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クラスで人気者の明るい彼女は屋上ではオタクを楽しむ -クラスの盛り上げ役が、俺の隣でだけ素になる話-  作者: すなぎも


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第27話 告白

 食堂で昼飯を食べる事を選んだ時点で、今日の平穏は終わっていた。


 修二と常弘が妙に真面目な顔をしたと思ったら、「彼女作れ」だの「紹介する」だの、結局いつものノリに戻っていたし。隣のテーブルでは神名がそれを聞いてたし。


 こんなことなら母さんに土下座して弁当を作ってもらえばよかった。


 階段を上って、屋上の扉を押す。

 いつもの風が頬に当たって、胸の奥のざわつきが少し薄くなる。


 ここは落ち着く。


 誰もいない。余計な声は遠くに聞こえて、視線はどこからも感じない。金網の近くまで歩いて、壁にもたれる。いつも座るベンチを見つめて、溜息をつく。


 どうも今日は座る気にならなかった。


 それはなんでか? 自分でもわからない。


 そんなことを考えていたら、屋上の扉が開いた。


 足音が軽い。もやは聞きなれた足音だ。


「……桐生くん」


 神名美来がそこにいた。


 見慣れた整った顔が、今日は妙に静かだった。

 元気がないわけじゃない。ただ、いつもの勢いを自分で抑えてる感じだ。


「よっ」


「うん」


 神名は数歩進んで、俺から少し離れたところで立ち止まる。ベンチには座らない。手も組まない。落ち着きどころを探してるみたいに、指先がふらついている。


「食堂の話、聞いてたか?」


 神名の指先が止まった。


 目が一度だけ泳いで、それから頷く。


「うん」


「だろうな。咳、2回も聞こえたぞ」


「うっ……。あれは不可抗力!」


「聞いてますよってアピールじゃなかったのか?」


「違う! 単純にむせただけ!」


 反射で返してくる、いつもの神名だ。

 でも、すぐに勢いが落ちる。


「修二くん、しつこかったね」


「いつもだろ」


「いつもだけど、今日は特に」


 神名は唇を結んで、視線を落とす。


「桐生くん」


「なんだよ」


「桐生くんって、彼女作るの?」


 直球だ。まさかここまで真っ直ぐ聞いて来るとは。


 そんな気はしてたけど。


 俺は息を吐いて、空を見るふりをした。


「作る予定はない」


「……ほんと?」


「ほんとだよ」


 神名は小さく頷いた。安心した、って顔をするのに、安心だけじゃない。

 どこか、引っかかってるような、そんな顔。


「それはどんな表情だ」


「えっ?」


「安心した顔と、別の顔が混ざってるぞ」


「なにそれ。顔の分析?」


「金になりそうなら初めてみるか?」


「なにそれ。意味わかんない」


 神名は小さく笑って、すぐに困った顔に戻った。


「作らないって言われたら安心する。でも、作らないって言われると……」


 神名は言葉を探して、視線を泳がせる。


「桐生くん、誰とも付き合わないのかなって」


「別に、そういうわけじゃない」


「じゃあ、どういうわけ?」


 神名が一歩近づく。踏み込んでる。


 なんて答えたらいいものか。


「……付き合うって、よくわからんだけだ」


「わかんないって」


「彼女欲しいとか、そういう感覚が俺にはあんまりないんだよ。いなくても別にいいし。っていうかいるとどうなの? って感じだし。そもそも付き合うってどういう状況? どういう状態? って感じなわけだ」


 返事に、神名がじっと目を見て来る。

 素直な気持ちだったんだが、どこか伝わってないような、納得してないと言うか。


 だから俺は、問い返した。


「じゃあ神名は?」


「えっ?」


「神名は、誰かと付き合わないのか」


 神名の肩が、ぴくっと揺れた。


「……わかんない」


「わかんない?」


「うん。付き合うって、急に言われても……」


 神名は視線を落とす。


「私、自分の気持ち、上手く言えないし」


 迷ってる。

 迷ってるのが、今日は分かりやすすぎる。


 俺は一拍置いて、別の話を切り出した。


「さっき、花柳と話してただろ」


「聞いてたの?」


「聞こえて来たんだよ」


 俺は空を見て言う。


「花柳の声が大きいからな」


「それは否定できないけど……」


「厄介なのに絡まれたことがあるって」


「う、うん。まあね。私、教室だけど可愛いからさ」


 神名の指がきゅっと握られる。

 笑って誤魔化す顔が、一瞬だけ出かけて、引っ込んだ。


「で、だから彼氏作った方がいいんじゃないかって言われて」


 神名は、息を吸って、吐いた。


「マミって、心配性だから」


「意外と友達想いなんだな」


「意外じゃないよ。マミは乱暴なところもあるけど。いつも優しいよ」


 神名が少しだけ笑う。けど、すぐに真顔に戻る。


 俺は視線を逸らしたまま言った。


「花柳の言うこと、全部がそうだと思わないけどな」


「……うん」


「でも、岡田に告られた時みたいなことが何回もあるなら、花柳の気持ちもわかる」


 あの時の怯えた神名は、見ているだけで痛々しくて、なんで好かれてる側なのに辛い思いをしなきゃいけないんだって、他人事ながら、理不尽さを覚えた。


「あんな思いはしたくないだろ? だったら」


「あの時は、桐生くんから電話がかかってきて……。声を聴けて、一緒にいてくれて、凄い安心した。だから、大丈夫だった」


 その言い方が、妙に胸に残る。


 数秒、無言の時間が流れる。


 神名が顔を上げた。


 真っ直ぐ向けられた奇麗な瞳は、微かに涙が滲んでいる。


「もし、また守ってもらうなら」


 神名は一回、息を吸って。


「私は桐生くんがいい」


 短い。

 でも、気持ちが痛いほどに伝わって来る真っ直ぐな言葉。


「私、マミみたいに上手く言えないけど……。盾がほしいとか、そういうのだけじゃなくて……」


 そして、少し恥ずかしそうに、でもはっきり。


「桐生くんがいい。桐生くんの隣が、いい」


 胸の奥が、きゅっと鳴った。


 安全とか、合理とか、そういう話に寄せておけば簡単だったのに。

 神名はそこから、ちゃんと、自分の気持ちを伝えて来た。


「桐生くんが、修二たちと食堂で話してた時、もし桐生くんが知らない女の子と会うってなったら、凄い嫌な気持ちになった。知らない子と笑ってるの、想像しただけで……。胸が、きゅってなった」


 神名は息を吸って、言葉を選ぶのをやめたみたいに続ける。


「あの時、変な咳したの、ほんとは、むせたんじゃなくて……。嫌で、焦って、変な呼吸になっただけ」


 自分で言って、神名は恥ずかしそうに顔を逸らす。

 だけど、その次の言葉は逸らさなかった。


「桐生くんと一緒にいたい」


 短い。

 でも、重い。


「一緒に、か」


 俺は息を吐いた。


 なんて言ったらいいか、なんて返したらいいか、わからない。


 困ったな。


「……すまん、神名」


「えっ?」


「ああいや、違う。すまんっていうのは、その。さっき言った通り、わからないんだ。付き合うっていうのが。付き合う……。俺が神名と付き合うってことで、いいんだよな?」


「私はそのつもりで、告白したんだけど……」


 言って神名の顔が首から耳まで真っ赤に染まっていく。今にも泣き出しそうになりながらも、それでも誤魔化さず、こちらを見上げている。


「こ、告白したんだけど! 私、桐生くんに! 告白! 告白しちゃったよ私! まさか私から桐生くんに告白しちゃった!?」


「ああわかった! わかったら少し待ってくれ! そういうことだな? つまり、そういうことでいいんだよな?」


「そそそそうだけど! そうですけど! そういうことですけどなにか!?」


 いかんいかん! 落ち着け、落ち着け俺。せめて俺だけでも落ち着かないと収集が付かなくなる。まずは深呼吸をして……。よし、大丈夫。


 目の前を見る。


 顔を真っ赤にして俺の返事を待っている神名。

 耳まで赤いのに、逃げないで、泣きそうな目でこっちを見上げてる。


 ……なんだそれ。反則だろ。


 いつもは勢いで俺の懐に飛び込んでくるくせに、こういう時だけ無防備で、妙に真面目で。可愛い、ってこういうのを言うんだな。


 えっ? 俺が神名と付き合うの? 本気で言ってる?

 自分で言うのもあれだけど、釣り合ってなくない?


 待て待て。そもそもそ釣り合うとかじゃなくて、付き合うのか?


 俺が、神名と?


「き、桐生くん! 返事は!?」


 改めて考えると神名と付き合うってなに?


 ヤバくない?


 みんなから好かれてるクラスの女子と俺が付き合うの?


 自称冷笑系の俺が?


 えっ?


「桐生くん!?」


「待て! 待てって! 今、頭の中を整理してるから!」


「整理してる顔じゃないよ!?」


「してる! してるんだって!」


 神名は泣きそうな顔のまま、でも怒りたいみたいに眉を寄せる。


 それを他所に、俺はもう一回深呼吸した。

 よし。落ち着いた。落ち着いた、はずだ。


「神名」


「……なに」


「俺さ」


 言い出した瞬間、神名の肩がぴくっと跳ねる。

 聞く姿勢が、待ってましたと怖いの2つでできてる。


 か、可愛い……。


 いかん、今はそれどころじゃない。


「付き合うって、たぶん何かを変えるってことなんだろ」


「う、うん?」


「でも俺は何をどう変えるのが正解なのかわからん」


「……うん。私も桐生くんも凄いてんぱってるのがわかった」


「そうか。うん。なら十分だ。そして、だから、先に決めたい」


「決めるって?」


「ルール」


「ルール?」


「そうだ。ルールだ。まずは公表はしない」


「なにを?」


「つ、つ……。付き合ってることを」


「つ、付き合うってことは――」


「待て! 焦るな神名! 焦るんじゃない! 最後まで聞くんだ!」


 大声を出しそうになる神名をなんとか制して、興奮する彼女に待てをする。


「付き合うことは公表しない。でも、花柳とか修二とかには言う」


「う、うん?」


「味方は必要だろ?」


 俺は言い訳みたいに付け足す。


「俺が1人で面倒見るのは限界あるし」


「そこ正直すぎるよ!?」


 神名は笑いそうになって、でもこらえる。泣きそうなのと混ざって変な顔になる。

 ……それも可愛いからやめろ。


「教室ではできることから。挨拶とか会釈とか」


「できるかな?」


「無理なら無理って言え。そして無理はするな」


「う、うん? わかった?」


「あと怖いことがあったら言え。悩んでたり、困ったりしたり。変な男に付きまとわれたり……」


 俺は一拍置いて、腹を決める。


「その、つまり。だから、俺は……。神名と付き合う」


 神名が息を止めたみたいに固まる。


「……えっ?」


「付き合う」


 もう一度言う。


「神名と。俺が。ちゃんと。お付き合いをする」


 神名の目が、ぱっと光った。

 それから急に、赤くなった。


「……ほんと?」


「ほんと」


「撤回、なし?」


「なし」


「恋人?」


「……これはさすがに、恋人か」


 言った瞬間、神名が変な声を出した。


「ひゃっ!」


「なんだ急に!」


「緊張し過ぎて変な呼吸しちゃっただけ!」


「それ本当だったのかよ!」


 神名は顔を両手で隠して、肩を震わせる。

 喜んでるのが、隠せてない。


 ……で。


 俺の方も、隠せてなかった。


 胸の奥から、よく分からないものが、ふっと湧く。

 嬉しい。たぶん。いや、確実に嬉しい。

 でも嬉しいって自覚するより先に、口元が勝手に緩んでしまう。


 神名が顔を上げて、俺をじっと見つめている。


「……桐生くん」


「なに」


「にやにやしてる」


「してない」


「してる!」


「してない」


「してるってば! 口が、口が勝手に嬉しそう!」


「んなわけあるか! 俺は自称冷笑系だぞ! そんな簡単に喜ぶかよ!」


「嘘だ! 凄い嬉しそうだもん!」


「あぁ……。ああそうだ! 嬉しいよ! 今更! 神名と付き合うと思うと、嬉しくなってきたわ! なんかテンションもおかしいわ! それが変なことかよ!」


 開き直る俺に。


「ぷっ……。くくっ!」


 神名は嬉しそうに笑う。


「桐生くん、そういう顔するんだ!」


 嬉しそうに笑いながら、泣きそうでもある。

 その表情の忙しさに、俺の胸がまた変な音を立てる。


 俺は視線を逸らして、負け惜しみみたいに言った。


「……これが自称冷笑の限界だ。俺だって人間だからな」


「急に人間宣言しないで!」


「俺を何だと思ってた」


「屋上の妖精?」


「誰が妖精だ」


「だっていつも屋上にいるし……」


「それは否定できない」


 2人で、変な笑いが漏れた。


 笑いが落ち着いたところで、神名が小さく言う。


「……ねえ、桐生くん」


「なんだよ」


「付き合うって、結局なにするんだろうね」


 その言葉が、妙にいい。


 重すぎないのに、ちゃんと始まってる感じがする。


「知らねぇよ」


「即答!」


「でも……。まあとりあえず今のままでいいだろ。2人で普通に遊んでたし」


 神名が目を丸くして、ふっと笑った。


「……うん」


 その「うん」が、今日いちばん柔らかかった。


「神名」


「なに?」


 お互いに、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻して、向き合う。


 俺は深呼吸を挟んでから真っ直ぐ彼女を見据えて。


「好きだ……。好き、なんだと思う?」


「なんでここにまできて曖昧なの! ここはビシッと決めてよ!」


 ぷんぷんと怒る神名に、さすがの俺もここは逃げるなと自分に気合を入れる。


「俺は神名のことが好きだ。付き合ってくれ」


 大きい瞳。大きい瞬きを神名は繰り返して、笑顔で答えた。


「はい。桐生くん。私も好きだよ。よろしくね」


そうして俺に、彼女が出来た。

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