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クラスで人気者の明るい彼女は屋上ではオタクを楽しむ -クラスの盛り上げ役が、俺の隣でだけ素になる話-  作者: すなぎも


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第25話 変化

 放課後の屋上はいつもどおり静かだ。

 ベンチに座って、ぼんやりと空を見るにはちょうどいい。


 深き息を吐いたところで、扉が小さく鳴った。

 微かな足音と共に神名がひょっこり顔を出す。


「やっほー。桐生くん」


 目が合うと、神名が気まずそうに片手を上げた。

 いつもの「おつかれさまです!」みたいなテンションじゃない。

 笑ってはいるけど、口元が引きつってる。


「よっ」


 軽く手だけ挙げて返す。


 神名はベンチに近づいてきて、ちらちら俺の顔色を窺いながら腰を下ろした。


 そして、黙る。

 隣から落ち着きのない視線の動きを感じる。


 いつもなら神名から声を掛けて来るが、今日はその気配がない。

 とにかく俺の様子を窺っている。


「どうしたんだよ」


「えっ」


 隣で、ビクッと肩が跳ねる。


「ど、どうしたって?」


「朝の件があったからだろ? そんな落ち着きがないのは」


 神名が口を開くより先に言うと、苦笑いを浮かべる。


「だ、だよね……。朝のこと、だよね……」


「他に理由があるなら教えて欲しいんだが?」


「ご、ごめんなさいっ!」


 予想以上に勢いよく頭を下げられる。


「いつも通りにしようと思ってたの! 普通にみんなにおはよーってして、普通に自分の席に行って、普通に過ごそうって!」


「じゃあなんで俺に声かけようとしたんだよ」


「桐生くんの顔見たら、なんか、挨拶したくなっちゃって」


 顔を上げた神名の目が、少し潤んでいる。


「気づいたら、そっちに足が向いてて」


「つまり、どういうことだ?」


「わ、わかんない!」


 両手をぶんぶん振る。


「私もよくわかんないの。でも、顔見たらおはよーって言いたくなっちゃって! でも、途中で修二くんが来て、あっ、ダメだこれってなって」


 焦り過ぎて途中から自分でも何言ってるか分かってなさそうだ。

 手を忙しなく動かして、視線があっちこっちに向けられている。


「落ち着け。そもそも今まで何度か俺に挨拶してきただろ」


「えっ?」


 神名が大きく瞬きをする。


「普通に挨拶されたことあるぞ、神名に」


 そう、俺は神名に何度か挨拶されている。特別な日だからとかではなく、神名がみんなに「おはよー」と言っている流れで、俺の顔を見て同じように「おはよー」と言ってきた。当然俺も「おはよ」と返している。


「そ、そうだっけ?」


「覚えてねえのかよ」


「覚えてない……」


 本当に覚えてないのだろう、神名は言い訳のように口を開く。


「私、みんなにおはよーって言ってるからさ。桐生くんだけに特別って感じじゃないというか……」


 そこでハッとしたように、慌てて続ける。


「い、今は違うよ!? 今はちゃんと桐生くんって意識してるから!」


「そんなに焦らなくていいし、意識しなくてもいい」


 俺の事なんて意識するだけ損まである。


「で。今回みたいなことがあったってことは、そんな神名の脇役ぐらいなったのか? 俺は」


「わ、脇役どころじゃないっていうか。むしろど真ん中っていうか……」


 目を逸らして言いずらそうに答える神名。


「だから、挨拶しようとしたら変な感じになっちゃってたし……」


「気付いてたのか? 自分が変だって」


「そりゃ気付くよ。なんか身体重いし、顔は暑いし、でも桐生くんと目が合ってて、歩き出しちゃったから止まるのも変だなって」


「その状態で神名がわざわざ俺の席まで来て挨拶したら目立つよな?」


「そう、だよね」


 分かってたのか、分かってなかったのか、微妙な顔で俯く。


「ちゃんと分かってたはずなのに、なんかあの時だけちょっとバグってて。ほんとごめんなさい……」


 何度も申し訳なさそうに謝る神名に。


「別に悪いのは神名だけじゃないから、そんな謝るな」


「いや、悪いのは完全に私なんだけど」


「そうでもないだろ。……神名はいろいろ言ってたけど、俺が言ったからだろ? 教室で喋りかけて来ても別にいいって」


 神名の肩がビクッと震える。


「ちょっと軽口が過ぎたな。言うべきじゃなかったかも知れない」


「それは違うよ!」


 神名が即答する。 


「普通に嬉しかったから! 教室でも話しかけてもいいんだって。カナちゃんとか修二くんとは距離とってるのに、私はいいんだって……」


 言って、神名は冷静になったのか、すぐに否定する。


「い、いや、今のなし! 取り消し! その……。なしで……」


 もごもごと何か飲み込んでから、小さめの声で続ける。


「桐生くんが気を遣ってくれてたのは分かってるから。これはほんと、私がバグっちゃったせい」


「別に気を遣ってるわけじゃない。俺も」


「桐生くんは悪くないよ」


 きっぱり言われた。


「桐生くんに言われたことだし、私だってわかってる。教室で喋りかけて来てもいいって言ってくれたの、私が仲間外れにされた時の話だって」


 神名が、ぎゅっとスカートの裾を握りしめる。

 

「もしもの時は桐生くんに頼っていいって、そういう意味だって分かってた。私もそうしようって思って、だから普段通りに教室に入ったんだけど……」


 しばらく沈黙が流れる。


「なのに」


 ぽつりと、神名が続ける。


「なのに、今朝、桐生くんの顔見たらさ。なんかもう、それ全部どっか行っちゃって」


 情けなさそうな笑いが混じる。


「ひとりぼっちになったわけでもないし、別にいつも通りの日なのに。桐生くんの顔見たら、挨拶したくなっちゃったんだよね」


 そう言って、神名は自分の膝の上を見つめたまま、肩をすくめた。

 そんなことを言いながら、寂しそうに笑う神名。


「そうな申し訳なさそうにするなよ」


 俯きながら、神名がこちらをちらりと見る。


「俺の顔見て挨拶したいって思えるぐらいには仲良くなったってことだろ。神名にそう言われて、俺だって悪い気はしていんだから」


「ほ、ほんと?」


「ほんとだよ」


 そんな捨てられた子犬みたいな顔するなっつうの。


「ただ、さすがにオタクだって花柳とかにバレるのはまずいだろ?」


「それは……。うん」


 小さく頷く声。


「だから、俺って認識して、自然と挨拶できるタイミングがあったら、そのときはしてみろ」


「いいの?」


「自然とできるって確信したらな? じゃないと花柳に即バレするぞ」


「う、うん。それは分かってるけど……」


「少しずつ慣れていけばいいだろ。神名が変に固まらないくらいのペースでさ」


 そう言って横を見ると、神名は困ったような、嬉しいような、なんとも言えない顔で笑う。


「……うん。じゃあ、自然に言えそうなときだけ”チャレンジしてみる。無理そうなときは、ちゃんと我慢する」


「それでいい」


「マミレーダーもちゃんと避けるし」


「それが一番難易度高そうだけどな」


「それはほんとにそう思う」


 ふたりで、同時にため息が重なって、少しだけ笑いになる。


「ま、教室で失敗しても」


 ベンチから腰を浮かせながら言う。


「ここにくればいいだろ。放課後に」


「うん。そのときは全力で愚痴るからちゃんと聞いてね」


「検討しとく」


「そこは聞くって言ってよ!」


 神名がむくれたふりをして、すぐに照れくさそうに笑った。


 その笑顔は、いつも通りで。

 でもどこか、ほんの少しだけ、昨日までより近くなったような気がした。


「じゃ、そろそろ帰るか」


「だね。ホームルームサボったら、さすがに怒られちゃうし」


「もう終わってるわ。放課後だぞ」


「あっ、そうだった!」


 あわてて立ち上がる神名の背中を見送りながら、俺もゆっくりと腰を上げる。


 屋上を出る前に、神名はこちらを振り返る。


「じゃ、またね。桐生くん」


「おう。また明日」


 返事をしたのに、神名はなかなか屋上を出て行かない。

 不思議そうにこちらをしばらく見た後に。


「ふたりきりなら自然と挨拶できるのにね」


「さっさと帰れ。俺の帰りが更に遅くなるんだから」


「酷い! けど、事実だから帰る。またね」 


 軽く手を挙げて神名の背中を見送る。


 まったくあいつはなんなんだと、もう1度ベンチに腰を下ろして空を見上げる。


 オレンジ色の夕方の空に、じんわりと神名の笑顔が浮かび、口元が緩まぬうちに、俺は立ち上がり屋上を後にした。

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