第26.5話 心配事
神名美来視点
放課後の教室。
私は自分の席に座ったまま、ぼんり考え事をしてた。
なにを考えるかわからない。
なにか考えているようで、考えてない。
ただ、頭がボーっとする。
「……ねぇ、美来。聞いてる?」
目の前で手をひらひらさせられて、ようやく現実に戻る。
「あ、ごめん! 聞いてる聞いてる! 昨日のドラマでしょ?」
「そこだけは聞こえてたんだ」
マミが呆れたように笑った。
マミの隣にはいつもの友達が2人。予定がない時は教室に残って、だらだら話して、笑って、それで明日の朝「昨日寝てない〜」って言うタイプ。
「美来、今日ずっとぼーっとしてるよね? 昼も変だったし」
「変じゃないよ! いつも通りいつも通り!」
私は笑って見せる。見せる、って自分で思ってる時点でダメだ。
「変だよ、今日の美来。いつもの元気が雑」
「雑ってなに!? それにいつもの元気ってなに!」
声を上げると、マミが肩をすくめた。
「ほら、そういうとこ。声は元気だけど、それだけじゃん? 別世界でも見てる?」
……うるさい。けど、鋭い。別世界。まさにそう。
頭の中はずっと、昼の食堂のままだった。隣のテーブル。声が全部聞こえる距離。修二くんと常弘くんが、桐生くんに向かって言ってた。
『ヒロトに彼女を作る!』
びっくりしすぎて、危うく飲み物を喉に入れるところだった。
実際ちょっとむせたし。2回も。
そして、追い打ち。
『いないなら紹介する。これで解決だ』
中学の頃の長谷川ミオさん? に、同じクラスの小泉ちゃん。
知らない子の名前が出た瞬間、心臓が勝手に縮んだ。
胸がきゅっとして、口の中が乾いた。
小泉ちゃんの名前を聞いた時、すぐに彼女の顔が頭に浮かんだ。まさか小泉ちゃんが桐生くんに興味があったなんて知らなかった。けど、小泉ちゃんは凄いいい子で、優しくて、元気で……。
なんで桐生くんを? なんて思ったけど、理由はわからなかった。
それに、桐生くんは気になる人を聞かれた時、眉一つ動かさず「いない」って言ってた。
……いない。
それが、安心なのか。寂しいのか。分からない。
分からない、のに。
想像だけは勝手に増える。
桐生が、知らない女の子と笑ってる。
私の知らない話題で、私の知らないテンポで。
桐生くんの隣に私がいない。
桐生くんが他の子と一緒にカフェに行ってご飯を食べて、イベントに行ってはしゃぐ彼女を見守って、ナンパから男らしく助けてくれて、夜の公園で作戦会議をして。
放課後、屋上から桐生くんがいなくなる。
屋上そのものが、なくなる。
「……うわ」
声が漏れた。
「うわ、ってなに?」
「いやいや! 今のは、えっと、ドラマの伏線に気付いたかも!」
「いまの「うわ」ってそんな感じじゃないっしょ」
マミの目が、まっすぐ私の顔に刺さる。
ほんとにレーダーがある。マミレーダー、鋭すぎるよ。
「美来。なにかあった?」
「何もないってば! マミ気にし過ぎ!」
「何もない人は、何もないってば! って言わない」
ぐうの音も出ない。
笑って誤魔化しながら、カバンのチャックを無駄に開け閉めした。
意味のない行動で、心の動揺を隠せると思ってる時点で、もう終わりだ。
マミが、少し声を落とした。
「……岡田の件、どうなった?」
心臓が勝手に縮んだ。
「え?」
「先輩から聞いた。3階のトイレに震えてる美来が走って来たって。後から知ったけど、屋上で岡田に告られた日だった」
……見られてた。最悪。誰にもバレてないと思ってたのに。
私は、できるだけ軽く笑って返した。
「あ〜、あれ? ちょっと、やばかったね〜」
「ちょっと?」
「ちょっとちょっと! ほんとにちょっと! マミが忠告してくれてた通り、岡田くんが強引でさ! 断ってるのになかなかしつこくて!」
私が両手をぶんぶん振ると、マミは笑わなかった。
「でも大丈夫! ちゃんと断れた」
「美来。笑ってる時ほど、やばいのが分かるんだけど」
「……なにそれ、怖」
「こっちの台詞」
マミは机に腰を預けて、腕を組む。
「岡田、しつこいよ? 断ったら終わりじゃないタイプ。かなり厄介だし」
「うん、まあ……。そういう人、いるよね」
嘘じゃない。いる。知ってる。私はそういうのに絡まれたことがある。
「だから。前から言ってるけど彼氏作った方がいいよ」
「なに? またそれ?」
「またそれ。だって効くよ? 彼氏がいるって盾」
隣の女子が「分かる〜」っと適当に頷いた。
「美来、やたら好かれるじゃん。良い意味でも、悪い意味でも」
「好かれるっていいことでしょ! 悪い意味でも好かれるってなに?」
「そのまんま」
マミは目を細めた。
「中学の時も変な奴に付きまとわられたでしょ?」
背中が、ひやっとした。
「岡田はうちから釘刺しとくけど。隠れてる奴もいるし。……噂は聞くよ? 美来のこと好きな奴がいるって」
「……噂でしょ。私のこと好きになる人なんて」
「うちが聞く噂。当たるでしょ?」
マミがそう言ってから、少しだけ表情を緩めた。
「別に彼氏が万能って言ってんじゃない。でもさ、美来ってみんなに優しいから勘違いされやすいんだって。そういう時、彼氏がいれば便利だから」
「そっかー……。そうだよね! そう考えると彼氏っていると便利かもねっ!」
返事だけは元気に出して誤魔化しておく。
その返事に、マミは溜息をついて。
「またそんなこと言って。紹介しようとしても美来こないじゃん」
「……え」
「うちなりに『この人なら安心』って思った人と美来を会わせようとしてるのに。美来が、行かないって言うから」
「それは……」
「うちだって美来の気持ち無視して押し付けたくない。でも、何かあってからじゃ遅いじゃん。美来って、優しくて元気な割に弱いから」
私は、カバンの持ち手をぎゅっと握った。
ああ、そうか。
マミが男子と会わせようとしてたの、ただの恋バナ好きじゃなかったんだ。
心配だったんだ。
「中学の時みたいに、うちが助けてあげらるとも限らないからね」
「……ごめん」
小さく言うと、マミが目を丸くした。
「え、急に素直。どしたん?」
「いや、素直じゃなくて!」
私は慌てて笑う。
「ただ……。なんか、マミが真面目だから、調子狂うっていうか!」
「なにそれ。失礼なんだけど」
でも、マミは少しだけ笑った。
その笑いが出た瞬間、私はほんの少し楽になった。
……楽になったのに。
頭の片隅に、昼の食堂がまた戻ってくる。
『ヒロト。気になる相手ができたら絶対に言ってくれよ』
あの言葉が、変に刺さって離れない。
私は、つい、教室の入口の方を見てしまった。
桐生くんが、いた。
帰り支度を終えたのか、カバンを肩にかけて、廊下へ出ていくところ。
目で追ってしまう。
瞳だけで追うって、ほんとにできるんだな思う。
……やばい。
「美来」
マミの声が、やけに静かだった。
「……なに?」
「いま、誰見てた?」
「え?」
心臓が飛び跳ねた。
「だ、誰って。誰も見てないよ!」
「見てたよ」
「見てないって!」
声が裏返る。終わった。
マミは、私の顔をじっと見て、何かを理解したみたいに、意味深に頷いた。
「……ふーん」
「ふーん、ってなに!?」
「別に」
マミはわざとらしく首を傾げる。
「でもさ。もし気になる人がいるなら、早い方がいいよ」
「……だから、それ何回目」
「何回でも言う。変なのに変なことされる前に。それに」
マミの言い方は乱暴なのに、目だけは真剣だった。
「美来が好きになる人なんて、すぐ他の女に奪われちゃうから」
「な、なに? 私が好きになる人なんてって! どういうこと!?」
私は、笑って誤魔化す。
「気になる子なんて、いないってば」
嘘だ。
嘘だ、って自分が一番分かってる。
マミは私の嘘を、追及しなかった。追及しない代わりに、ぽんと私の肩を叩いた。
「ま。いないならいいけど。でも、何かあったら言って。うちらの仲でしょ?」
「……うん」
返事をした声が、自分でも驚くくらい小さかった。
マミが笑って、いつもの調子に戻る。
「じゃ、帰ろ。美来、今日1人で帰んないでね」
「え、待って、なんで!?」
「なんでも。ほら、行くよ」
腕を引かれそうになって、私は慌ててカバンを抱え直した。
その瞬間、教室の外。廊下の向こうに、桐生くんの背中がもう1度見えた。
遠ざかる背中。
追いかけたくなる。
でも、そんなことしたら、確実に何かが始まってしまう。
……始まってしまうのに。
胸の奥が、じわじわ熱くなる。
もし、桐生が誰かと付き合ったら。屋上に行けなくなるのかな?
自分で考えて、自分で苦しくなる。
なのに。
答えが知りたくて、たまらない。
私は、廊下の向こうを見つめたまま、心の中で小さく呟いた。
……今日、屋上。行く。




