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クラスで人気者の明るい彼女は屋上ではオタクを楽しむ -クラスの盛り上げ役が、俺の隣でだけ素になる話-  作者: すなぎも


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第19話 朧狐うらら

 ブースの中に入ると、外の音が遠くなる。目の前にはモニター。その中で狐耳の女の子が上半身を映して揺れている。


 朧狐うらら。神名が推してるVtuberだ。


 真正面にはカメラとマイク。床には、ここに立てと言わんばかりのテープが一本。スタッフに軽く頭を下げられたあと、その線の上に立つ。


『はい。こんうらら〜!』


 元気のいい挨拶。狐耳をぴょこぴょこさせながら、笑顔で身体を振っている。


 ここでたぶん、「こんうら~!」って返すのが普通なんだろうな。そんなことは俺だってわかってる。

 

 だが。


「こんにちわ」


 正直に言うと、その挨拶をするのが恥ずかしい。言われてもなんとも思わないし、同じように返すのがマナーだということはわかってる。だが、それでもその挨拶をするのは恥ずかしいのだ。


 朧狐うららの動きがぴたりと固まる。


 耳も、尻尾も、動きが止まった。

 画面越しなのに、「え?」って顔してるのが分かる。


『あっ。そういう感じ?』


「そういう感じでお願いします」


『ふ~ん……。まあいいけど。よろしくね!』


 最後は元気な挨拶だったが、カメラ越しでもピキついたのがわかる。モデルは笑顔を保っているが、カメラの前では真顔になったか。なんて、こんなところに来ておいて考えるのは無粋が過ぎる。


『じゃあお名前教えてもらえる?』


「名前は」


 ここで言う名前はハンドルネーム。過去に付けた適当なハンドルネームを伝えようとしたが……。思い返すとまともな名前を付けたことがない。ここで口にすれば、スタッフにすぐさま連れ去られるようなふざけた名前ばかりだ。


 咄嗟に出たのは。


「桐生」


 本名だった。

 自分で言っておいて、ちょっとだけ後悔する。


『キリュウ、キリュウ……』


 うららが、ゆっくりと俺の名前を繰り返す。

 耳が、考えるみたいにぴこぴこ上下した。


『…………』


 沈黙。


 数秒間、モニターの向こうでガチで固まられる。

 そのあと、困ったように眉を下げた。


『ごめんなさい。リスナーさんの名前は全部覚えてるつもりなんだけど、その名前は聞いたことないわ』


「いや、そもそも俺は」


『あっ、もしかしてROM専? コメントはしないで、見てるだけの子?』


 食いつき気味に目を輝かせてくる。

 俺は、ほんの一瞬だけ迷って。


「そうそう、ROM専なんだよ。配信は見てるけどコメントするのが苦手で。だけど今日は初のオフイベってことで、気合を入れて会いに来た」


 本当はライブ配信を見たことはない。神名に送りつけられた動画を一気見しただけのにわか中のにわか。だが、この場においてそんなことを言っても空気を悪くするだけだ。ここはうまい具合に切り抜けよう。


『ROM専さんなのにイベント着てくれたの? 凄い嬉しい!』


 うららの耳が、ぴょこんと立った。


『コメントしない子のことはさすがに覚えられないけど……。ごめんね?』


「いや、俺が好きでコメントしないだけだから」


『そうなの? でも大丈夫。今日でキリュウの名前はしっかり覚えたから安心しなさい!』


 テンションが上がったのか、うららは身体をふりふりと横に振っている。


『アタシのどの配信が一番好き?』


「そうだな」


 いきなり難しい質問が飛んできた。とはいえ神名から「これだけは見て!」と押し付けられた動画は頭に残っている。


「初めての歌枠で3曲ぐらいアカペラで歌ったあと、リスナーに逆切れして泣いちゃってたやつがかなり好きかも」


『っ!』


 狐耳が、びくん、と音がしそうなくらい跳ねた。


『お、女の子が泣いてるのが好きなの?』


「そういうわけじゃないけど」


 記憶に強く残った配信がそれである。

 とはいえこのままでは危険人物になってしまうので。


「東西南北がわからないせいで、1時間次の村に辿り着かなかったRPG配信も面白かった。リスナーにバレた瞬間、逆ギレして配信閉じた時は正気か疑ったけど」


『しょ、正気か疑ったってなによ! それに、東西南北がわからなかったわけじゃないの! ただ2Dゲームだと東西南北の概念がわからなかったってだけなんだから!』


 いや、2Dゲームの東西南北ほどわかりやすいものはないと思うけど。なんて、余計な突っ込みは入れないでおく。


 尻尾をばたばたさせながら抗議してくる様子は、画面越しでも騒いでいると伝わってくる。


『あのRPG配信を見てるなんて、意外としっかり見てるのね』


「最近まとめてな」


『ん? 今なんか言った?』


「いや、なんでもない」


 知られる必要はないので誤魔化しておく。


『ねえ、じゃあさ。今日はどうして来ようと思ったの? コメントしない人がなかなか会いに行こうなんて思わないと思うけど』


「それは」


 一瞬だけ、神名の顔が脳裏をよぎる。正直に言えば、神名の付き添いで、ここまで来たのはもの流れというのが正解だ。


 ただ、「いつも陰ながら見てました」と言った直後に、「友達の付き添いで来ただけで、実は配信見てません」っていうのさすがにサイコパス過ぎる。適当な理由を考えなければ……。


『なに? 言えない理由があるわけ?』


「いや、コメントしないとスーパーチャットもしないから。当日チケットも余ってるって言うし、だったら会ってお金を落とそうかな~っと」


『えっ? そうなの! ごめんなさい、配信見てもらってるだけでも嬉しいのに、そんな気を遣わせるようなことしちゃって』


「あっ、いや。いつも楽しませてもらってるから」


『ならいいけど……。いつもありがとねっ!』


 画面の中で笑顔を浮かべるうらら。


 その笑顔に罪悪感が生まれるが。


「そろそろお時間です〜」


 スタッフの声に救われる。。


『もう時間? もっと喋りたいけど……。ルールはルールよね』


 名残惜しそうに尻尾を揺らしてから、うららがふっと表情を緩めた。


『じゃあ最後に写真、撮る?』


「写真?」


『そう。“推しと一緒に撮りました〜”ってやつ。みんな一枚は撮ってくのよ。ROM専さんがここまで来た記念に、一枚くらい撮りなさいよ』


 そういうものなのか、とも思うけが。


「写真苦手だから。それは大丈夫だわ」


『そうなの? 苦手になるような容姿じゃないと思うけど』


「それはどうも」


『ま。あと4回あるから、気が向いたら撮りましょう』


 そういえばこの会話は1人4回までだったか。


「検討しとく」


『はい、おつおぼろ~』


「お疲れ様です」


『挨拶はあくまでそれなのね……。陰ながらでもいいから、応援よろしくね』


 そんな締めの一言を残して外に出ると、さっきより少しだけ会場の音がうるさく感じた。


「変な感じだったな」


 画面に映っているのは配信のキャラクター。でも、その向こうにはちゃんと中の人がいて、こちらの一言一言に反応してくる。現実と非現実の境界線の上をちょっとだけ歩いたような、そんな気分だ。


 配信を見るのと、その人と喋るのじゃだいぶ認識が変わるもんだな。


「桐生くんっ!」


 少し離れたところで、神名が全力で手を振っている。


「どうだった!? うららちゃん、ヤバかったでしょ!? ちゃんと、こんうらら~できた? 写真撮った!?」


「どっちもしてない」


 神名が「はあああああ!?」と叫んで、周りの客が一斉に振り向く神名を落ち着かせ、いったん俺達は端に逃げた。

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