第17話 気になる屋上ファッションショー
帰りのホームルームの途中、スマホが震えた。
神名;明日の作戦会議しない? 屋上集合ねっ!
可愛らしい絵文字が使われているが、それは割愛。
前の方の席にいる神名を見ると、首だけでこちらを振り返り、控えめなウィンク。
桐生;あいよ
返信したタイミングで先生が終了の挨拶をして教室は賑やかになる。今日は常弘の誘いを断ったから誰も俺に喋りかけてこないはず。鞄を持って席を立つと。
「ヒロト、今日こそは一緒に遊ぶぞ!」
千條カナが進行方向に立ちふさがり、がるるっ! と言わんばかりにこちらを睨みつけている。まだ放課後になったばかりだが、ちっこいだけに素早い奴である。
「悪い。今日は用事があるんだ」
「いつもそう言って逃げてるだろ!」
「今日は本当に用事があるんだよ」
自然と俺が千條を見下ろす構図になる。
彼女は暫く顔を見合わせた後。
「ふんっ! じゃあまた明日な!」
そう言い残して修二たちの元へ駆け寄って行った。
「いつもそれぐらい察しがいいと助かるんだけどな」
目が合った修二たちに軽く手を挙げてから教室を出て屋上へ。
いつものベンチには既に神名が腰を下ろしていた。
「あ、来た!」
俺に気づくと、ぱっと顔をこっちに向ける。
「待ってましたよ桐生くん! ささ、こちらにどうぞ」
「なんだよその態度は。座りたくなくなるな……」
言いつつもベンチに腰を下ろすと、神名が横にずれ少しだけ距離を詰めて来た。
なにか企んでいる気がするが。
「桐生くん。今日のお昼ご飯は美味しかったですか?」
「嫌な話の入り方だな」
「常弘くんと喋ってたよね?」
まあ、そこを突かれるわな。
「聞いてたのかよ」
「あの距離じゃ聞こうとしなくても聞こえちゃうって。私の近くの席を選んだのは桐生くんだよね?」
「一生の不覚だ。次からはちゃんと周りの人を確認してから座るよ」
「普段から私と仲良くなろうとアプローチしてきたのかと思ってびっくりしちゃったよ。私はいつでもウェルカムだけどねっ!」
「絶対にしないから安心しろ」
俺と神名がいきなり教室で仲良くしてたら、いくらみんなと仲がいい神名と言えど、関係性を疑われるのは必至だ。そうなればこの関係がバレるのも時間の問題。そんな面倒事には巻き込まれたくない。
「相変わらずの冷笑系だね。でも、食堂ではすこーし違ったかな?」
神名は喉を鳴らした後、キリッと無駄に表情を作り。
「むしろ俺が一番、恋愛から遠い位置にいるんだからよ」
神名は、俺の声を真似しているのか、低くしてそう呟く。
続けて。
「いないな、俺にそんな相手は」
「てめえ……」
クオリティの低い物真似で俺を煽りやがって。
「明日のイベント一緒に行ってやらねえぞ」
「冗談、冗談だよ! そんなに怒らないで! ちょっとした出来心だから」
「なにが出来心だ、物真似までしやがって。用意してただろ?」
「実はトイレでこっそり練習してました」
「誰かに聞かれたらどうすんだよ……」
なんつう不注意。そういえば神名のオタクが俺にバレたもの、完全に神名の不注意によるのも。テンションが上がると脇が甘くなるのかも知れないな。
神名は笑顔を浮かべつつ、少しだけ声の調子を変える。
「でも、本当にいないの? そういう相手」
「いると思うか?」
「ワンチャンいるかなって思ったんだけど?」
「なんでそう思うんだよ」
学校でまともに話す相手は神名ぐらいで、他の誰かを気にかけたりはしていない。俺が喋りかけられない相手に片思いをしていたとしても、そんな相手はいないんだから、それは神名の勘違いである。
つまり、神名の言うワンチャンは神名の勘違いだ。
「いや~、なんていうか。いてもいいのかな~って」
「なんでいつもひとりでいる俺に気になる相手が出来ると思ってるんだ?」
神名は明後日の方向を向いて小さく呟く。
「いつもひとりって言うけど。今はひとりじゃないのに……」
「なんだ? 言いたいことがあったらはっきり言えよ」
「なんでもないですー!」
唇を尖らせて不貞腐れる神名。なにを不機嫌になっているかわからんが、怒ってる奴を相手にするのは面倒なので。
「いない、そういう相手は。常弘にもそう言った」
はっきりと言ってやる。
神名は、視線を落として短く「そっか」と呟き。
「じゃあ、仕方ないね」
顔を上げたときには、いつもの調子に戻っていた。
「逆に神名にはいないのか?」
「私は……」
上目遣いで神名が俺を顔を見ながら何かを考え。
「いない、かな? アイツにそう言ったし。つまりいないってことで」
もう岡田のことは完全にアイツ呼びなのか。
別にいいけど。
「なんか曖昧だな」
「曖昧じゃありません。私に気になる相手はいません。推しはいますけどね!」
言いながら神名はスマホを俺に見せつける。
そこに映っているのはVtuberの朧狐うらら。
「明日、お互いに気になる相手でもない桐生くんと私は2人っきりでうららちゃんのイベントに行くわけですが」
「なんか含みのある言い方だな」
「明日の服装に付いて、相談があるのです!」
そう言うと、神名はスマホの画面をスワイプしながら、にやにやし始めた。
「試着をしてきましたので、判定をお願いします」
「準備良すぎだろ」
「推しのイベントだもん。当たり前でしょ?」
ドヤ顔で言いながら、俺の隣にすっと近づいてくる。
肩がぶつかるほどの近距離。画面が勝手に視界に入ってくる
「まず1つ目」
神名が俺の目の前にスマホを突き出した。
画面には鏡の前で自撮りしてる神名。
白のニットは首元がほどよく開いていて、体のラインがうっすらわかる。下は黒のスカートで丈もそんなに長くない。部屋なのにわざわざ黒いショートブーツを履いている。
いつもの「明るいクラスの女子」って感じじゃなく、ちゃんと「女の子」って感じの格好だ。
「どうかな?」
「気合いが入ってるってことは伝わってくるな」
「でしょ!」
「気合いのコーディネートってことでまずは1案だな」
「感想はそれだけですか?」
「それだけですかって……」
それだけじゃないの?
ファッションセンスなんて俺は皆無。神名が気合いを入れた服装なら、俺から出来るアドバイスなんてものはない。言えるのは大まかな方向性だけだ。
「いいんじゃない?」
いったんそう言ってみるが、神名はスマホを胸の前で抱えたまま、ジト目でこちらを睨むばかりで反応はない。
「感想はそれだけですか?」
どうやら正解を返さないと話は進まないらしい。
面倒……。ではあるが、神名の不満げな表情から言って欲しい言葉は察せる。
「感想はそれだけですか?」
自称冷笑系の俺からすれば、あまり面向かって言いたくないんだが。
「……あー、そのな」
「なんですか?」
「普通に可愛くて似合ってると思うぞ」
言った瞬間、神名の目がぱちっと見開かれる。
「今回のイベントだと男性の参加率が多そうだから、注目集めそうで不安だけど。女の子って感じがして、可愛いと思う。色んな人に見られると思うけど、大丈夫そうか?」
「っ……」
さっきまでのジト目が、あっという間に泳ぎ始める。
「き、桐生くんって、意外とそういうこと言える人なんだ?」
「神名が言って欲しそうにしてたから言ったんだろうが」
「顔には出してない、はずだったんだけど……」
ぶつぶつ言いながら、神名はスマホの画面を一度見て、すぐに消した。
耳までほんのり赤い。
「でも、ありがと」
「何が」
「可愛いって言ってくれたから。うららちゃんに見せる前に、桐生くんチェック通ったなら、いいかなって……」
最後の方は、風の音に紛れそうなくらい小さな声だった。
そのくせ、口元だけは、嬉しそうにゆるんでいる。
俺と朧狐うららの可愛い基準は違うと思うけどな。
まあ、さっきの神名を見て、可愛いと思わない人の方が少ないと思うけど。
「あと、心配もしてくれて、ありがと。確かに、周りの人に見られるのは、あんまりよくないかもだから」
もにょもにょ小声で行った後。
「つ、次! 次に行きます!」
しっとりとした雰囲気を払うように大声を出して神名は次の写真を表示させる。
キャップにマスク。オーバーサイズの淡いグレーのパーカーに、黒のロングスカート。足元は白いスニーカー。
「クレープ屋に行った時と同じやつだな」
「会場そこそこ近いからね。ばったり知り合いに会ったら嫌だなって思って」
しかもあの周りにはショッピングモールや複合施設がある。知り合いと遭遇する可能性は大いにある。
「これなら大丈夫でしょ?」
言いながら、画面の中の神名はキャップのつばを指でつまんで、ちょっと俯き気味にポーズを決めている。
「俺も最初わかんなかったしな」
「でしょでしょ」
「無難ではあるな。会話する時は帽子とマスク外せば問題ないだろうし」
「だよね! でも……。可愛い度は下がっちゃうんだよねー」
「重要か? そこ」
「最重要でしょ! うららちゃんに私を見せる初めてのことなんだから! ばっちり可愛い私を見て欲しいでしょ!」
「ああ、まあ。そりゃそうか」
「そこを考えると次の案もありなんだけど」
ドン、とばかりに突きつけられた画面に映っているのは不審人物。
「誰?」
「私だけど?」
そこには、朧狐うららのイラストがでかでかとプリントされたTシャツ。その上から、同じくうららのロゴ入り法被。肩から提げたトートバッグには、缶バッジがこれでもかとジャラジャラ付いている。
「やっぱりイベントに参加するとなると”これ”になっちゃうかな~って」
ちらちらこちらを見ているが、俺には”これ”になる意味がわからない。ペンライトを指に挟んで、本人はノリノリではあるが……。
スライドすると、不審人物が躍り出す。わざわざショート動画にして見せて来るあたり、”これ”で行きたいんだろうけど。
「絶対にこれはない」
「な、なんで!? 大本命だったんだけど!」
「不審者だろうが、こんなの」
「イベントの正装ではあると思うよ?」
「じゃあ神名はこの服装で家を出て、最寄りの駅まで行って、電車に乗って会場に行くのか?」
「………」
神名の指が、画面の上で止まった。
「うちから最寄り駅まで歩いて10分」
「ああ」
「途中に友達の家があったり、学校の前を通ったり……。会場の最寄り駅から歩いてもう10分」
「ああ」
「その間をうららちゃんフル装備で歩く私」
「死ぬぞ?」
「死ぬよ!? それは! 私がオタクだって絶対にバレるよ!?」
「気付くのが遅すぎるだろ」
神名はスマホを胸に押しつけて背中を丸める。
「想像したら恥ずかしくなってきた……」
「だから遅いって」
なんなら俺に謎の踊りを見せてる時点で恥ずかしがれよ。
「百歩譲って、会場で法被を羽織るぐらいだな」
「あ、それはありかも……」
神名は、スマホを見せてこちらを見て来る。
「どうすればいいと思う?」
「どうすればいいって……」
俺に聞かれても、って感じはあるが。
「基本は最初の、いつもの神名でいいんじゃないか? 周りに見られるって言っても、いつもその服装で出かけたりしてるんだろ?」
「うん。それはそうだね」
「で、帽子とマスクは付けといて。会場に付いたら法被を羽織る。うららと喋るときは帽子とマスクを外す。これでいいだろ」
「うーん……。それが一番かな?」
「俺はそう思うけど」
神名は少し考えた後、スマホをしまって、ふっと笑った。
「うん。桐生くんの案を全面採用します」
「そりゃよかったよ」
言いながら俺は立ち上がる。
「日が落ちて来たな。寒くなる前に帰るぞ」
「風邪なんて引いたらたまらないもんね!」
「じゃあ先に行け」
「うん。……桐生くん、今日もありがとね」
「あいよ。しっかり寝ろな? 寝坊しても起こしてやらないからな」
「モーニングコール、お待ちしております!」
調子のいいことを言って、神名は屋上を後にする。
彼女が校門を出ていく背中を見送った後で、俺はベンチに腰を下ろした。
スマホが震える。見ると、神名から画像が送られてきたようだ。開くとそこには、先ほどみた法被でペンライトを指に挟んでいる不審人物。なにを思ってこれを送って来たのか全くわからんが。
桐生;せっかくなら私服の方をくれ
冗談まじりに聞いてみる。
神名;やだよっ! 恥ずかしいもん!
何が恥ずかしいのやら。それを着て一緒に出掛けるんだろうに。
「わからんやつだな」
言いながら、俺も帰宅することにした。




