺りは隣の人の息遣いまで聞こえそうなほどひっそりとしていて、それが逆に緊張感を煽らせた。

 渡はまだ戦闘の経験が無いので全方位から襲い掛かられそうで辺りをきょろきょろと見回している。


「……ワタルさん、そんなにきょろきょろしてもまだいませんよ」


 あまりにもきょろきょろしすぎてエリスに言われてしまった。

 渡はあはは、と笑うがそんな事を言われても不安なものは不安である。

 きょろきょろとはしないものの心の中でびくびくしながら渡は進んでいく。


そんな状態がしばらくつづいたその時。


「敵襲!」


 右の方から声が上がった。

 全員が右を向くが、エリスだけは前を見たままだ。


「あの子達なら何とかやってくれます。このまま前に進みましょう」


 こういうところで人格が現れるんだろうなぁ、と渡はしみじみ思いながら心の中でつぶやく。

 ため息をついて前を見た瞬間。

 目の前の草むらががさがさっ、と動いた。


 全員が身構える。

 案の定報告された瘴気型の魔獣らしい。

 真っ黒の四足の獣のようで、見た目は狼みたいだ。


「敵襲!」


 エリスが叫び、突っ込んだ。

 だがエリスが敵に切り込む前に後ろから砲撃のようなものが魔獣に当たり、全て吹き飛んでしまった。

 放ったのはペル。

 口は悪いが腕はいいらしい。

 だが渡にとっては魔法というのを初めて見るので驚きしか残らない。


「ペル、途中まで援護お願い! ワタルさんいきますよ!」


「おう!」「はっ!」


 エリスが突っ込むのにあわせて渡とペルがエリスに続く。

 草むらを抜けるとさっきの魔獣がうじゃうじゃいた。

 しかし三人は臆することなく(渡は二人につられて)その中に飛び込む。


 また渡の後ろからの砲撃。

 前方で大きな土煙が上がり、何匹かの魔獣が宙を舞う。

 煙が晴れたときにはいくつかの魔獣が減っている。

 が、数が多すぎてあまり変わっていないようにも見えた。


「ペルもういいよ! 後ろの援護に回って!」


「……わかりました」


 ペルはエリスに答えると後ろへ下がっていく。


「ワタルさん、私たちは最小限の敵を倒しながらこのまま進みます! 弱点は体の中心!」


 エリスはそういいつつ的確に魔獣の胴を二刀流で切り捨てていく。

 渡もエリスに負けるわけにはいかないので体の中心を狙って次々切っていく。

 切られた魔獣は霧散し、跡形も無くなった。

 前に進むにつれて多くなっていく魔獣を相手に二人は前への道を切り開く。

 飛び掛ってくる敵をそのまま串刺しにし、挟み撃ちは体を捻ってまとめて叩き落す。

 互いに互いを助け合いながら前に進んでいく(といっても渡は素人なのでほぼエリスが助けているが)。


 そうして切った魔獣が100を超えようかとしたその時。

 いきなり魔獣がいなくなり、後ろの魔獣も追撃してこなくなった。

 渡は訳が分からず頭をかしげていたがエリスは前をにらみつけている。


「……ワタルさん、こいつが今回の討伐対象です」


 そういわれて前を見る渡。

 そこには、


「……いや、でかすぎでしょ」


 4メートルを越す身長。

 丸太のように太い腕と足。

 二本の足で立ち、口と思われる部分からは真っ黒い瘴気が吐き出されている。


「見るからに強そうなんだけど」


「大丈夫です。ワタルさんも十分強いですから」


 こいつが強いと認めているのだろう。

 エリスからも緊張の色が見て取れる。


「来ますよ!」


 エリスが言うのと同時に魔獣が低く沈み込む。

 そして、

 いきなり渡に突っ込んできた。

 かろうじて反応できた渡は薙刀で受け止める。


が、


「っがはっ!!?」


 受け止めきれず後ろに吹き飛ばされ、木にぶつかって止まる。

 脳が揺れ、口の中に血の味が広がる。


(くぁ……何が起こった?)


「ワタルさん!」


 エリスが近寄ってこようとする。

 しかし魔獣が渡を吹き飛ばした姿勢でエリスを裏拳で殴り飛ばす。

 完全に不意をうたれたエリスは何も出来ずに吹き飛ばされた。


「ッエリス!!」


 渡は動こうとするが脳が揺れたためふらふらしている。

 その隙を魔獣は見逃さなかった。

 恐るべき加速で渡に近づくと渡に襲い掛かる。


 渡はかろうじて避けるが体に掠り、後ろに倒されて尻餅をつく。

 その渡にさらに追撃を加えようとした魔獣だったが、魔獣の動きがいきなり止まった。

 魔獣の左肩を光線が貫通したのだ。

 魔獣はゆっくりと後ろを振り向くと、そこには剣を構えたエリスが立っていた。

 エリスは頭から血を流し、肩で息をしている。


「はぁ、はぁ、ワタルさんは……私が守りますから……」


 その言葉に渡は衝撃を受けた。

 エリスの言葉に感動したのではない。



 エリスの言葉が悔しく思ったのだ。



 何故自分は自分よりも年下の女の子に守られているのか?

 何故自分はこんなにも非力なのか?


 そう思っても魔獣は待ってくれなかった。

 魔獣は標的を渡からエリスに変え、完全に渡は眼中に入っていない。


 エリスはそんな魔獣に臆することなく正面から立ち向かっている。

 魔獣が低く沈み込み、エリスが剣を構え直す。

 魔獣が動くのとエリスが動くのは同時だった。

 互いに前に進み剣と拳を交える。

 魔獣の拳をエリスは剣で受け流す。

 エリスの剣を魔獣は多少受けつつも力で押す。


 どちらが優勢か誰が見ても明らかだった。


 エリスは一回でも攻撃を受けたら終わり。

 対して魔獣は多少受けてもなんらダメージはない。

 エリスは魔獣のごり押しを上手く避けているがいつまでも続くわけではない。

 そんな死闘を見て動けない渡は自分自身が悔しかった。


(ちくしょう……!俺は何にも出来ないのか!?)


 なんとかエリスを助けたい、しかし自分が割り込んでもエリスの邪魔になるだけ。

 二つの意見が渡の頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。

 渡が何も出来ずに二人の死闘を見ていたその時。

 戦局が変わった。

 とうとうエリスが魔獣の攻撃を避けきれず魔獣の攻撃に当たる。

 軽々と空を舞うエリス。

 それに追撃するつもりなのか、魔獣はエリスをにらんで体を低く沈める。

 その瞬間、



渡の中のなにかが外れた。



 今までは目にも追えなかった魔獣が、今はゆっくりと見える。

 魔獣が低く沈み、そして飛び上がる瞬間------



「やめろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」



 渡は魔獣の何倍ものスピードで魔獣に飛び掛った。

 そのままのスピードで魔獣を蹴り飛ばし、左手で空中にいたエリスを抱きかかえる。

 魔獣は何メートルも吹き飛び、大きな木の幹に当たってようやく止まった。

 魔獣がむくりと起きて、再び渡を敵として認識する。

 魔獣が渡をしっかりと見た事を確認してから薙刀の切っ先を魔獣に向けて言い放った。。



「エリスは俺が守る!!!」



 次の瞬間魔獣は今までよりももっと速く渡に飛び掛る。

 しかし、渡にはそのスピードすら止まって見えるように感じた。

 魔獣は大きく左手を振りかぶっている。

 しかし、左の脇腹がおおきな隙になっていた。

 渡はそこを確認してから大きく踏み込んで魔獣の腹を横に切り裂く。

 渡と魔獣は背中で対峙する。

 だが、魔獣の腹は両断されており、真っ黒い瘴気を撒き散らしながら上半身と下半身が離れていく。

 魔獣の上半身が地に落ちると、さらさらと灰のように風に流されて何もなくなってしまった。


 あっけない終わりだった。

 渡はふぅ、とため息をつくとそういえば、とエリスに振り返った。

 エリスはぽかん、と目を丸くしており、状況がよく頭に入っていないようだ。


「おーい、エリスー。おいってば」


 しばらくエリスの目の前で手を振っていたのだがようやく動きがあった。


「え?あれ?ワタルさん……えっと、あの……あれ?」


 動きはあったが状況は掴めてないらしい。


「ほら、もう倒したよ。あいつ」


「え!? 本当ですか?いやだってさっきの……」


 そこまで言ってエリスは何かに気がついたのか、顔がぼんっと音がするくらい顔が赤くなる。


「どしたの?」


「いえいえ何でもないですよ!じゃあ早く帰りましょうか!うん、そうしましょう!!」


 エリスはそういって立ち上がろうとするのだが、


「よいしょ……あれ?このっ、えっと……」


「ほんとに大丈夫?」


「いえ……その、腰が抜けてしまいました……」


 女の子座りをしたままうんともすんとも動けない。


「んじゃあ……ほら」


 渡はエリスにしゃがんで背を向ける。


 渡はこんなことはしたくなかったが女の子にあんな事をさせてしまったという罪悪感と、ほんの少しの好奇心が勝ってしまった。


「ええ!? えっと、じゃあお願いします……」


 エリスは渡の肩に手を伸ばす。

 渡はそのまま持ち上げるとちょっとだけ姿勢を直す。

 渡は女の子をおんぶなんてした事がなかったのだが、いざしてみると思ったよりも軽く、息遣いや背中に何か当たるものが……


(いかん!何考えてんだ俺!!)


 渡は一つ深呼吸してから言った。


「じゃあ、帰ろうか」


「は、ひゃい……」


 何故エリスの声が裏返ったのか渡には分からなかったがとりあえず無視してきた道を帰ることにする。

 だが、


「エリス? なんか息が荒いけどどこか苦しい?」


「いっいえっ!! なんでもにゃいでしゅよっ!!?」


 いくらなんでも噛みすぎだろう、と渡は思った。

 でもエリスの息遣いは確かに荒いし、伝わってくる鼓動も……


(だからそれやめろ!!)


 思考が変な方向にいく前に正気に戻る渡。

 頭をぶんぶんと横に振って心を入れ替える。


「そう?ならいいけど……」


 会話が終わってしまい、気まずい空気が流れる。

 しばらく無言であるいていたが、いきなり渡の頭に衝撃が来た。

 何かと思って後ろを見るとエリスが頭を渡に預けているらしい。

 渡は寝てるのかな?、と思ったが実際には頭がショートしただけである。


 だが渡にとっては気まずい空気が断ち切られたの少しだけ気が楽になる。

 しばらく歩くとさっきペルと分かれた場所に来たのでそろそろ仲間と合流できるかな、と思ったのだがそうでもなかった。

 思考をポジティブに切り替えてさらに進む。

 だがいくらたっても誰の姿も見えない。

 少し不安になった渡は早歩きになる。

 そこからしばらく歩くとやっと人影が見えた。


「おーい、皆ー!」


 渡が小走りで近づいたのだが、


「……おう、ワタルか……。よくやった」


 答えたガルザックは腹に包帯を巻いている。

 他もどこかしらに包帯等を巻いている。

 激しい戦闘だったらしく、周りの木も何本かへし折られている。


「大丈夫ですか?ガルザックさん」


「このくらいの傷はいつもの事よ……。それで?ボスはお前がやったのか?」


「え?まあ、はい」


「そうか……」


 その言葉にガルザックは深く息をついた。

 そして勢い良く立ち上がる。


「よし、帰るか! おいお前ら! この位でへばってんじゃねぇぞ!ちゃっちゃと準備済ませろ!!」


「いや、一日位待ったほうがいいんじゃないですか?」


「こいつらはそんな弱く鍛えられてねぇよ。それと渡、できればそのままエリスをおぶっていって欲しいんだが」


 ガルザックの頼みの意味が良く分からなかったが、断る理由は特に無いので一応頷いておく。


「ありがとう。……おいお前ら! 準備おせーぞ!!」


 その言葉を聞いた隊員たちは手早く準備を済ませる。


「じゃあ俺と渡で村長に挨拶してくっからお前らは馬車に荷物積んどけ! 分かったな!」


 ガルザックの言葉に隊員たちはやる気のなさそうな返事をするが、素早く列を作って戻っていった。


「さて村に行くか……」


 ガルザックは傍においてあったリュックを片手で持つと、村の方向に歩き出した。

 少し歩いて村の門が見えてくると、そこに村長と若い青年が立っていた。


「なんと……もう終わってしまったのですか?」


「まぁはい、頭を倒したのはこいつですが」


 そういってガルザックは渡を指差す。


「なんと……そんなにお若いのによほどの力があるのですね」


「いえ、俺はただがむしゃらに戦っただけですから」


「そんなに謙遜なさらずに……。ただいま宴の準備をさせております。ぜひお越しください」


 村長のその言葉にガルザックはぽりぽりと頭を掻いた。


「ええと、すみませんがお礼はいいです」


「いえ、あなた様方は我々の命の恩人です。何かお礼をしないと気がすみません」


「別に私たちは礼を貰うためにこんな仕事をやってるわけじゃあありませんし。いりませんよ」


 村長はその言葉に肩を落とす。


「いや、でもなにかさせてください。……あれを持ってきてくれ」


 村長は後ろの青年に声をかけると青年は走って村の中に行ってしまった。

 しばらくすると青年は小さな包みを持って来た。


「これはこの森のずっと奥で採れたティフラの実といいます。この木の実には魔法がかかっていて、神のご加護を受けられるといわれております」


「ほう、これがティフラの実……。ずいぶん高価なものだと思うが?」


「こんなものよりも命が助かった方がありがたい。ぜひ受け取ってくだされ」


 ガルザックはこれは拒まずに受け取る。


「じゃあ俺たちはこれで」


「はい、少し残念ですが帰ってしまうのならば仕方がありません。ありがとうございました」


 村長が深々と頭を下げると、ガルザックは片手で返事をして帰っていった。


「ふぅ、じゃあこれお前食え」


「ええ!?」


 ガルザックはさっき受け取ったばかりのティフラの実を渡に突き出す。


「これしかないのにあいつ等に持って行ったら絶対取り合いになる。だからここで処分しなきゃいけないわけだが、俺はもう食ったことがあるからな。だからお前が食え」


 渡は思わず身を引くが、ガルザックはさっきの包みを渡にずいっと押し付ける。


「ほれ」


 ガルザックは渡に真っ白な実を突き出す。

 だが渡はエリスをおぶっているので両手が使えない。

 だからガルザックは渡の口に無理矢理押し込んだ。


「むぐっ」


 渡はその実をもぐもぐと咀嚼する。

 しかし、


「味ないですよ?これ」


「ほぅ、味がない……か」


 渡には訳が分からないがガルザックはうんうんと頷いている。


「ガルザックさん、これなんなんですか?」


「ああ、別になんでもない。……早く帰るぞ」


 ガルザックは適当にはぐらかして先にすたすたと歩いていってしまった。


「ちょっと、待ってくださいよ!」


 渡はエリスの位置を少し直すとガルザックをおって走っていった。

 こうして渡の初陣は終わっていった。

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