第20話 花柳マミは神出鬼没
会場の端っこのベンチに座って全体をぼんやり見渡す。まだ多くの人を会場を歩いており、さっきまでいた1対1トークエリアも列が出来ているところがある。場所によっては……。といったところだが、人気商売の悲しいところか。
「はー……」
息を吐いて、背もたれに体重を預ける。
神名はうららと話せる上限回数の5回を、きっちり使い切っていた。テンションが高すぎて体力が持つか心配だったが、そこはなんとかなったようで。
『やばいやばいやばい、顔直してくる! このままじゃ外歩けない!』
と言い残し、メイク直しと称してトイレに消えていったのが数分前のこと。
俺はその帰りを待っているといった感じだ。
人の流れをぼんやり眺めていると。
「桐生じゃん」
不意に名前が呼ばれた。聞こえて来たのは女の声だ。
そうなると、嫌な予感しかしない。
首だけ動かしそちらを見ると、花柳マミが立っていた。
茶色い髪は首元からパーマで巻かれ、普段よりばっちり決められたメイク。黒のキャミワンピにカーディガンという私服は、神名と同じで教室で見る彼女とは少し違う雰囲気を感じさせる。
「花柳か」
「ウケるんだけど。何してんの、こんなとこで」
花柳がずかずかと近づいてくる。
いや、それは完全に俺のセリフなんだけど? なんで花柳がこんなところにいるだよ。ゲームとかVtuberから一番かけ離れた位置にいる人種のはず。会場の端に立ってるってだけで、かなりの浮き方だ。
まさか花柳も神名のようにアニオタなのか?
なんてことはないはずだ。
とにかく面倒な事にならないよう対応しないと。
「イベントに参加してたんだよ」
「ふ~ん……。ってかなんの集まり、これ」
会場内を見渡す花柳。
周りには、いかにもなオタクっぽいTシャツや、痛バッグを担いだ人間がわんさかいる。初見の一般人がふらっと入り込むには、多少ハードルが高い場所だ。
視線が逸れた隙にスマホをぱぱっと操作する。
『花柳がいる。俺が連絡するまでトイレから出るな』
神名にそれだけ送って口を開く。
「新作ゲームとかアニメの展示会みたいなもんだよ」
「へえ」
心底興味なさそうにしているところを見ると、やはりこちら側の人間じゃないようだ。そのまま俺の隣に腰を下ろして、会場を気だるげに見渡す花柳。
……で、なんで彼女はここにいるの? 全く知らないんだよね、花柳マミがどういう人間なのか。関わったことなんて無いに等しいし、ぶっちゃけ圧が強い女子というイメージしかない。
下手なこと聞いたらそれだけで怒りそうな気もするし、かと言ってなにも喋らずにここにいるのもめっちゃ気まずい。一緒にいたくないんだけど、いま逃げたらなんか言われるだろうしな。
「楽しい?」
不意に問われる大雑把な質問。
「楽しい、と思うけどな」
「なにが?」
「ゲームとかアニメとか。ドラマみたいなもんだろ。物語があって、それを絵で表現してるだけで。ジブリとかディズニーとかあるだろ? そういうもんだ」
「ふーん……」
興味があるんだかないんだかわからねえな。反応的には、やっぱり無さそうだけど。暇潰しに聞いてきてるだけか?
まあ、話しかけて来るってことは、こちらからも聞いていいのか。
「花柳はなんでここに来てんだ?」
「パパと買い物」
と、近くのショッピングモールを指差して。
「パパが知り合いに捕まって長くなりそうだったからぶらぶらしてて、ここ賑やかだから入ってみただけ」
「興味があったとかは」
「全く。人が集まってたから来ただけだけど」
なるほど、そんな感じか。だったらすぐパパの元に戻ってくれ。
なんて言える訳もなく。
「ひとりで来てんの?」
「あー……。いや、友達と」
下手な嘘はボロが出る。適当に言える事を小出しにするのが一番だ。
それに相手は花柳。バレた時のことを考えて、少しでも気分を損なわないようにしておいた方が得だ。
「友達は?」
「今は別行動。向こうのブース見てる」
「この前の奴?」
「この前?」
「クレープ屋の前にいたじゃん。あいつ」
覚えてたか。俺に会ったことなんてすぐに記憶から抹消してくれていいのに。
「いや、今日のは違う相手だよ」
「ふーん……。クレープ屋も絵が飾ってあったけど、そういう系?」
「ああ。オタクの友達が何人かいるんだよ」
あぁ、もう。めんどくさい。聞いてくるな、そんなこと。
なんて、俺の考えを他所に花柳は口を開く。
「クレープ屋の方は女だったけど、今回も?」
「今回は……。男だよ」
この場において、花柳と神名が会う可能性は低い。
だったらここは嘘で誤魔化すのが得策か。
「そんな何人も女友達がいるように見えるか?」
「まったく見えない。だからクレープ屋のときビビったんだけど」
そう言われて安心だけど、なんかちょっとショックではある。
「で、クレープ屋の方と付き合ってんの?」
顔を覗き込ませて聞いて来る。
そういや神名が、花柳はこういう話しが好きだって言ってた気がする。
「ただの友達だ。前にも言っただろ?」
「2人でクレープ屋になんか言ってるのに?」
「花柳だって男友達と2人で遊ぶだろ」
「うちとアンタじゃ話し違うじゃん」
「何が違うんだよ。俺だって異性の友達と2人で遊びはする」
「ふ~ん……。アンタがね」
「クレープ屋だったのは、その店がたまたま好きなアニメとコラボしてたからだ。デートスポットだと思って行ったわけじゃない」
まあクラスでいつもひとりでいる奴が異性の友達と2人きりで遊んでるって聞けば、そりゃ彼女だろって決めつけて来るのもわかるけど。花柳が言う「うちとアンタじゃ違う」ってのも、本当はわかるけどよ。
そこで、ポケットの中のスマホが震えた。
チラッと画面を見ると、神名からメッセージが届いている。
『了解。しばらくここで待機しとく。マミ、どこにいる?』
『会場内。まだ出てくんな』
送信してすぐにスマホをしまうと、花柳がジトっとした目で見てきた。
「なに? その友達とやりとりしてんじゃないの?」
「違う」
「他の友達と遊んでるのに連絡取り合う仲なの?」
花柳はどこか楽しそうに、口元を緩めている。
さすがは、そういう話しが好きを自称しているだけはある。
「そんなうちに知られるの嫌なんだ?」
「違うって言ってるだろ。それに、あいつとは今の関係性が居心地良いんだよ。だから、余計なちゃちゃ入れられたくないの」
「ふ~ん……。ま、いいけど。桐生にそこまで興味ないし」
そう言って立ち上がる。
「パパそろそろ終わってる頃だし、戻ろっかな」
ひらひらと手を振りながら、花柳は歩き出す。
「今度ばったり会ったら彼女の顔みせてもらうから。覚悟しといて」
「会わないように気を付けるよ」
「うち、意外と神出鬼没だから気を付けといてね。じゃ」
不穏な事を言いのして、花柳は人混みの方へ消えていった。
残された俺は、しばらくベンチに座ったまま天井を仰ぐ。
「疲れた……。普通に会話は出来てたか?」
圧が強い奴だと思ってたから、強引にいろいろ聞いて来るかと思ったけど、そんなこともなかった。無理に聞くと言うより、俺の反応を見て楽しもうとしていたか。どっちにしても、相手にしていて疲れるタイプだったけど。
「友達が神名だって知られたら、面倒なことになるな」
そもそも花柳とは接点がないから、バレることもないと思うけど。
『うち、意外と神出鬼没だから気を付けといてね』
そんなことを自称するやつ初めて見たけど、知らない奴にそう言われると不気味ではある。神名と会う時はより一層、気を付けないといけないな。
「神名にも忠告しとかないとな」
呟いてから、ポケットのスマホを取り出す。
神名とのトーク画面を開いて、短く打ち込んだ。
『花柳はいなくなったけど、別々で帰ろう。会ったらヤバい』
送信。
数秒後、「りょーかい!」のスタンプが返ってきた。
さすがに神名も花柳の相手はヤバいって思ってるだろうしな。




