第8話 コンプリートは甘い味
駅前のクレープ屋の前でデジタル時計を見上げた。
20時20分。
集合は20時30分。ちょっと早く着きすぎた。
わざわざこの時間にしたのは神名の提案だ。
『閉店前なら人少ないでしょ? これなら他の子にも見つからないでしょ!』
この店は21時閉店。20時を過ぎれば制服姿もだいぶ減る。とは言え駅前、遊んでる奴はいるだろうから注意しないといけないけど。
「にしても俺がこんな時間にクレープ屋で待ち合わせって。人生どう転ぶかわかんねえな……」
自分で呟いて苦笑する。人付き合いに気疲れしたのに、どうしてこうなったのか。不思議なもんだ。
「桐生くん?」
背後から名前を呼ばれて振り向くと、知らない人が立っていた。
キャップを目深にかぶり、マスクに大きめのサングラス。オーバーサイズの淡いグレーのパーカーに、黒のロングスカート。足元は白いスニーカー。
あまりの不審人物に思わず身構える。
「誰ですか」
「ひどっ! 私だよ、私。そこは運命力で気付いて欲しいもんだね」
その人は、ぷくっと頬をふくらませて、サングラスを下げて目を見せる。
……だれ?
「神名だよ! 神名美来!」
言いながらマスクを外し、そこでようやく神名だと気付いた。
「なんだ、神名かよ」
いつもは流している金色の髪はまとめられ、キャップの中に隠されている。メイクもいつもより薄く、歳相応の普通に可愛い女子高生って感じだ。いつものバチバチに決められた化粧はない。
「ってかその格好、逆に目立ってるぞ」
「えっ、目立ってる?」
「夜にサングラスしてる奴なんて怪しさ満点だろ。そのうえ帽子にマスクときたら職質一直線ルートだぞ」
「がーん……。これなら誰に見られてもバレないと思ったのに」
神名は悲しそうに肩を落とす。
「バレないだろうが警察に声かけられるぞ。せめてそのグラサンは外しとけ」
「マスクは?」
「しといた方がいいな。あと帽子は深めに被っとけ」
「了解、そうします!」
そんなやりとりをしながら、俺たちは並んでクレープ屋の前に立った。
店の窓には等身大のキャラクターシールが張られ、並んでいる。ガラス越しに見える店内も、アニメ一色といった感じで賑やかだ。微かにBGMはOP主題歌で、少し心が躍ってしまう。
「気合い入ってんな」
「だよねだよね! 昨日は持ち帰りだったけど、今日は」
神名の声が一段階高くなる。
「中で食べて行こうと思ってるから!」
「正気か? 誰かに見られたらどうすんだよ」
「せっかくここまで来たんだからしっかりこの空間を楽しまないと損でしょ!」
「それはそうだけど」
「それに、もし見つかっても桐生くんがいるから大丈夫だし! 頼りにしてるんだからね!」
「俺は別に万能な人間じゃねえぞ? むしろ無能よりだ」
「そんな謙遜しなくていいから! さっ、早く中に入ろ!」
本当に俺を頼る気なのか、それとも単純に店内で楽しみたいだけなのか。まず間違いなく後者だあろうけど。
神名は軽い足取りで店のドアを開ける。ベルの音が鳴り、甘い匂いと一緒にアニメの主題歌が耳に飛び込んでくる。
店内には数組のカップルと、女子高生グループがひとつだけ。思ったより空いている。これなら目立ちすぎずに済むかもしれない。
「いらっしゃいませー! ただいまマギウステイルコラボ実施中です!」
カウンターの上にはコラボメニューの写真と、特典グッズのサンプルがずらりと並んでいた。アクリルキーホルダー全六種。コウヨウ、モミジ、マスコットキャラ、そして敵ポジションのお色気強めのお姉さんキャラに、主人公であるコウヨウの母親。
「はぁぁぁ……。かわいい……」
神名は顔をとろけさせて甘い瞳でキャラクター達を見つめる。
「昨日ここで諦めた。欲しい、でも頼めない。頼んだらオタクばれるって。でも今日は違う……。だから今日はコンプリート目指す!」
「はあ?」
「だって5種類だよ? コンプしたくなるでしょ! 一回の注文につき一個ランダムだから、えっと……」
指を折りながら、真剣に数を数え始める。
「とりあえず、私がコラボクレープ3種類頼むから」
「3つも食うのかよ」
「大丈夫、甘いものは別腹だから!」
「俺はその理論が正しいと思ったことない」
「コラボメニューとなれば異次元腹にもなりえるよ!」
「確かにアニメは二次元だけどだな」
「食べられなかったら桐生くんが食べてくれるだろうし!」
「無責任が過ぎるだろそれは」
「でもご飯は食べて来てないんだよね?」
「それはまあ。約束通り腹は空かせてきたけどよ」
ただこの空腹を甘いモノだけで満たすのは少し抵抗があるぞ。俺は油ものが好きなんだ。食べ物は茶色ければ茶色いほど美味い派閥の過激派だからな。
結局、俺たちはカウンターで注文をした。
神名:
・コウヨウちゃんのいちごミルククレープ
・モミジちゃんのチョコバナナクレープ
・ケトルのふわふわマシュマロドリンク
・お母さんのママの味ハニークレープ
俺:
・お姉さんはいつだってビターココア
・お母さんのママの味ハニークレープ
「店内ご利用ですね、番号札お渡しします。特典はランダムになりますで」
透明な箱から店員が小さな銀色の袋を6つ引き抜き、トレーに乗せた。
それを持って俺たちは端のテーブルに陣取る。
「開封の儀、いきます!」
「楽しそうだな」
「それはそうだよ! なんならこの時がいちばんワクワクするまであるんだから! 脳汁が止まらなくなっちゃうよ!」
「ソシャゲとギャンブルは絶対するなよ」
俺の忠告を無視して、神名は服を慎重に破っていく。
「1つ目……。コウヨウちゃん! 可愛い!」
「おお、いきなり主人公は幸先いいな」
「2つ目……。ケトル! これも可愛い!」
「マスコットキャラだな」
「3つ目……。コウヨウちゃんのお母さん! グラマラス!」
「なにその感想? おかしくない?」
「4つ目……。コウヨウちゃん!」
「被ったな」
「くぅ~、可愛いけど今は違う! 被りも保存用にできるから嬉しいけど、先にコンプリートしないと安心できないよ! けどコウヨウちゃんだからヨシ!」
なにがヨシなのかわからんが、神名が嬉しそうなのでヨシなんだろうな。と、はしゃぐ彼女を眺めながらビターココアとハニークレープを頂く。
うん、普通に美味い。ハニークレープだけじゃ甘すぎたかも知れないけど、ビターココアを頼んだおかげでいい感じにバランスが取れている。これならまだまだ腹に入りそうだ。
「じゃあ次は桐生くんの番だよ」
「俺のはいいよ。神名にやる」
「えっ!?」
驚く神名に銀色の袋を2つほど渡す。
「そ、それは悪いよ。私の奢りってわけじゃないんだし……。付き合ってくれてるだけで凄い助かってるんだから」
「言ったろ? 俺はグッズは集めてないって。それに、神名ほど楽しく開封できないからな。自分で開けるより神名のリアクション見てた方が面白いから」
俺は自称冷笑系だ。どのキャラが来ても神名の目を気にして喜べない。だったら、子供のようにはしゃぐ神名のリアクションを見てた方が楽しい。
「えぇ~。でも悪いよぉ……」
言いながら神名が銀色の袋を手繰り寄せて手に取る。そのまま俺の方をちらちら見ながら袋を破り。
「来た、モミジちゃん来た! 見てよ桐生くん! モミジちゃんだよ!」
景品をこちらに突き出して子供のようにはしゃぐ神名。周りのカップルや女子高生からの視線を感じるが、くすくすと笑っているので迷惑だとは思われていないか。だとしたら、喜ぶこいつを止める必要はない。
「いい調子だな。あとは敵役のお姉さんキャラか」
「もう一息だね! でもいったんここでお食事パートだ!」
言って、神名はクレープを口に運ぶ。
「ちゃんと美味しい! みんなも可愛い!」
食べながらコウヨウ達を並べ、見つめながらもふもふと食べ進める神名。これならすぐに次の注文に進める――とはならず。クレープを1個と半分食べたあたりで急に減速。表情が一気に暗くなり、前のめりに肘をつく。
「も、もうお腹いっぱいかも……」
「早くね? まだ全然食べてないだろ」
「マシュマロドリンクが思ってた以上にお腹に溜まる……。しかも凄い甘い……」
確かにマシュマロドリンクは腹に溜まりそうな見た目をしている。どろっとした液体に杏仁豆腐のような甘い香り。ストローでの飲みにくさも相まっているか。
「き、桐生くん。ヘルプ……」
「別にいいけどクレープの方だけな。それ飲んだら共倒れになりそうだ」
「助かるよ……」
食べかけのチョコバナナクレープを受け取り食べる。まだまだ腹に余裕があるので美味しく食べ進んでいると。
「関節キスだね、桐生くん」
苦しそうにしながらそんなことを言う神名。
「そうだな」
冷静に返す。
「あれ? 照れない感じ?」
「ガキの頃から千條とか星村と遊んでたから、そういう耐性はついてたりするんだよ」
「ど、童貞なのに。桐生くんは可愛くないね……」
「公共の場でそういうこと言うのやめろ。つぎ言ったら帰るからな」
「ごめんなさい」
謝りながら、神名は店員を呼ぶ。
「お姉さんはいつだってビターココアを1つお願いします。桐生くんは?」
「俺もビターココアといちごミルククレープお願いします」
「かしこまりました~」
店員が注文を受けていくと。
「桐生くん、余裕そうだね」
「久し振りのクレープを普通に楽しんでるよ。まだまだいける」
「くぅ~、羨ましい。男の子の胃袋の大きさが羨ましいよ」
「別腹だとか異次元腹とか言ってた神名はどこいったんだよ」
「そんなふうに考えていた時期が私にもありました」
「次からは気を付けろよ? 俺がいなかったら悲しいことになってたぞ」
「大丈夫、次も桐生くんと一緒に来るから」
「無茶苦茶な理論を展開するな」
「とか言いつつ、桐生くんってお願いすれば付いてきてくれそうだよね?」
「そう言われると協力したくなるのが俺だ」
「ごめんなさい! もう言わないから次もお願いします!」
「考えとくよ」
そんなこんなで会話をしていると、追加したメニューが届く。
俺はクレープを手を伸ばし、神名は銀色の袋に手を伸ばす。
「あとはお姉さんだけ……。お願いします! モミジちゃん! 嬉しい! 嬉しいけど違うけどモミジちゃんだったらヨシ!」
「どっちなんだよ。ほら」
俺の2個を神名に渡して。
「お願いします! 次こそは……。ケトル! ケトルの被りは正直微妙! マスコット系のキャラクター、私はあまり好きじゃない! とある作品を機にすべてのマスコットキャラクターが信用できなくなってる私!」
「気持ちはわかるが、ケトルは普通にいいキャラだからな」
「だから嬉しいということにしておきます!」
内心は複雑そうだけど、まあいいか。
「お願いします! 最後の1枚。これ以上は食べられません! お願いします! ……お姉さん来た!」
本気で嬉しそうな声が出た。
テーブルの上にきれいに六種類のキャラクターが並ぶ。
「マジでコンプしやがったか」
「やったぁぁぁ!」
神名は椅子の上で小さく跳ねて、興奮を抑えきれない様子だ。
「見てよこの配置! コウヨウちゃんを真ん中に、隣にモミジちゃん。後ろにケトルで対面に敵のお姉さん。それを見守るお母さん。完璧の配置だよ!」
「そうだな」
「うん……」
神名はうっとりした表情で、キャラクターたちを見つめている。
幸せそうにしている彼女を他所に、クレープを食べ続けていると。
「1人じゃ絶対無理だった。財布的にも、メンタル的にも……。ありがとね、桐生くん。1個目のココアを頼んでくれた時点で、私達の勝ちは決まってたよ」
「勝ち負けの話しだったのか? これ」
「それはそうだよ。コンプできなかったら私達の負けで世界が滅んでたからね?」
「そんな規模の話しだったのか。だったらこれからは知将の桐生と呼んでくれ」
「うん、知将の桐生くん! 魔法使いの桐生にならないことを祈ってるよ!」
「お前それちょっと俺のことバカにしてるな?」
「し、してないしてない! 言葉の綾だよ!」
「ならいいけどよ」
俺は苦笑しながら、クレープへかぶりついた。ついでに神名の追加ドリンクも半分もらうことになり、結果的に腹はパンパンだ。
甘いものをとりすぎて、少し気持ち悪い。
だが。
「嬉しい~。こんな幸せ空間に包まれながらグッズ眺められて幸せだよ~」
心底、楽しそうにしている神名を見て、たまにはそんなのもありか。
なんて思った。




