第23話 関係の進展 -神名視点-
神名美来視点
気がついたら、自分の部屋のベッドの上だった。
「……え?」
天井を見上げながら瞬きをする。家に帰ってきて、ママに「コンビニ遠くない?」ってつっこまれて、苦笑いでごまかして。その辺の記憶が抜け落ちてる。
「完全に上の空で動いてた……」
パジャマはちゃんと着てるし、髪もドライヤーで乾いてる。それなのに、頭の中だけはさっきの公園から1ミリも動いてない。
枕を抱きしめて、深呼吸。
頭の中で、さっきの会話を巻き戻す。
『俺は別にいいけどな。神名が教室で喋りかけて来ても』
数秒フリーズしてから。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ……」
枕に顔を埋めて、ベッドの上でジタバタした。
「なにそれ? なに急に? そんなこと言う? 冷笑系の桐生くんが?」
絶対に言わないじゃん、桐生くんってそう言うこと。
面倒だから話しかけるなとか、そう言って流すタイプじゃん。
それなのに
「どういう扱い? 特別扱いさてる……。とか?」
桐生くんが一貫して言ってるのは。
『気を遣うから友達増やしたくない』
そういう人が、『俺は別にいいけどな。神名が教室で喋りかけて来ても』って、言う? 言わなくない? 絶対に言わないじゃん。絶対に言わなかったじゃん、今までの桐生くんだったら。
これが特別扱いじゃなかったら、逆なんなの? って話だよ。
「しかもそのあと」
枕に顔を押し当てて、真っ暗になった視界に浮かぶのは、桐生くんの笑顔。
「なんてな、で誤魔化すのなに? ズルくない?」
その一言で、全部冗談っぽくされちゃう。でも、その前にちょっと間があったのちゃんと覚えてる。言うか言わないか迷って、結局口に出した感じだった。
「意味わかんないんだけど。曖昧にしないでちゃんと言ってよ、もう……」
嬉しい。
でも、戸惑う。
嬉しい、けど、困る。
けど、やっぱり嬉しい。
「バレないにこしたことはないから、今まで通りで頼むぞって言ってたけど、あれも本音だよね……」
クラスで変に目立ちたくないのは私も同じ。私と桐生くんの関係がマミに知られたら、即日で高校生活は終了を告げる。
「マミにバレたら、ほんとに終わるもんなぁ……」
実は桐生くんと仲がよかったって知られるだけで、マミならクレープ屋にいたのは私だったて、どこかしらから情報を仕入れて来る。
『クレープ屋のときの友達と、今日の付き添いの友達は別』
『今日は男友達ってことにしといた』
『今度見かけたときは、彼女の顔見せてもらうって言われた』
桐生くんはうまく誤魔化してくれたけど、マミは完全にクレープ屋に桐生くんと一緒にいた子、つまり私を彼女だと決めつけてる。
「色恋になると、急に話し聞かなくなるし。それ以前にオタクの私がばれて詰むけど」
枕に額を押しつけて、うめき声が漏れる。
「マミ、恋愛の匂い嗅ぎつけるとマジで神出鬼没だからなぁ」
教室で誰かが「誰が好き」とか「付き合ってるらしい」とか言うと、どこからともなく現れて「で、どういう関係なわけ?」って首を突っ込んでくる。
嘘の恋バナで釣ろうとすると絶対来ないくせに。ほんとの話になると、必ず出てくる。神出鬼没ってレベルじゃない。
だからこそ、桐生くんがちゃんと報告してくれたのは、本当にありがたかった。
『マミの件、誤魔化せてくれてありがとう』
あのとき言った言葉は、ぜんぜん大げさじゃない。マミにバレたら、わたしのクラスでの居場所がなくなる。その余波で、桐生くんの居場所だって怪しくなる。それを回避するために、ちゃんと状況説明してくれたんだから。
「……だから、“バレないにこしたことはない”って言葉も、ちゃんと分かってるんだよ」
分かってる。分かってるけど。
『俺は別にいいけどな。神名が教室で喋りかけて来ても』
そこがさあ。
「なんで余計なこと言ってくるの! 必要ないよ、いまその言葉は!」
再び枕に顔を埋めて、足をバタバタさせる。
今まで、わたしたちはちゃんと線を引いていた。
教室では“陽キャっぽい神名美来”で。
屋上では“オタク全開の神名美来”で。
その両方に跨がれる、世界で唯一の人が桐生くん。
そのバランスを保つのが一番なのはわかってる。
「それなのに」
桐生くんの一言で線がぼやける。
もし、本当にやってみたらどうなるのか?
朝、教室に入って。いつもどおり皆に挨拶しながら友達の集まってるところに行って。マミたちとちょっと話して、何気ないふりをして、桐生くんの席の方を向いて。
『桐生くん、おはよ』
「――ッ!」
自分の想像に、自分で悶える。
「無理無理無理無理。絶対に言えない」
そんなつもりはない。そんなつもりはないけど、マミがニヤニヤしながらいきなり現れるのが想像できる。そんなことになったらほんとに終わり。
リスクの塊だ。
「やっぱり今まで通りが一番。バレたら、その時はその時に考えよう」
そう自分に言い聞かせて冷静を保つ。
布団をぎゅっと握って深呼吸。
「今はまだ、屋上とか、放課後とか、今日みたいな時だけでいい」
その方が今の自分には合ってる気がする。
……でも、そのうち。
「そのうち、ちょっとだけ……。変えたくなる日が来るのかな」
その時の私が、桐生くん、おはよ。って教室で言えるように。
それまでに、もう少しだけ心の準備をしておこう。
そんなことをうすぼんやりと考えながら、わたしは枕に顔を押しつけて、小さくつぶやいた。
「おやすみ、桐生くん」
疲れていたのか、私の意識はあっという間に薄れていった。




