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クラスで人気者の明るい彼女は屋上ではオタクを楽しむ -クラスの盛り上げ役が、俺の隣でだけ素になる話-  作者: すなぎも


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第10話 神名美来はお仕事中

 朝の教室はまだ静かだ。会話は言葉が入ってこないほど小さく、誰かの欠伸の方がでかく感じる。俺は席に腰をおろし、教室を見渡してからスマホを取り出す。


「おはよ~おはよ~! はい、みなさんおはようございま~す!」


 ドアが開いて、神名が元気よく挨拶しながら教室に入る。すれ違う生徒に「おはよ」「そのヘアピン似合ってる!」と軽く声をかけながら、通路をすべるように進む。


「修二くんもおはよう!」


 神名の挨拶に、修二はボーっと窓の外を眺めて返事をしない。どこかうわの空、と言った感じだ。


「しゅーじくーん? おはよー! おはよーだよー!」


 元気な声に、修二がハッとして顔を上げる。


「ご、ごめん。聞こえてなかった。おはよう、神名さん」


「どうしたの? 調子悪い感じ? まだ朝だけど大丈夫そ?」


「オレは大丈夫なんだけど、カナが体調悪くてさ。朝連絡がきて、学校休むって」


「カナちゃんたまに休んでるけど。身体あんまり強くないのかな?」


「小さい頃から身体弱いんだよ、あいつ。いつものことだから大丈夫だってわかってるんだけど。一緒に休もうとしたら怒られちゃってさ」


 心配そうにしつつも笑顔を作る修二。

 神名は表情を和らげ、すぐにいつもの調子に戻る。


「彼氏なんだからしっかりしないと! 授業の内容、後で教えてあげたら?」


「そういうのはノゾミの方が得意なんだ」


「俺も出来る! ってところ見せてあげた方がカナちゃんも喜ぶんじゃない?」


「そ、そういうもんかな?」


「絶対にそうだよ! 私の事を想って頑張ってくれたんだって、カナちゃん喜ぶって! だから、しっかり気持ちを切り替えないと」


「そう、だな。わかった。切り替える」


 深呼吸を挟んで気合いを入れる修二に。


「そんな修二くんには、切り替えスイッチをあげましょう」


 神名はポケットから板ガムを一枚取り出し、修二の手にぱちんと置く。


「匂いはミント、眠気は追放、集中力は超倍増」


「ありがと。助かるよ」


 修二がガムを噛むと、肩の力が少し抜けたのが遠目にもわかる。


「しっかりね、修二くん!」


「おう」


「美来ー、ちょっといい?」


 花柳マミの呼び出しに、神名は「はーい!」と返事して、修二に親指でグッドを見せる。


「頑張れ彼氏! 成績がよくなったら私にも勉強、教えてね!」


「任せろ」


 神名は軽い足取りで友達が集まる場所へ。

 そこでも「おはよ」「前髪いい感じ」といい雰囲気を作っていく。

 

 気付けば朝の教室は賑やかになっていた。誰がこの雰囲気を作ったのかと言えば、明るく振舞う神名の仕業か。そんなことを思いながら、俺は机に突っ伏した。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 授業が終わり中休み。

 次の授業を確認しようと教室前に置かれた張り紙を眺める。視線の端には花瓶の水を替えようとしていた女子が、そっと持ち上げる。


 その瞬間、後ろで騒いでた男子2人が花瓶を持つ女子に衝突する。


「うわっ、ごめ」


 衝撃に、女子の手から花瓶が離れた。


 落ちる。


 心の中でそんなことをと思うが、身体は動かない。放り投げられた花瓶は宙を舞い――横から伸びた白い手がそれをキャッチする。思わず目を見張る程のファインプレー。


 だが、花瓶は逆さまになっており、水がばしゃっと辺りに跳ねる。花瓶をキャッチした名プレイヤー、頭のうえから水を被ったのは神名だ。


 首筋を滑り落ちた水が襟の中へ入り、シャツの布が肌に貼りついる。濡れた前髪が頬に貼りつき、俯いたまま身体を動かさない。


 教室の静けさの中で、神名の肩先から落ちる水音だけがはっきり聞こえた。


「っ……!」


 空気が固まる。やばい、という気配が一斉に教室を走った。神名は大きく息を吸い込み、それから顔を上げて、いつもの声量で笑った。


「濡れちゃったじゃーん! 水も滴るいい女、とは言わないんだけど!」


 安堵の息があちこちで漏れる。いつもの調子で明るく振舞う神名に、教室の緊張感がほどける。


 神名は男子の方へと詰め寄る。濡れた身体をを気にしながらも。


「ふざけるのはいいけど、狭いところで暴れるのはナシだよ! 今回は私がいたからよかったけど、花瓶が落ちたり、島田さんが怪我してたらどうしてたの!」


「いやほんとごめん。悪かった。島田さんもごめんね」


「いえ。わたしは大丈夫です」


「はい! じゃあこの件はこれでお終いってことで!」


「美来、タオル」


「ありがとマミ! めっちゃ助かる!」


「保健室いこ」


 花柳マミがタオルを神名の肩に掛ける。神名のシャツは濡れていて、その前に花柳が立ち周りの視線を遮る。


 そして、騒いでいた男子を下から睨みつけ。


「あぶねえだろ。周り見て騒げよ」


 ドスの効いた声に、男子が縮こまる。神名がタオルで前を押さえながら笑って花柳の肩を掴み。


「マミ、ありがと。大丈夫だから。後は任せたね、ノゾミちゃん」


 そう言って、神名は後列の星村ノゾミへウィンクをすると、ノゾミは静かに頷き前に出る。


「男子は床の水を拭いてください。島田さんは私と水を入れに行きましょう」


「あ、ああ。すぐに拭いとくよ。島田さん、ごめんね。ぶつかっちゃって」


「私は大丈夫です。でも、神名さんにはまた謝っておいてください」


 花瓶を持っていた女子が静かに言うと、ぶつかった男子が深く頭を下げた。


 星村が女子を連れて水道へ向かう。

 残った男子たちは雑巾を持って床を拭き始めた。


 なんとも言えない教室の雰囲気に。


「神名さんに助けられたな」


 雑巾で床を拭く男子に声を掛けたのは、からかうように笑う修二だった。


「いやマジで、下手したら怪我させてたし。助けられた~」


「ジュースぐらい奢った方がいいんじゃない?」


「ジュースか……。今度ご飯奢って誘ってみようかな?」


「ご飯に誘うって、狙ってんの? 神名さんのこと」


「お礼だよ、お礼。でも神名ってよくね? 可愛いし、気配りできるし、いつも明るくて元気だし。付き合ったら絶対楽しいだろ」


「だから人気じゃん。告られるって噂はよく聞くし、他の高校の奴にも声かけられてるっぽいし」


「そっかー。そうだよなー……。でも全部断ってるっぽいよな?」


「彼氏がいるって話は聞いたことないけどな」


「なら告ってみようかな?」


「今回のを機にってのは止めとけよ。花柳に睨まれたくなかったらな」


「そ、そうだな。奢りもジュースぐらいにしとくよ。花柳は怖いし……」


 そんな会話が聞こえてくる。


 気付けば教室が騒がしくなっていた。

 一難が無事に済んだのは神名のお陰か、或いはたまたまか。


 明るい奴としか認識してなかったけど。

 教室にいる神名美来が、少しわかった気がした。


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