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~港町~

「マホックさん遅いですね」


「シルビアと話してたから、何か言うことでもあったんじゃないか?」


 一方渡とエリスは順調に港町を目指していた。

 が、マホックがいつまで経っても来ないので心配していたのである。

 そのため二人は、少しだけ歩くスピードを落として荷車を引いていた。


 ちらちらと、エリスは後ろをみながら渡に言う。


「それにしては遅いですよ。何かあったんじゃないですか?」


「うーん、でもこれを一回止めたらもう動かせないしなぁ」


 渡とエリスはあれやこれやと言いながらゆっくりと道を進んでいく。

 これまでの道はシルビアが言ったように平坦で、のぼりも下りも無く歩きやすかった。

 しかし両脇は背の高い木が乱立し、これだけまっすぐな道を進んでいると、なんだか気がおかしくなりそうだ。ちなみにまだ分かれ道を一回しか曲がっておらず、それ以外はずっと直線の道だ。


 二人は頑張って荷車を押しながらも、何もないまっすぐな道という苦行に耐え、さらに後ろも気をつけるという何とも神経を使う作業をかれこれ一時間ほど続けていた。

 がらがら、という音をずっと聞き続け、永遠とも思われる道をただ歩く。

 同じことをただただ繰り返すというのは人にとっては十分拷問と言えるだろう。


 二人の会話は自然と減り、その沈黙がさらに疲労を呼び、疲労で会話が減る。

 このサイクルが十回ほど二人の中を回った時、ついに変化が訪れた。


「おーい、二人ともー」


 二人は待ち望んでいたように後ろを振り向くと、遠くにマホックの馬車の姿が見えた。

 しかし二人の目はすぐに驚愕に丸くなる。

 マホックが近づいている。

 それも、


 猛スピードで近づいてくる。


 明らかに馬では出せないようなスピードだ。というか馬は足を動かしていない。

 まるで滑るように猛スピードで近づく馬車は、二人にとって信じられないもの、としか目に映らなかった。

 二人は危うく足を止めそうになり、しかし我に返ってなんとか足を動かす。


 そうこうしている内にマホックの馬車は音も無く二人の荷車の隣に付き、スピードをあわせる。

 遅れてやってきた風が三人の間を通り、木々を揺らしながら抜けていった。


 マホックの馬は足を動かしだし、馬車の車輪もがたごとと回りだした。

 その様子に二人は、ただ足を動かし、目を丸くして隣の馬車を見るしかない。


「魔法だよ。結構疲れるがね」


 二人の様子を見てか、マホックが二人に説明した。しかし二人にその言葉が届いたかどうかは良く分からない。

 マホックはそれに構わず続けた。


「ちょっと用を足していくのでな。二人は優しいから私のことを待っていると思ったから、知らせてからにしようと思ったんだ。私は遅れるから先に行っててくれ」


 渡とエリスはその言葉にただ頷くと、前を見てスピードを上げて歩き出した。

 終始口を開かなかった二人に、マホックは微笑み、馬車を止める。

 それから木の陰に向かって、陰から二人の様子を観察する。

 

「……行こうか」


「……はい」


 渡とエリスは肉体的な疲労とは別の疲労を顔に浮かべ、一路港を目指すのだった。


 それを遠くから見ていたマホックは、用を足すこと無く無表情で馬車に近づく。

 それから渡達が曲がり角を曲がり、完全に見えなくなるまで二人の荷車を見つめ続けた。


 二人の姿が完全に見えなくなると、馬車の車輪の脇にしゃがんで、


「君、何してるんだい?」


 ポツリと呟いた。


 すると、馬車の下から金髪の少女がぼとっと落ちて、そのまま土下座の格好になる。

 その少女は金髪を団子のように結んでおり、馬車の下に隠れていたため泥だらけになってしまっている。

 その少女は……


「将軍の馬車に張り付いていた非礼、誠に申し訳ありません! 斬られる覚悟は出来ております!」


 ペルだった。

 彼女は馬車が屋敷に着いてからずっと、馬車の下に潜んでいたのだ。


「まぁ待ちなさい……。まず君の名前を教えてもらおうか」


「はい!四番隊所属、ペル・アルマティアでございます!」


「ふむ、四番隊の……。それにアルマティア家といえばそれなりに名門じゃないか。何でこんなことしたんだい?」


 するとペルは一瞬置いてから言った。


「一言……。エリス様に一言……別れを」


「別れだなんて・・・、任務は良く知らないが終わったら帰ってくるだろう。そんな一生の別れみたいな言い方をしなくてもいいんじゃないかい?」


「いえ、別れであります!再会しても、今度会うときにエリス様の心には私はいないかもしれません」


 マホックはその言葉に何か思うところがあったのだろう。途中から言い終わった後には泣き崩れてしまった少女の肩にぽん、と手をのせていった。


「ならば一緒に来るかい? そんなに言うのだったらチャンスをあげよう」


 ペルは信じられないような目でマホックを見た。無理もないだろう。元将軍の馬車に忍び込んだ時点で見つかった時の死は覚悟していたのだから。

 ペルは上げていた頭を再び地面につけて、涙ながらに目の前の老人に深い感謝を表すのだった。






~~~~~






「やっと着いた~」


 暫らくして、渡とエリスは潮の香りがする港町に着いたのだった。

 時刻は昼を過ぎた頃。季節が夏ではないため太陽が真上にくることはないが、ほんのすこしだけ日が傾いているのが分かる。

 あたりにはカモメやらうみねこやら、多くの水鳥が飛び交い、メロディを作っている。

 渡達がいる街の入り口は高台になっているらしく、眼下には大小さまざまな船が大きな海原への出港を待っているかのように停められていた。


 渡とエリスの二人は少しだけ下り坂になっているところに荷車を止めると、潮の香りをいっぱいに吸って水平線にを目を細くして見つめる。

 少しの曲線を描いた水平線に対岸は見えないが、この先にこれから行くであろう異国の地が待っているのだろう。

 そう思うとこれまでの疲れを忘れて気持ちがわくわくしてくる。


 二人は無言で密かに心躍らせていたが、いつまでもこうしている訳にはいかない。


「いこうか」


「はい」


 二人は足を動かした。






 しかし、問題はすぐにやってきた。

 この港町には急勾配が多すぎるのだ。

 動かすのが難しいほど重い荷車は、支えるのも難しい。それも、傾斜が急になるほど大変なのだ。

 

 そのため、二人は足をつっぱって、ずりずりと移動することになった。これでは移動ではなく、ただ引きずられているだけだ。


「こっこれ、やっぱり重過ぎるだろ!」


 そう言ったのは渡。背中をぴったりと荷車につけて踏ん張っているが、中々難しいようだ。


「でっでも、この下にこの荷物置かなきゃですよ……」


 エリスも後ろから荷車を掴んで支えているが、力が足りない。


 その様子を周りの人は微笑みと共に温かい目で見ていた。

 この時間帯に街を歩いているのは主婦の方々で、周りにいる人の七割くらいはつぎはぎが目立つドレスにバスケットを持った女性ばかりだった。中には子連れの女性もいて、「あれなにー?」「しっ、指差しちゃいけません!」等というお約束も忘れない人もいた。

 とにかく老若男女も全ての人が二人の様子を見ていた。


 渡とエリスは周りの人から笑いながら見られる、という状況をとても恥ずかしく思っていたが、この状況をよい方向に打破する策は頭から浮かんでは来なかった。

 疲労の次は笑い者、という苦行に二人は耐えつつも、じりじりと少しずつ進むしかない。


 しかしだんだん顔を真っ赤にして俯きながら進む二人の目の前に、転機が訪れた。

 悪い方の。


 二人の脇の路地から数人の子どもが勢い良く飛び出したのだ。

 その子ども達は荷車の前を通ってまた別の路地に飛び込んでいく。


 渡は突然目の前に現れた子どもに驚き、バランスを崩してしまった。

 そのままガタン、と動き出した荷車を二人が止められるはずも無くそのまま荷車は転がる。

 渡とエリスもそれに巻き込まれ、渡は前、エリスは後ろから荷車にくっついて猛スピードで坂を駆け下りた。


「うわああああああ!」「きゃああああああ!」


 二人が揃って悲鳴をあげ、当たったら即死は免れないようなスピードを出しても周りの人間達は動じない。

 それどころか落ち着いて道の真ん中を空ける。そして一人の女性が叫んだ。


「ペッソさーん!出番ですよー!」


 だんだん周りの風景がゆっくり見えてきて、本気で死を覚悟し始めた二人がゆく道の先には、一人の男性が立っていた。

 線は細く、背も高い。耳は長く、肌は黒い。

 その男性は木箱やらなにやらの整理をしていたが、女性の呼びかけを聞くとゆっくりと後ろを向いた。

 そして動じる様子も無く何かぶつぶつと呟き始める。


「そこの人早くどいてー!」


 猛スピードで駆け下りる二人にはペッソと呼ばれた男性と、その先の荷物と、さらに聳え立つように止められている大きな船しか見えていない。

 あまりのスピードに涙が出てくる目を気にすることも出来ず、ただ死ぬとしか思っていなかった渡は、やけくそ気味になってスピードを上げた。

 今まで後ろ屈みになって回るように動かしていた足を、ただ前に動かすために動かす。

 エリスは荷物を括っていた紐につかまる様にしていたため、自然と前かがみになってしまう。


 その様子を見てか、目の前のペッソは細い目と眉をぴくりと動かし、少しだけ笑ったが呟きは止めない。


 いよいよ二人とペッソの間が20メートルくらいになった時、ペッソは両手を前に突き出した。

 すると、ブンと丸い紋章のようなものが手の前に現れる。

 そのまま目を細めてタイミングを計る。


 駆け下りる二人は目を瞑ってただただ足を動かすだけだった。


 そして、ペッソの紋章と荷車が触れた時。


 ぴたっ、と荷車が動きを止めた。完全に静止したのだ。

 一瞬の出来事に誰も反応することが出来なかったが、ペッソだけはこれに反応していた。


「せいっ!」


 そのままペッソは背負い投げのように何かを投げる。

 すると、


 渡とエリスは宙を舞った。

 しかもこれまでつけてきたスピードの何倍もの勢いで。


 まるで砲弾のように、仰角をつけて飛ばされた二人は、宙を舞っているということを認識できなかった。


(ああ、俺って死んだのか……。これから天国に行くんだな……)


 死んだとしか認識していなかった。

 それはエリスも同じで、硬く目を瞑って丸くなって空を舞う。


 最初に違和感を感じたのはエリスだった。

 浮遊していることに気が付いたのだろう。恐る恐る目を開けると、


 きらきらと輝く水面と大きな大きな船の甲板が見えた。


 あまりの絶景にエリスは暫らく目を見開いて唖然としていたが、次に目に入ってきた帆船のマストを見て事態を把握した。


「わっワタルさん! 起きて下さい!」


「ああ、見える……。俺は今天国への階段を上っているんだ……」


「バカなことを言ってないで早く起きてくださいよ!」


 エリスに言われて、渡はふっと目を開けた。

 渡も、エリスと同様に目を見開いて驚いていたが、やっぱりマストをみて理解したらしい。

 口をパクパクさせてから咳き込むように言った。


「ちょっ、空飛んでるじゃん!」


「いや、それよりも……」


 エリスは手足をぱたぱたと動かしながら叫ぶ。


「私たち、落ちますよぉぉぉぉぉ!」


 大きな放物線を描いて飛んでいた二人だったが、重力がある限り落ちるのが当たり前というもの。そして二人はその『当たり前』から外れることなく進行方向を下へ下へと向けていった。

 このまま行けば海に落ちる、という二人の考えは当たっており、二人揃ってこのままいけば二人の身体は海面に叩きつけられるだろう。

 そう、このままいけば。


 二人はばたばたと暴れながらさらに下へと落ちていたが、突然強い衝撃が二人を襲い、二人の身体は一瞬だけ完全に静止した。

 

(ぐぁっ……?)


 揺らぐ視界の中で必死に思考を巡らせたが、同時に脳も揺れていたためうまく考えが纏まらない。

 さっきまでは手足を振り回していたが、今は身体から力が抜けてだらりとしたまま二人は落下した。

 かなりの高さをまっさかさまに落ちた二人は、今度はふわっという柔らかい感触に支えられて完全に静止する。

 今度はは落下も上昇もなく、二人はふわふわとした何かの上に寝転がった。

 ぐらぐらとした視界の中で何とか立ち上がろうとするが、足場が不安定なのと、身体もふらふらしているためすぐに転んでしまう。まるで遊園地の激しく回ったジェットコースターから降りた後のようだ。


 立つことを諦めた渡はふわふわの何かの上に寝転がった。

 ぐるぐる回る視界には太く聳え立つマストと、何やら仕掛けの上にネットのような物が張ってあるように見えた


(ああ、あれにぶつかって落ちたのか……)


 と、無気力に認識する渡の周りにはクー、クーというカモメの鳴き声と、大きな笑い声が聞こえてきた。

 どうにか回復してきた目で起き上がってみると、自分達はさっき見た大きな船の上にいること、自分達の下にあるものがクッションであること、そして近づいてくる男を認識した。他にも忙しそうに働きながらも笑い声を上げている屈強な男達もいた。

 

 その男は笑顔で近づいてきたが、渡をスルーしてエリスの元に向かう。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 白い歯をキラリと見せながらエリスに手を差し伸べる男。その男も筋肉ムキムキでいかにも船乗り、という感じだ。


「あ、ありがとうございます……」


 男はにこっと笑うと、エリスの手を取ってそのまま立ち去ろうとする。エリスはまだぼんやりしているようで、男にされるがままだ。

 その様子に渡は若干ムッとしつつ、男を呼び止めた。


「おい! 俺を忘れてるぞ」


 すると男は面倒くさそうに、そして心底嫌そうな顔をして振り返った。

 そして何も言わずに空いている左手を差し出す。

 渡がその手を掴むと男は強引に手を引き、渡を立たせるとぱっと手を離す。

 

「さ、お嬢さん。とても驚かれたでしょう。こちらでお茶でも……」


「おい!」


 男はすぐにエリスを船内に案内しようとする。エリスも若干困惑しているようで、ちらちらと渡を見てくる。

 渡も強引な男に向かって睨み付ける。


 男は深くため息をついて肩をすくめ、けだるそうに再び渡を見た。


「なんだい少年。もう君は立っていられるだろう。その足でどこぞへいきたまえ。そして私の邪魔をするな」


「邪魔をしているのはお前の方だろ。そいつは俺の連れだ」


「なんと! 君のような奴隷がこの美しいお嬢さんの連れだなんて……。そんないい加減な嘘をつくのはやめたまえ」


「嘘じゃねぇよ! ついでに言うと俺は奴隷なんかじゃない。人だけどな!」


「空を飛んでまだ夢を見ているのかい?いい加減夢から覚めたまえ。そして早く巣に帰りなさい」


「夢も見てねぇよ! しかも何だよ巣って! ふざけんな!」


 お互いに睨みをきかせてばちばちと火花を立てる二人。エリスはその様子を身を引いて観察し、仲裁に入るタイミングを計っていた。

 すると、エリスの視界の外から二人に向かって歩いてくる人影があった。

 さっきはよく見ていなかったが、たぶん渡とエリスを投げ飛ばしたペッソという青年だろう。


 その青年は二人に近づくと、男の方を思い切り殴り飛ばした。

 突然の出来事にびっくりする渡とエリス。

 殴り飛ばされた男は甲板の上を数メートルほど転がった。

 そして殴られた頬をさすりながら叫んだ。


「殴ったね!」


 どこかで聞いたことがある、と渡は思いながら殴り飛ばした青年を見た。

 改めてみても線が細く、背もすらっとしていて中々のイケメンだ。


 渡が気が付いて、慌てて青年にお礼を言おうとしたその時、青年は渡には目もくれずにまだ転がっている男に近づく。

 そして男の腹にもう二,三発蹴りを入れる。


「や、やりすぎじゃないですか……?」


 慌てて青年を止めようとした渡は、二人に恐る恐る近づく。

 すると青年は無表情に振り向き、渡にずいっと顔を寄せる。

 驚いて顔を引く渡に青年はいまいましげに言った。


「こいつは俺が投げた女の客を片っ端から口説いていくんだ。なんかむかつく」


「それだけですか!」


「ああ。別に俺が口説きたい訳ではないが、俺がこいつが女を口説くことを助けてるみたいで、虫唾が走る。こいつのせいで若い客もあんまり来なくなったしな」


 きっぱりと言い放った青年に渡は苦笑しつつ、さっき言えなかったお礼を言う。


「あ、さっきはありがとうございました。……えっと、ペッソさん、でしたっけ」


「ほぅ、さっきの状況で周りの声が聞こえていたのか。中々度胸のあるやつだ。だが、さっきやったことが俺の仕事みたいなもんだから、別に礼を言われる事はしていない」


 それを聞いた渡は素直に思った。


(この人、クールでかっこいい!)


 礼を言われても舞い上がることのない冷静さと謙虚さ、そしてあくまで全て無表情でやってのけるクールさ、そしてこの容姿。なるほど、さっきのペッソを呼ぶ声が若干黄色い感じだったのはこれだからか、と渡は勝手に納得した。


 そして渡は比べる。さっきの気持ち悪い男と……。


 渡がひょい、とペッソの後ろを見てみると、既に立ち上がってどこから取り出したのか分からない櫛で乱れた金髪を整える男がいた。

 その後切れた口から出た血をハンカチで拭い、汚れた服の埃をぱんぱんと払ってから隅で縮こまっているエリスに向かってウインクをして見せた。しっかりと白い歯も見せている。


 その様子を見て渡は呆れを通り越して感心していた。ここまで我を通す人間はそうそういない。恐らく悪い人間ではないのだろう。


(まぁ好きにはなれないけどな)


 心の中でポツリと呟いた。


 そのとき、ペッソがごほん、と咳払いをして雰囲気を整える。

 全てが終わった男もペッソの脇を通り過ぎてエリスの元に向かおうとするが、ペッソに脇腹をどついて止める。

 渡はすっかりおびえて隅に縮こまっているエリスを呼び寄せ、ようやく四人が揃った。


「これは失礼しました、おじょ」「黙れ」


 すかさず口説きモードに入ろうとした男を、ペッソがこれまたすかさず裏拳で止める。

 顔にクリーンヒットしてのけぞる男に、ペッソはさらに追撃。腹を殴り、足を払うと男は完全にバランスを崩して転倒した。


「ぐはっ!」


 床で苦しそうに悶える男を片足で踏みつつ、ペッソは頭を下げる。


「うちの船員が失礼しました。こいつも悪気があるわけではないので許してやってはくれませんか?」


「そうなのです! 私は私の信条に則って……」


「お前は黙っていろ」


 ペッソは男の顔を踏んで何も言えないようにする。


「あはははは……」


 エリスも苦笑しながら二人の様子を見ており、やはり若干引いているようだ。

 渡もエリスも顔が引きつっているのを見て、ペッソは男を踏んでいる足をどけた。

 男はがばっと起き上がり、また乱れた髪を整える。それから口を拭って服の埃を払って、


「キラッ」


 再びウインク。さっきのパターンと全く同じだ。

 その様子に、ペッソはまた手が出そうになるが、渡達が引いているのを見たためか自重する。その代わりに大きくため息をついた。

 そしてペッソは男の頭に手を添え、


「すみませんでした」


 悪戯をした子どもを無理矢理謝らせる親のように、男の頭を無理矢理下げさせた。

 男は反抗しようとしたがペッソに攻撃されるのを恐れたのだろう、おとなしく頭を下げた。


「そっそんな、いいですよ別に……」


「そうですよ。俺たちだってペッソさんに助けられたわけですし・・・」


 エリスと渡がそう言うと、ペッソは男を掴んでいた手を離した。

 げほげほ、とむせる男。そして苦しそうに言った。


「なぁ、俺もそろそろ自己紹介していいかな。いつまでもただの『男』だと寂しいんだ」


 ペッソはその言葉に思い切り不思議そうな顔をしていった。


「お前はたまに何を言っているのか分からなくなるな。いつも普通なら出てこないような言葉を言う。それとも俺が殴りすぎておかしくなったか?」


「ははっ、この俺を心配してくれるのかい? だが、それは無用だ。男の心配など気持ち悪い以外の感情がでてこない。心配されるならあなたのような美しいおじょ……」


 男の話し相手がペッソからエリスに変わる前にペッソは男の顔を、今度は平手で叩いた。

 パーン、と気持ちのいい音が響き、男は身体をひねって180度後ろを向かされる。


「二度もぶった! 親父にもぶたれたこと無いのに!」


「黙っていろと言ったはずだ!」


 ついにペッソの堪忍袋の緒がきれたらしい。きれいな回し蹴りが男の脇腹に直撃し、さっき殴った時よりもさらに数メートル増しで吹っ飛んだ。

 ごろごろと転がる男に目もくれず、ペッソは淡々と言う。


「あいつはゲイゼルといいます」


「ちょっと……それ俺の言葉……」


 自己紹介のタイミングを奪われた可哀相な男、ゲイゼルは呻くようにそれだけ言うと動かなくなった。

 数秒、三人の間を沈黙が流れる。それからゲイゼルを本気で心配し始めたエリスと渡を見て、ペッソは頭を掻きながらいった。


「これくらいは日常茶飯事なので、あいつもアレくらいでは死にませんよ」


 そういってペッソは動かないゲイゼルの元まで歩き、無表情に脈を測る。一応脈はあるようで、乱暴にゲイゼルを担ぎ上げると、渡たちの元に帰ってきた。その歩みは軽く、重そうなゲイゼルを担いでいても乱れることは無かった。案外分からないだけで、ペッソもそれなりに筋肉がついているのかもしれない。


「大変失礼いたしました。……お詫びといっては何ですが、あなた方を目的地までお送りいたしましょう」


 ペッソはそのまま一礼するとそう言った。

 しかし渡とエリスにとっては動かないゲイゼルのほうが気になる訳で、ペッソとゲイゼルをちらちらと見ている。

 そんな二人の様子を見てか、ペッソは困った顔をしながら必死に答える。


「いや、本当にこいつは大丈夫です。だからあなた方はこんな奴のことを気にしなくてもいいのです。さぁ、何なりと申し付けください!」


 腕を広げて力説するペッソ。

 しかしそれを見る二人はもっと別のことを考え始めた。そして、二人揃ってポツリと呟いた。


「「客が来なくなる理由、それですよ」」


 その言葉に、ペッソは不思議そうに首をかしげるのだった。



本当ならゲイゼルなんてキャラは出る予定じゃなかったんですよ。

ノリで出してしまいました(汗)

キャラ独走状態です・・・


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