第26話 強引な提案
今まで食堂を嫌っていたが、使ってみると意外にいいもんだ。
色んなメニューがあるし、なにより味付けが濃くて舌にあう。
料理なんて味付けが濃ければ濃いほどいいし、色は茶色ければ茶色いほど美味い。
人混みは苦手だが、母さんも「それでいいなら私も楽」と言っていたので誰も損はしていない。
ということでから揚げ定食を受け取り席を探し始めたところで。
「ヒロト! こっちこっち!」
人懐っこい笑みを浮かべて恥ずかしげもなく手を振っているのは修二、隣には高橋常弘。注目を集めているので無視したいところだが、この混雑には逆らえない。
千條と星村はいないようなので、向かいに座る。
「それで?」
先制攻撃を撃っておく。
俺を待ち構えていた様子を見るに、何か話したいことがありそうだが。
「まず、言っとく。オレたちが悪かった」
いきなりの謝罪に、常弘も頷く。
「すまなかった」
「いきなりなんだよ」
「今までの事だよ」
修二は苦笑して、すぐ真面目に戻る。
「オレ達が付き合ってから5人で集まった時の空気感……。いや、空気感というか、ヒロトに気を遣わせてたこと。悪かったなって」
なんで今更? そんなの中学の時に伝えてるだろ。なんて突っ込むと話がなくなりそうだな。ここは聞き流しておこう。
「ああ、まあ。それで?」
「また5人でバカやってた頃に戻りたいって思って」
俺はそれを聞きながら唐揚げを口に入れて、目線だけ動かした。
すぐ近く。隣のテーブルに神名が友達と座っている。距離的に普通に話してたら聞こえる位置だ。神名は笑ってる。笑ってる、はずなのに耳がぴくぴく動いている。
間違いなくこっちの会話を聞いてるな、あいつ。っていうかなんで耳が動くんだよ。注意深く聞こうとしても別に耳は動かないだろ。
と、そんな神名に気付かづに修二は続ける。
「で、また昔みたいにいられる方法を提案しに来た」
「どうして急に」
「急じゃない。ずっと前からヒロトと一緒にいたかった」
手を止めて、真っ直ぐこちらを見つめる修二。
なんでそんなに俺といたいんだよ、なんて言ったら、また面倒だな。周りに人もたくさんいるし、ここで騒ぎにしたくない。
呆れながら常弘を見ると。
「同じ気持ちだ」
どうやら俺の味方になってくれる奴はいないらしい。
「強引に、遊びに誘われるよりは建設的かもしれないな」
「だ、だろ? だろ!?」
嬉しそうに笑う修二に、ゆっくり頷く常弘。
話しを聞くだけだってのに、そんなに嬉しそうにするなって。
「じゃあまず方法その1、ヒロトがいる時はカナとベタベタしない!」
「べたべたしてるって自覚は持てたのか?」
「ま、まあ。カナと常弘と俺で遊んだ時、常弘に気にしてもらってたんだけど」
「めちゃくちゃべたべたしてた」
「うっ!」
わざとらしく胸を抑える修二。
「30分、オレはひとことも喋らなかった」
「と、というわけで! たぶんこんなことをヒロトといた時も同じことしてたと思うんだけど」
窺い見て来る修二に俺は。
「自覚できたのはいいことだな。俺は修二と千條のイチャイチャを2時間見せられ続けたこともあった」
「ほ、本当にごめんなさい」
「なんなら2人でスキップしてるところまで見せられた。キスするところも」
「ごめんて! ほんとごめんだから! 許してくれ!」
手を合わせて頭を下げる修二に、俺は気にしてない素振りを見せながら箸を進める。
そしてお次は常弘である。
「オレは……。ヒロトに気を遣い過ぎてた。ノゾミもだけど。1人にしないようにって。ずっと気を回してた」
「ほーん……」
返事をしながら修二を見るが、なぜか「てへへ」と照れ臭そうに笑われる。
いやそこはさっきの仕返しとばかりに常弘と星村の恥ずかしエピソードを暴露しろよ。なに恥ずかしそうに笑ってんだ、こいつ。
「修二で試したのか?」
「いや。修二にはオレもノゾミも気を遣わなかったから。自分たちで気付いた」
「あっそ」
まあ修二は千條と付き合ってるから、除け者にしてもいい奴になるのか。それがいいことなのか悪いことなのかはわからんが。
「まあでも。気付いたからと言ってなおせるとは思えないけどな」
「そんなことは!」
反論しようとする修二を常弘が抑える。
「オレを何度もいなかったことにして、はしゃぎまわってたからな」
「ぐ、ぐぅ……」
「オレも、気を遣うのは性格だ。直せそうにない」
「素直でよろしい」
それに、直す必要なんてない。付き合ってるんだからイチャイチャするのは当たり前だし、常弘と星村の気遣いは長所だ。わざわざ俺がいるからと直そうとする方が不自然である。
「そ、そこでだヒロト! 方法その2!」
修二が気を取り直して張り切る。
懐かしい感じと、嫌な予感が脳裏に浮かび。
「ヒロトに彼女を作る!」
どうやら嫌な予感は当たったようだ。修二がなにか思いつくときは、基本的に俺にとって厄介なことが昔からおおかった。
どうやらそこは変わってないらしい。
厄介なのは、この面倒な提案に常弘も頷いてることだ。
「そうすればオレ達と一緒にいても問題ないだろ? オレとカナは、その……。イチャイチャするかも知れないけど」
「そこは改善されないのかよ」
「で、でも! ヒロトも彼女とイチャイチャすればいい! 常弘もヒロトに気を遣わなくなる! そうすれば、ヒロトもオレ達といて窮屈にならないだろ?」
「俺が彼女を作る理由って修二たちと一緒にいるためなのか?」
「きっかけだよ、きっかけ! ヒロトも彼女は欲しいだろ?」
「別に欲しいとは思ってないな」
「嘘つけ! 欲しいもんなんだよ、男子高生は彼女を! だからこれをきっかけに彼女を作って、オレ達と楽しい高校生活を楽しむってので行こう!」
自分で言ってて強引だと気付いているのか、修二の表情は少し硬い。
冷ややかな目線を向ける俺に気付いてか。
「だけど、そうだぞ」
隣の常弘が冷静に口を開く。
「道場に来てる40歳のケンさんがしつこく言ってくる。学生のうちに彼女作って遊んどけばよかったってな。制服デートできるのは学生のうちだけだって。だから、女を作れと」
「常弘に真剣な顔でそんなこと言われると少し怖えよ」
「ヒロト、今しかない……。らしいぞ。女子高生と付き合えるのは」
「いやまあ。そうかも知れんけど」
だからって……。なあ?
「ヒロト。気になる相手いないのか?」
問いに、一瞬だけ神名の顔が浮かんだ。屋上で笑ってる顔。変な間で本音をこぼす顔。勢いで距離を詰めてきて、急に弱くなる顔。
「いない。常弘には前に言ったはずだぞ」
だが、俺は眉一つ動かさずに言った。
修二がこちらを疑いの目で見ながら。
「マジで?」
「マジで」
「いないの?」
「いない」
「見た目だけでもちょっと気になるな~。手を繋ぎたいな~。話してみたいな~みたいな子もいないの?」
「いない」
「……そっか」
修二そう言って寂しそうに肩を落とす。
視界の隅に映る神名がこちらから視線を逸らすのが見えた。
「よしわかった。いないなら紹介する。これで解決だ」
肩を落としてた修二がすぐに気持ちを入れ替えてスマホを取り出す。
「解決しねえよ」
「するから。ちょっと待ってろって」
「なんだよ、今日は随分としつこいな」
常弘を見るが、苦笑いを浮かべるだけで、何も言わない。
こいつもこいつで、修二に反対する気はないようだ。
「まず1人目は中学のとき一緒のクラスだった長谷川ミオ」
「ごほっ! ごほっ!」
隣のテーブルで大きな咳が聞こえてくる。むせているのは神名だ。花柳たちに心配されながらも横目がこちらを向いているのがわかる。
「長谷川さ、昔お前のこと気になってるって言ってたろ?」
「いや知らねえよ。初耳だわ」
「今でもたまにヒロトが元気かって聞かれるんだよ。気があると思うんだけどな」
「ああそうか。じゃあ元気じゃないって言っとけ。修二と常弘にいじめられてるってな」
「んー……。じゃあオレ達と言い合えるぐらい元気だって伝えとくよ。長谷川は脈ナシっと」
「脈ナシとか言うな。長谷川に失礼だろ」
「じゃあ久しぶりに会ってみる?」
「それはいい」
「じゃあ脈ナシっと」
修二はあっさりとスマホをスライドさせていく。
「2人目。同じクラスの小泉さん。桐生くんって彼女いるの? ってこないだ聞かれた」
「えっふぅっ! えっふぅっ!」
再び隣のテーブルで大きな咳が聞こえてくる。またまたむせているのは神名である。さっきよりむせかたが大きいのは気のせいか。
まあ俺達が気にする必要もないか。
「どう? 小泉さん? 可愛いと思うけど。元気でいい子だし」
「どうだろうな? どうだったっけ? 小泉さん?」
「とぼけるなよ」
「とぼけてない。関わった事ないやつのこと、好きも嫌いもないだろ」
「じゃあこんど一緒に遊んでみるか? オレ達も一緒に行くから」
「勘弁してくれ。そもそもなんで俺の事なんかなんで気になるんだよ。クラスの端っこで寝てるだけの暇人だぞ」
「理由までは聞いてないけど。ミステリアスな感じがいいんじゃないか?」
「俺のどこがミステリアスなんだよ」
「それも含めて。1回ぐらい一緒にどうだ? 話してみるだけでもさ。これもまた青春の1ページだと思って」
「いらねえよ、そんな1ページ。ってか今日はやけに粘り強いな。ほんとになんなんだよ」
まったく、なにがあったんだかわからんが、厄介なこと極まりない。
なんで修二に女の子の紹介されなきゃいけないんだよ、頼んでもないのに。
「で、どっち? ミオは落ち着き系。小泉さんは元気な距離が近い系」
「俺は人を選べるような立場じゃないっての」
「じゃあミオと小泉さんに決めてもらうか?」
「意味わからんこと言うな。どっちもなしだ」
「ヒロト、でも」
「修二」
名前を読んで止めたのは、常弘である。
冷静な瞳を向けられ、修二が背もたれに寄りかかる。
「ごめん、少し強引だった。悪い」
謝り、深呼吸を挟む修二。
だが。
「ヒロト。気になる相手ができたら絶対に言ってくれよ」
「そう簡単にできねえよ」
「全力で応援するからな」
「勝手にしてろ。……いやするな。ほっとけ」
昼飯を食い終わってトレーをまとめ、立ち上がる。
「じゃあな」
「あっ、待ってくれヒロト」
「残さず食べろよな」
喋りに夢中になって、周囲のトレーにはご飯がまだ残っている。
急いで食べ始めるが、それを待つほど俺は優しくない。
返却口へ向かう途中、隣のテーブルの神名が視界に入った。
伏目勝ちにこちらを見た瞳は、すぐに逸らされる。
「まためんどくさいことになりそうだな」
そう思ったのに。
口元だけ、ほんの少し、緩んでしまった。




