第7話 オタ活クレープのお誘い
屋上。
俺はいつものベンチに向かい、鞄を置いて腰を下ろした。いつもは修二たちの背中を見送るだけの待ち時間だが、今日は違う。
「やっぱ放課後は屋上だよねっ! あ、桐生くん、偶然だね!」
ガンッとドアが開いて、神名が嬉しそうな顔で俺のほうへ歩いてくる。
「偶然なわけあるか。神名に呼ばれてきたんだよ」
「そうだったっけ? 私は屋上に行く宣言しただけなんだけど」
「じゃあもう帰るわ。お疲れさん」
「ま、待ってごめんなさい! 付き合ってくれてありがとうございます! 今日のは完全に私の我儘でした! お付き合いいただきありがとうございます!」
袖を掴んでいくてを行く手を阻む神名に、俺はベンチに腰を下ろし直す。
「で。なんの用だよ」
「昨日ね、友達とクレープ食べに行ったの」
「クレープ?」
「そう。駅前にあるいつも行かないほうのクレープ屋さん。たまには違うとこ行こーって言われて、ついてったらさ」
神名は手を組んで目を輝かせた。
「魔法少女☆マギウステイルとコラボしてたの!」
「へぇー。そんなのやってたんだな」
興味なさそうに反応しつつ、思わず姿勢を正してしまう俺。
これには少しだけ興味がある。
「店の前に大きいモミジちゃんのスタンディパネルがドーンってあって、限定メニュー頼んだらランダムでグッズが付いてきますって書いてあってさ!」
語尾のテンションがぐんぐん上がっていく。それだけで好きなんだろうなってのは伝わってくるが。
「そんなの限定メニュー頼むしかないじゃん? お店に来たからには頼まないのは嘘じゃん?」
「せっかくならグッズ付きを頼みたくはなるよな」
「だよね、だよね! でもね……」
神名はそこでテンションを落とした。
肩がしゅん、と少し下がる。
「昨日の私はおしゃれしてる神名美来なの。アニメなんて見ないし、Vtuberに関しては存在すら認識しない女子高生。だから、『あ~なんかやってるね~』くらいの、ふんわりしたリアクションに留めるしかなかった……」
「ってことは」
「当然、グッズが付いてくる限定クレープ”は頼めなかった……」
がっくりと頭を下げて、大きなため息が吐かれる。
「本当はランダムグッズ付きセットが欲しかったのに、私は無難なバナナチョコレートクレープを頼むしかなかったの……。愚かな私、無力な私……。雑魚はオタ活をする場所すら選べない……」
「何その言葉。あまりにも悲し過ぎるだろ」
「メニュー表に描かれたコウヨウちゃんは『未来ちゃんに買って欲しい!』って言ってた。モミジちゃんも『部屋にアタシのグッズを飾りなさい』って語り掛けてきてたの。でも、私はその想いに応えられず、普通のクレープしか頼むことしかできなかった……」
随分と落ち込んでるが、コウヨウもモミジもキャラなんだから心はないぞ?
なんて今の神名に言ったら殺されそうだから口を閉じておく。
「ってか知らなかったのか? コラボやってるって」
「知ってた」
「知ってたのかよ」
「公式SNSちゃんとフォローしてるもん。行けたらいいな~って思ってたよ。でも最近けっこうお金ピンチだから行かないつもりだったの。そしたら昨日に限って友達がいつもと違うクレープ屋行こって言い出して」
なるほど。行くつもりなかったのに現地に連行され、推しのグッズを見てしまったパターンか。それは確かに抗いようがない。
「で、いざグッズ見たら欲しくなったわけだ」
「そう! アクスタのサンプルとか飾ってあってさ、実物みたらもう我慢できないじゃん! ここで我慢出来たらオタクやってないってなるじゃん! だから……」
神名はちょっと潤んだ目で俺を見る。
「なに? まだやってるなら行けばよくね?」
本心の問いかけに、神名は頬をぷくっと膨らませた。
「言い方つめたっ! そんな簡単に行けたら苦労しないの!」
「なんでだよ。昨日は普通に行ったんだろ?」
「あれはみんなと一緒だったから行けたの。ひとりで行くのはハードル高いの!」
神名は、ぷんぷん! と怒りを露わにして強く言う。
「私、ひとり行動って苦手なの。クレープ屋さんにひとりで並んで、グッズ付きコラボクレープくださいって言うの恥ずかしくない?」
「別に恥ずかしくないだろ。コラボクレープ買うことぐらい」
「まさか桐生くんってひとりでどこにでも行けるタイプの人?」
「どこにでも行けるかはわからんけど。ひとりで飯屋に行くし、ひとりでカラオケにも行くぞ?」
「ぐっ、ぐぬぬ。桐生くんはそっちの人種だったか……。まあそうだよね。学校でもひとりでいるもんね。むしろひとりの方が楽しいタイプだよね」
「ひとりの方が楽しいかどうかはわからんけど、ひとりでも行けるタイプだな。神名は……。そもそもひとりになるのが嫌で盛り上げ役やってるわけか」
「そうだよ! ひとりで行動するのが苦手なの! 周りの視線とか気にしちゃうタイプなの! 突撃してグッズまで買う勇気ゲージなんてないの!」
難儀な性格してるな。別にひとりで行動しても見てる奴なんていないのに。なにに怯えて生活してるんだか。
「安心しろ。誰も神名の事なんて見ていないから。ひとりで行ける」
「それができたらこんなに苦労してないって!」
相変わらずぷりぷり怒っている神名。安心させてやろうとしたのに。まあ俺の一言で神名の性格が変わるわけもない。
「そこでなんだけど……。桐生くんも魔法少女☆マギウステイル見てるじゃん? ちょっとは興味あるでしょ? グッズ」
「いや、ない」
「なんで!? アニメ見てるのに!?」
「グッズってかさばるだろ? 買った時はいいんだけど後から後悔するから、あんまり買いあさりたくないんだよなぁ」
「き、気持ちはわかるから否定はしずらいけどもっ……」
神名は少し葛藤した後。
「桐生くんにグッズの良さをわかってもらいます。プレゼンタイム、始まります」
「いや聞きたくないんだけど」
「残念、これは強制発生イベントです」
「めんどくせえな」
なにを聞いたところで、またグッズを集めようとは思わないけど。
神名はスマホを開き、俺の前に画面を突き出す。
「はい、私の部屋」
「うおっ」
声が漏れた。
画面には、棚一面に並ぶキャラクターグッズ。魔法少女☆マギウステイルだけじゃない。知っているアニメ作品にキャラクターフィギアやアクスタ、人形。Vtuberらしき配信者の実況画面が映し出されたディスプレイ。壁には丁寧にフレームに入れられたポスターや抱き枕カバー。色を揃えたブックカバーがついた円盤のケース。
「すげえな」
「でしょ!」
神名は胸を張る。
いや褒めたつもりはないんだけど。
「並べる場所も、配置の色も、照明の方向も、どの缶バッジをどこに付けるかも、全部、私が考えました」
「奇麗に並べられてるところを見ると愛は感じるな。埃ないし。芸術的ではある」
「それ、最高の褒め言葉」
神名は目を細めて、少しだけ照れたように笑う。
「どう? 桐生くんもこういう風にしたいと思わない?」
「全く思わない」
「なんで! 推しに囲まれて毎日幸せだよ! ここにいるだけでハッピーだよ!?」
「だって金かかるだろ、これ」
フィギアは俺も買おうとしたことはある。が、高校生の俺達にしたらかなりの大金だ。時に最近のモノはクオリティが高い分、金額も高くなっているので手が出ない。神名の部屋にはかなりクオリティが高いフィギアが幾つも並べられている。かなりの金をかけないと、この数は揃えられない。
端には神名の服が微かに見えるが。
「オタ活に金使って、お洒落して身嗜みも整えて。大変だろ?」
「だから私はいつも金欠です!」
「胸を張って言う事でもないけどな」
「でもグッズ欲しいの! 推しは待ってくれないの! 出るときに買わないと、もう二度と手に入らないの! いまやってるコラボカフェもあと少ししか期間ないの! だから一緒に行って、桐生くん!」
上目遣いで覗き込んでくる。必死の訴え、瞳に滲む、微かな涙。計算してるのか素なのかは微妙なラインだが、少なくとも欲しいという気持ちは本物だ。
「こんなこと桐生くんにしか頼めないの!」
わざわざ俺を屋上に呼び出して何事かと思ったが。
まあ、神名らしいっちゃらしいか。
こいつが頑張ってるのは伝わってくるし、ここで無下にするのも可哀想か。
「わかった。付き合ってやるよ」
「ほんとに?」
「クレープなんて暫く食ってないし、たまにはいいだろ。それに、グッズはいらんがコラボしてる店には興味ある」
そこまで言ったところで、肩口に軽い衝撃が走った。
神名が勢いよく身を乗り出してきて、思い切り俺の肩を掴んで揺らす。
痛い。いや痛くないけど距離が近い。
「ありがとー!」
「ちょ、近いから」
「ごめん嬉しくて! やったー! 推しグッズ遠征、決定!」
「駅前のクレープ屋だろ? 遠征ってほどでもないだろ」
「心の距離的には遠征なの! 桐生くんが一緒に来てくれるだけで難易度が三段階くらい下がるんだよ? かなり気楽に行けるよ!」
「そんな大袈裟なことじゃないだろ」
「大袈裟じゃないよ、これは重大任務なんだから! もし私が誰かに見つかりそうになったら、どうにかこうにか桐生くんに誤魔化してもらわないといけないし」
「そういやそうだったか」
もし誰かに見つかったら面倒なことになる。主に神名の友達と、修二たちか。駅前となれば、そこそこ遭遇率は高そうではあるな。
「大丈夫大丈夫、そんな都合よく会わないって」
「フラグっぽいこと言うなよ」
「私、モミジちゃんのアクスタが当たったら、コウヨウちゃんと結婚するんだ」
「だからやめろってフラグ立てに行くの。見つかってヤバいの神名なんだからな?」
「もし見られちゃったら桐生くんも一緒に落ちてもらうから大丈夫!」
「道ずれにすんな。それに俺は既に落ちてる人間だから問題ない。既にボッチだ」
「それはそれで寂しいはずなんだけどね」
いやそもそもひとりでいることが落ちた人間とかじゃないし。
地味に失礼なこと言うな。
「で。いつ行くんだよ」
「そんなの決まってるじゃん!」
神名はバッと立ち上がった後、嬉しそうに俺を見て。
「今からだよ、今から!」




