第11話 屋上告白と救いの電話
放課後の屋上。
ベンチに腰を下ろして、フェンス越しに校庭を眺める。
やることもないので、今日の事を振り返る。
思い浮かぶのは神名美来という女子生徒。
静かだった教室を盛り上げて、修二を軽く叱咤して、ガム一枚で切り替えさせて。休み時間には花瓶を拾い、自分はびしょ濡れでも笑って場を止めた。嫌味じゃなく注意して、星村にバトンを渡して、たぶん、俺が気付かないところで修二にも合図を送って男子生徒をフォローさせていた。
「頑張ってんだな」
修二と男子生徒が言っていた、神名はよく告白されると。
教室でみた神名が本物だったら、そりゃモテる。
フェンスの向こうで3人組が校門を抜けて行くのが見えた。修二と、常弘と星村。千條のお見舞いにでも行くのか、或いは今日は大人しくするのか。
さて帰ろうと腰を上げかけたとき、ガチャっと屋上の扉が開いた。
反射的に息を潜める。俺に気付かず屋上の真ん中まで進んだのは、ジャージを来た男子生徒。顔は見えないが、ジャージの色を見るに同じ2年。後ろ姿に見覚えが無いので他のクラスの生徒か。
数十秒後、ふたたびドアが開く音。
「お待たせー。どうしたの? 急に屋上でお話があるって」
神名の声だ。明るいが、少し探っている色がある。
「神名さん、来てくれてありがとう。サッカー部の」
「知ってるよ、岡田くんでしょ?」
「知っててくれてるんだ。すげー嬉しい」
「そりゃ学年同じだもん。みんな知ってるよ」
会話が2往復、3往復、淀みなく進んでいく。
褒めと自己紹介。社交辞令のような会話は嵐の前の静けさにしか思えない。
放課後の屋上。話したことがない異性。男子の呼び出し。
目的はひとつだ。
逃げ出したいところだが、いま出て行けば確実に見つかる。
まいったな、と悩んでいるうちに話しはどんどん進んでいき。
「神名さん、オレと付き合って欲しいんだけど、どうかな?」
「……それって告白的な?」
「そうだよ。オレと付き合って欲しい」
「あー、そっか」
神名は視線を彷徨わせた後、手を後ろで組んだ。
「言ってくれてありがとう。勇気いるよね、そういうの。好意は嬉しい、うん、ほんとに。……でも、ごめんなさい。いまはお付き合いできない」
「なんで? 理由は?」
「まだ付き合うとかってよくわからないんだよね。だから、恋人とかはまだいいかなって思ってるんだ。それに、岡田くんにはもっといい子いるよ。私、けっこうドジだし、うるさいし、たまに雑だしうざいしさ」
流暢にそんな言葉を笑顔で並べる神名。傍から聞いていると、あまりにも言い慣れ過ぎていて告白を断るテンプレートなんだろうなと察せるが。
「オレはそんな神名さんが好きなんだけど」
相手は真顔で神名に答える。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね。けど、今はやっぱり誰かと付き合いたいって気持ちになれてないの。だからごめんね」
教室で見た神名らしい断り方。空気が悪くならないよう、相手を否定しないで、自分が未熟だと断る。
だが、それでも男子は食い下がる。
「気になってる人とかもいないの?」
「たぶんいないと思うけど? 付き合いたいって思ってる人いないから」
「じゃあお試しでもいいからさ。相手がいないならいったん付き合うってことにして、合わなかったら別れる感じよくない? それなら神名さんも困らないと思うけど」
「そういう軽い感じで付き合うとか考えたことないからわからないけど……」
「なら付き合ってみようよ。もしかしたら付き合ってよかったってなるかもよ?」
「んー……。やっぱりごめん。そこまでして付き合う意味、私にはわからないや」
そこまで言われて、男子は沈黙する。
「ほんとにごめんね? 私が子供だから。やっぱり岡田くんには他に似合う子が」
岡田が一歩、神名に寄った。
足音が近い。
「それでも、オレは神名さんと付き合いたい」
「ご、ごめん。今日は」
「今日じゃなくてもいい。次でも。その次でも。いったん連絡先、交換しよう?」
神名が苦笑いをしながら手を前に突き出す。
笑顔は作っているが、だいぶ強張っているのが見てわかる。
「交換は、できない。ほんとに、ごめんね」
「なんで。いないんでしょ? 彼氏」
「いないけど」
「じゃあいいじゃん。オレ、神名さんみたいな子、他にいないって思ってる。ちゃんと大事にするから。けっこう本気なんだよ?」
岡田がさらに一歩、距離を詰める。
神名の背中がフェンスにぶつかり、金属音が屋上に響いた。
逃げ場のない屋上で、岡田の足音だけが耳に届く。
「近い、かな。ごめん、ほんとに」
「ごめんばっかじゃなくてさ。チャンスくれてもよくない?」
「やめよ? そういう迫り方、苦手なんだよね。ちょっと怖いよ?」
「オレだってこんなに言うの初めてなんだよ。だから」
また一歩、前に出た。
その時、屋上にジリリリリリという音が響き渡る。
岡田の肩がびくっと跳ねる。
神名がすぐさまポケットをまさぐり、スマホを取り出す。
「っ! ごめん、電話でるね」
「今?」
「うん、今。でるね」
岡田は口を閉じ、半歩だけ身を引いた。
神名がスマホを耳に当てたのを確認して。
「適当に喋って逃げろ」
誰にも聞こえない様、口元を手で覆い、俺は囁く。
一拍。神名の目が見開かれ。
「あっ、そうだよね、ごめんごめん! ちょっと用事が長引いちゃってて……。うん、うん。いま行くから。ちょ~っとだけ待ってて」
神名は通話を続けたまま、男子のほうへ向き直る。
「ごめんね、そういうことだから。今日はほんとにありがと。じゃあね」
頭を下げ、踵を返す。
男子が一瞬、手を伸ばしかけたが、顔をしかめて引っ込めた。
神名が屋上の扉を押し開けて姿を消すと。
「……チッ」
校庭から聞こえる生徒の掛け声よりも大きく、舌打ちが聞こえてくる。
直後、鈍い音が鳴った。
男子が扉に蹴りを入れた音か、そのまま憤った足音が屋上を出ていく。
俺は暫く呼吸を抑えて、時期を見てから息を深く吐いた。
「大変なんだな。人気者ってやつは」
独り言に応えるようにスマホが震える。
神名;3階の女子トイレの前に来て。お願い
短くそう書かれている。
教室で元気に振舞う神名、さっき男子に言い寄られていた神名。
面倒だと思いつつも。
「ここで見捨てるのは可哀想か」
よっこらしょっと。と声を出して、俺は立ち上がった。




