第4話 問題がある幼馴染み
担任が別れの挨拶をして教室を出ると、一気に賑やかになった。今日も今日とて楽しそうな会話が聞こえてくるが、俺はひとりで立ち上がり黒板に近付く。黒板には担任のメモが残っていたので、黒板消しを手にとり文字を消す。明日の日直は誰だったかと教室を見渡すと。
「未来、本当に今日来れないの? 前から言ってたじゃん」
「ほんっっっとうにごめん! どうしてもバイトに出ないといけなくて!」
「結局休みもらえなかったの?」
「みんなにお願いしたんだけど、この日だけはダメだって」
「そんな変わってくれる人いないバイトしてるわけ? ってかなにやってんの?」
「教えるとマミたち来ちゃうじゃん! だから内緒だよ!」
「別に行かないって。危ないことしてるわけじゃないよね?」
「してないしてない! 新しい服買うためにちびちび働いてるんだよ! むしろみんながどうやってお金稼いでるか不思議だよ!」
「うちはパパに買ってもらってるだけだけど」
「くぅ~、羨ましい! 私がお父さんに服買ってなんて言ったら、お母さんのお古渡されて終わりだよ!」
そんな声が聞こえて来た。場をシラケさせないよう、愛嬌を振りまきながら遊びの誘いを断っている神名。
今まではなんとなく聞き流しているだけだったが、事情を知ってしまうと色々と複雑だ。本当にバイトなのか、ただ遊びたくないだけなのか。どちらにしても、神名からしたら帰りたいのか。
「他の学校の男子と遊ぶ日に限って美来ってバイト入るよね?」
「それはたまたまじゃ~ん!」
「アイツら美来と会ってみたいってしつこいんだけど」
「無理に私と会う必要なんてないって断っといてよそれは! 知らない男子と話すの得意じゃないこと、マミも知ってるでしょ?」
神名も大変だな、と明日の日直の名前を書いて仕事を終える。
さて帰るかと自分の席に戻ると。
「お疲れ、ヒロト」
声をかけられた。
そちらを見ると、立っていたのは井上修二。俺の幼馴染みである。高身長にピシっと伸びた背筋。笑顔が爽やかなのは肌が奇麗だからか。眩しい笑顔を向けられるが、あいにく俺はそんなもんで喜ばない。
「暇か? 遊びに行こうぜ」
「今日も4人で遊ぶのか?」
「今日は3人。オレと、カナ。そしてヒロトだ」
その言葉を聞いて、さっそく俺の頭が痛くなる。
「いいことを教えてやる、修二。それは遊びじゃない、デートって言うんだ。ひとり邪魔者がいるみたいだがな」
「デートじゃないし、邪魔者なんていないさ」
「いいや、桐生ヒロトという邪魔者がいるね。俺がいるとお前らがイチャイチャできないくなる。それに、たまに見えるラブラブな雰囲気を感じるのが嫌なんだよ」
「イチャイチャなんてしないし、ラブラブな雰囲気も出さない。普通に遊んで楽しく過ごすだけだって」
そんなこと言うが、お前らがイチャイチャを自然とし始めてラブラブな雰囲気を醸し出すことは知ってる。俺が気まずそうにしていることに気付いて、2人が苦笑いするところまでがセットだ。っていうかそれが嫌でお前らか距離を取ったんだろうが。
「俺がいなけりゃ存分にイチャイチャできるんだ。俺抜きでデートしろ」
「だからそんなことしないって。カナとは付き合ってるけど、そんなイチャイチャしないさ。ったく、ヒロトは勘違いしてるぞ」
「勘違いってなんだよ」
修二は呆れたようにこちらを見てから。
「恋人はいつもイチャイチャしてるとか。童貞みたいな勘違いだなって」
……はぁ? はぁ? はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
おい、こいつ今なんて言った?
言うに事欠いて俺の事を童貞扱いしたか?
童貞みたいな勘違いをしているって俺に言ったのか?
カッチーーーーーーーン!
さすがの俺もこれにはキレちまいそうになるぜ。許せねえ。
それになぁ!
「いいか修二、俺は童貞だ。そりゃ言うだろうが、童貞みたいなことも。お前と違って童貞なんだからな!」
「あっ……。ご、ごめん。そういう意味で言ったんじゃなくて」
「じゃあどういう意味で言ったんだ? 無責任に人を傷つけやがって。羨ましいよ、可愛い幼馴染にと付き合って存分にイチャイチャできる修二がな!」
「ご、ごめんって。傷つけるつもりはなかったんだ」
「謝って済むと思ってんのか? おちょくりやがって。じゃああれか? 修二が責任とってくれんのか?」
「責任って」
「俺の童貞をもらってくれんのかって言ってんだよ! 童貞卒業させてくれんのかって!」
言いながら詰め寄り、人差し指を立てて修二に説教してやる。
いくら幼馴染みと言えど童貞いじりは許せん。自分は可愛い幼馴染みと存分にイチャイチャ出来るからって。童貞の俺をバカにしていい理由にはならねえことを教えてやる!
「いいよ」
人差し指が修二に捕まれ、真剣な瞳がこちらを射抜く。
「は、はぁ?」
一歩近づいてくる修二の身体を、片方の手でなんとか阻んだ。
「ヒロトの童貞だったら。オレがもらってやる」
「えっ……。あっ? はい?」
「ヒロトが言ったんだろ? 無責任なことはしない。
えっ……? なに? いま、なにが起きてます?
ちょっと理解が及ばないんですけど。
「責任は取るよ。ヒロトの童貞はオレがもらう」
なに? なになに? なになになになに!
なんでそうなるの!? どう考えてもそうじゃないだろ! イカレてんのかコイツは! そこは『ごめん』ってしおらしく謝って終わりにしてくれよ! なんで俺の童貞をもらう気になっちゃうの!? 意味がわからないんですけど!
全くもって理解不能なんですけど!
こんなことを誰かに聞かれたらまずいと修二の接近を阻みながら周りを見渡す。幸い俺達の会話を聞いている生徒はおらず――ひとりと目が合った。
金色の髪と着崩した制服。数名の友達と集まりながらもばっちりとこちらを見ていたのは、神名美来。彼女は数回、大きな瞬きをした後。
「にへらっ」
そんなだらしない声が聞こえそうな笑みを浮かべて、涎を垂らす。
「未来? 急に黙ってどしたん?」
「あっ! な、なんでもないよ! なんでもない!」
友達の呼びかけに正気を取り戻したようだ。
くそっ、もしかしたらいま一番見られたくない相手に見られたかも知れん。にしてもアイツ、しっかりと腐ってるみたいだな。めんどくせえ。
「ヒロト、今日うちに来るか? カナには説明して遊びは断っておくから」
「せ、説明するな! 断るな! 千條が泣くぞ、こんなこと説明したら!」
「大丈夫。カナなら理解してくれるよ」
「いや理解してくれるわけねえし、理解してくれる方が嫌だわ! 彼女ならしっかりそこは拒否してくれ!」
「誰だっていいってわけじゃない。オレだって、カナだって。ヒロトのだから」
「いや俺の童貞でも拒否するんだよ! っていうか俺が嫌だわ! なんで修二で童貞捨てなきゃいけないんだよ! 普通に好きな人で捨てさせてくれ!」
「ヒロトはオレのこと嫌いなのか?」
「少なくとも恋愛的な感情は抱いてねえよ!」
修二の奴、いつからこんなイカレになっちまったんだ!
一緒に遊んでた時はこんなこと絶対に言うような奴じゃなかったのに!
俺は修二の手を引き剥がして鞄を持ち上げる。
すぐさま逃げるように教室を出て。
「ま、待ってくれ、ヒロト!」
「間違っても今日の事を千條に言うなよ? あいつを泣かすことになるからな!」
そう言い残して、俺は逃げるように教室を後にした。




