第9.5話 反省会でも彼のこと -神名視点-
神名美来視点
家に帰って、玄関で靴を脱いだ瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
「まだお腹の中が甘さでいっぱいだよ……」
部屋に入り、ゆるゆるのパーカーとショートパンツに着替える。一息ついてから、私はベッドへダイブした。
「今日は派手な失敗はなかったよね?」
ごろん、と仰向けになる。白い天井を見上げながら、今日の反省会をひとりで始める。
あの変装が始まり。
キャップ深くかぶって、マスクして、サングラスをかけて。着替えた時は完璧な変装だと思ったけど、今思うと圧倒的不審者スタイル。
桐生くん、ちょっと引いてたもん。
「ひとりで行ってたら交番のお世話になって、クレープ屋さんに辿り着けなかったも知れない……」
まずは桐生くんにひとつの感謝。
「っていうか、屋上の誘いからクレープ屋まで。ほんとに全部付き合ってくれるんだ。優し過ぎるでしょ……」
昨日は深夜テンションで桐生くんを誘う計画を立ててた。一緒に好きなアニメのコラボクレープ屋に行けるって、断られるなんて少しも考えてなかった。けど、いま振り返ると無茶苦茶な誘い。私の一方的な我儘。
急いで帰る桐生くんを見た時は身体が冷えあがったし、屋上にしつこく誘った時も、泣きたいぐらい必死だった。逃げられた時は『桐生のバカ!』って思ったけど、結局は屋上に来てくれて、一緒にクレープ屋さんにまで行けた。
限定グッズをコンプしたい。でも、甘いのばっかりはさすがにキツい。そんなワガママに、桐生くんは文句言いながらも付き合ってくれた。
『食べられなかったら桐生くんが食べてくれるだろうし!』
『無責任が過ぎるだろそれは』
『でもご飯は食べて来てないんだよね?』
『それはまあ。約束通り腹は空かせてきたけどよ』
思い出しただけで、口元がゆるむ。
「文句を言いつつちゃんと優しいの。ずるいよねぇ……」
ベッドの脇に放り出してあったスマホを手に取る。
ロックを解除して、さっきのトーク画面を開く。
『今日はほんとにありがとね! 凄い楽しかったよ!』
別れ際に送った私のメッセージ。
その下に並ぶ、桐生くんからの一文。
『お疲れ。またな』
「ふふっ。かなり桐生くんって感じがする返事だ」
他の子だったらスタンプで済ませたり、もっとやりとりしたいって、質問してきたりするだろうけど。この簡素な文字の羅列が非常に桐生くんって感じがする。
一見すると冷たい文字なのに、それが桐生くんの返事だって意識すると、不思議と表情が緩んでしまうのはなぜだろうか?
たぶん桐生くんは、私の文字を読んでも、こんな風に思わないんだろうけど。
「それってずるくない?」
うつ伏せになって頬を枕に押し付ける。
ずるいのはそれだけじゃない。
帰り道。マミたちの声が聞こえた瞬間、気付いたら桐生くんの背中に隠れてた。キャップを深くかぶって、マスクをぎゅっと引き上げて。完全に「彼氏の影に隠れる彼女」ムーブ。
ドラマでも漫画でも、何度も見て来たシチュエーションだ。あれをしちゃったのだって、桐生くんの背中が大きいせいだからなわけで……。
「あそこで背中に隠れるのはしょうがないよね? だって他に隠れる場所なかったんだし。ああしないと私と桐生くんの関係がマミ達にバレてたと思うし……」
再生されるそのシーン。
『桐生って彼女いんだ?』
マミ、ほんとにそういう話し好きなんだから。
『友達だよ 』
即答。ためらいも、茶化しも、嘘もない。呼吸をするような一言。
それが当たり前のことで、世界の理のような真実。
「友達、だよね」
声に出してみると、なんとも言えない気持ちになる。
安心したのは確かだ。そこで「彼女」なんて言われたら、それはそれで困る。マミがそんなことを聞いたら、意地でも背中に隠れていた私の姿を確認したがるに決まってる。そしたら、明日からの学校生活は地獄モードだ。
だから、「友達だよ」で正解。
「正解なんだけどなぁ……」
自分でも、なにに不満を感じているのかわからない。桐生くんは正解の返事をしてくれたのに。でも、聞いた瞬間の、じわっと広がる妙な違和感だけは、はっきり覚えている。
それは、今まで感じたことがないモヤモヤだ。
「アニメとかドラマ見過ぎて、憧れちゃってるのかな?」
ラブコメ? いやいや。そんなわけない。ただ、ちょっとだけ他のクラスメイトと違う枠に入ってきてる気はする。私の趣味を知ってるっていう点で、出会った瞬間から特別な枠にいるわけだけど……。
『こんなの、桐生くんにしか頼めないの!』
あんなこと、他のクラスメイトには言ったことない。
『俺をオタ活に使うな。自分で行けるようになれ』
『使ってないもん。一緒に行きたいって思ったのは本当だから』
あのやりとりを思い出すと、顔から火が出そうになる。
「考えがそのまま出過ぎちゃっててやばいよ。もうちょっとクラスモードの私を出して自制してがないと。でもそうすると、中途半端な変な私が出来上がって、よけい変な事になっちゃいそうだし……」
枕を抱きしめたまま、ベッドの上で一回転。
ジタバタジタバタ、足が止まらない。
「はぁ」
「好き」とか「恋」とか、そういうでっかい言葉でまとめると、なんかしっくり来ない。ただ、クラスの誰より一緒にいると楽なのは確かで、アニメの話も、オタク妄想も、そのまんま出せる相手って意味ではやっぱり特別。
腐った方向の話をしても、ちょっと引きつりながらも聞いてくれるし。
それに。
「背中、大きかったもんなぁ」
純粋に、大きい。頼りになると思ってしまった。
人気がない場所だったらそのまま抱き着いてたかも。
「桐生くんのこと、オタ活仲間としてちょっと贔屓するぐらいなら、許されるよね?」
壁に貼られたコウヨウちゃんからの答えは返ってこない。代わりに、スマホの画面がふっと明るくなった。
通知。心臓が、反射的に跳ねる。
開いてみれば、友達が集まるグループトーク。さっきすれ違った、マミ達がドラマの話で盛り上がっている。
「あ、そういえば、予習サボってた。ドラマ見ないと」
現実に引き戻されて、思わず苦笑する。
「ま、いっか。今日はクレープと桐生くんのことで、脳の容量いっぱいだし」
ドラマの予習は、明日の朝にでもまとめてやる。そう心の中で決めて、私はスマホの画面を閉じた。その代わり、トーク履歴の一番上にある「お疲れ。またな」を、もう一度だけ見つめる。
「そうだ! 今日のグッズ、飾っちゃお。どうやって飾ろうかな~? ぴっき~ん、閃いた! さすがは私。これをすれば桐生くんも喜ぶぞ~」
ドラマも見ずに、私は部屋の改造に着手した。




