第9話 オタ活の相棒
店を出ると自動ドアが閉まる。夜の街並み、駅前の人込みでアニメ空間に慣れていた視界が一気に吹き飛ぶ。
手提げ袋の中で、銀色の小袋がこすれてさらさらと鳴った。神名はそれを胸の前で鞄を大事そうに抱え、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「ふふーん。コンプの音が聞こえるね、桐生くん」
「いや聞こえねえよ。脳内SEやめろ」
「コンプのトロフィーを得たのは私だけだから、桐生くんに聞こえないのは当然かな?」
「はいはい、おめでとさん」
甘さによる気持ち悪さと、腹のきつさでウキウキの神名と言い合う余裕はない。
駅前の時計塔の針はは21時を少し回っていた。神名は目深にキャップをかぶり直し、マスクをつける。外したサングラスは、さすがにしまったままだ。
「念のために帰りは変装モードで。……あっ、ほら見て。モミジちゃんのポスター、夜だと色が映えるね」
「歩くときは前を見ろ。転んでグッズを地面にばら撒きたくなかったらな」
言ってるそばから段差に足を引っかけてよろめく神名をそっと支える。
上目遣いに「えへへっ。ありがと」と言う神名にため息を漏らす。
「帰るまでが遠征だ。しっかりしろよ?」
「大丈夫! 私にはコウヨウちゃんとモミジちゃんが付いてるからね」
そんなやりとりを続けていると、前方から女子の笑い声が近づいてきた。5人のグループ。どこか見覚えのある顔に、横目で彼女達を確認する。
神名の足が止まった。すぐさま俺の斜め後ろへ回り込み、キャップのつばを深く下げる。身を隠すように背中に身体を押し当てられる。
「どうした?」
「マミ達だよ。絶対にバレちゃダメだからね」
確認するためにそちらを見ると、グループの先頭にいた子と目が合った。
花柳マミ。神名とよく一緒にいる女子だ。
話したことはないが、相手も俺の事を認識していたのか。歩きながらもこちらをジッと見つめている。距離が縮まり――そのまま彼女達は俺達の前を通過した。
ほっと息を漏らしたその直後、花柳だけが足を止めてこちらを振り返る。
「桐生って彼女いんだ?」
その声に、神名が背中に身を寄せる。
「友達だよ」
果たして背中に隠れているのが神名だと気付いているのかどうか。
「そっ。意外」
「自分でもそう思う」
「なにそれうける。じゃあね」
花柳それ以上、詮索してこなかった。肩をすくめて笑い、友達と肩を並べて賑やかな会話に戻って行った。去り際に一度だけこちらを振り返った。
「見覚えあるシルエットな気がするんだけど……」
喧騒にかき消される花柳の独り言。
彼女たちが人込みに飲まれて見えなくなったところで、神名が小さく息を吐く。俺の後ろからそろりと出てきて、キャップのつばを下げたまま花柳が進んだ方向を見つめる。
「……セーフ、だよね?」
「たぶんな。気付いた感じはなかったけど」
「ほっ。ありがとね、ほんとに助かったよ」
「特に何もしてないけどな」
「しっかり立っててくれただけでも感謝だよ。桐生の背中の大きさ、凄かったよ?」
「そう言ってもらえるならなによりだ」
「あと友達って誤魔化し方、非常にグッドだったね」
「不自然じゃなかったか?」
「合格です。花丸をあげましょう」
そう言ってから神名は一息ついて、壁に寄りかかる。隣に来いと言わんばかりに上目遣いを向けられたので、並んで寄りかかる。
「今日のこと、全部ありがとね。凄い我儘だったと思うけど」
「学校で絡んできた時はなにかあったのかって不安になったぞ」
「あははっ。私にとっては重要なことだったから……。昨日の夜なんて桐生くんが付いてきてくれるか不安で寝られなかったんだから。どうやったら一緒に来てくれるかいろいろ考えて。そしたら屋上にも行かずに帰っちゃうんだもん。凄い焦ったよ」
「それは悪かったな」
「ぜんぜん悪くない。それに、私に気を遣って屋上に来てくれたし。気を遣わせちゃって、迷惑だったよね?」
隣からの上目遣いを感じるが、俺はあえてそちらを見ずに、前を見続ける。
「気を遣ったって言うか、放っておけなかったっていうか。あんな、この世の終わりみたいな顔して落ち込まれたらな」
「そんな顔してた? 私」
「そりゃもう。あのまま放って帰ってたら、そのまま3日は立ち尽くしてたんじゃないかってぐらい絶望してたぞ?」
「そんなにだったかな? んー……。そんなにだったかも」
えへへ、と微笑む神名。
「でもしょうがないよ。それぐらい楽しみだったんだもん」
「クレープ屋で楽しそうにしてたもんな」
「うん、最高のコラボで最高のお店だった! それに」
神名がもにょもにょと小声になり。
「桐生くんとこれて嬉しかったっていうか……」
それを聞き、俺は冷静に返事を返す。
「初めて趣味の話しをできる俺とはしゃげて楽しかったか?」
「んー……」
神名は唇と微かに突き出しながら考えて。
「そうだね。同じ趣味を持つ桐生くんと遊べて楽しかった。だから、ありがとね」
お礼を言いながら、神名はすり足で距離を詰めて来る。
動けば肩が触れ合うような距離まで近づき。
「それで……。よければまた行きたいなー、なんて。アニメイトとか、映画館とか、聖地巡礼とか。桐生くんと、行けたら嬉しいんだけど」
もじもじと手を組んで、視線を泳がせながら呟く神名。
その言葉を聞き、夜風の温度に似合わず、俺も少しだけ熱くなる。このまま何も言わないと、変な方向に転がりそうだから。
「俺を使ってオタ活するな。自分だけで行けるように努力しろ」
わざと、少しだけ冷たく言う。
神名は一瞬きょとんとして、それから肩をすくめて笑った。
「使ってないよ。一緒に行きたいって思ったのは本当だもん」
「ひとりじゃどこにも行けないもんな」
「なんでそういうこと言うの! 本当は桐生くんだって私と遊べて嬉しい癖に!」
「はっ、言ってろ」
なんてあしらいつつ。
「ま。たまになら一緒に行ってやるよ。俺はわざわざ行こうって思うタイプじゃないから、こういうのも新鮮で楽しかった」
「っ! やった!」
神名の頬がほんの少しだけ赤くなる。
マスクの上の目尻が、柔らかく下がった。
「じゃあさ。連絡先、交換しない?」
「送り先がないアニメスタンプを意味なく送らないと約束するならいいぞ」
「た、たまには許してくれないかな? 送る相手がいないから寂しいんだよ……」
「じゃあたまにな? じゃないと内容確認しなくなるからな」
「了解しました! 知将、桐生くん!」
ビシッと敬礼する神名と連絡先を交換する。
すぐさまコウヨウちゃんが『よろしくねっ!』と微笑んでいるスタンプが押された。神名を見ると、嬉しそうにスマホの画面を見て笑っている。そんなやり取りをした後、駅の改札へと向かい。
「じゃあ。私はこっちだから」
「あいよ。またな」
「うん。またね」
ばいばーい。と手を振って別れる。
さて帰るかと歩き出したところでスマホが震える。
『今日はほんとにありがとね! 凄い楽しかったよ!』
振り返ると、遠くに神名が見える。
小さく手を振る彼女に、俺はスマホで答えることにする。
『お疲れ。またな』
それだけ返して、俺は家へと歩き出した。




