6.逃避行
「この辺りでいいかしら」
人気のない森にレイラは降りた。
すると持っていたホウキは煙と音を立てて消えた。
「収納魔法も使えるのか」
これも飛行魔法と同様、何となく理解が出来る。杖の知識として蓄えられていたのだろう。
「師匠に比べたら収納できる量は少ないけどね」
「まさか俺もしまわれるのか?」
あれを俺にされたらどうなるのだろうか。少し気になる。
「それは無いわね。杖をしまったら魔法が使えないから」
「この後はどうするつもりだ?」
逃げるあてでもあるのだろうか。
「町に行くわ」
どうやら町があるらしい。
「そういえば、さっきいた場所は何だったんだ?」
魔法の知識はあっても、この世界の地理に関する知識は俺には無い。
「あれは師匠の家」
「家?」
「家だったら何かおかしい?」
「それにしては町から離れすぎだろう」
上空に上がった時、あの建物以外の眷属物はなかった。つまり町から離れて一人で暮らしているという事だ。
「普通、魔女の住処は町からは離れてるのよ」
「なぜだ?」
「魔法の研究をしてると危ないのよ」
「どんな風に?」
「魔法の実験に失敗したら爆発したりするのよ」
だからあえて町から離れた場所に家を作っていたという事か。
「なるほどな」
「今のは知らなかった?」
「ああ」
「魔法の知識だけはあっても、この世界の常識までは杖に蓄えられてなかったのね」
「みたいだな。ところで、俺たちが町に行っても大丈夫なのか?」
「何か研究をするわけじゃないんだから大丈夫よ。魔女が町に入るだけなら問題無いわ」
「いや、そういう話ではなく、俺たちは西の魔女と敵対しているだろう。町の住人は東の魔女と西の魔女のどちらの味方なんだ?」
「西の魔女は反乱を起こしているけど、ほとんどの島民は彼女に賛同しているとは思えないわ」
「なら、町に入った瞬間捕まるような事はしんぱいしなくてもいいんだな?」
「それは状況次第ね」
「何か別の問題があるのか?」
「西の魔女が帝国兵を連れて来たでしょ」
東の魔女の家を帝国兵が襲ったが、あれは西の魔女の差し金だと西の魔女本人が言っていた。
「ああ、あの銃を持っていた奴らか。あいつらがどうかしたのか?」」
当然あいつらの事は覚えている。
「帝国兵がもう町を制圧してる可能性があるのよ」
「島全体を支配されてるのか?」
まさか東の魔女の家が最後の安全地帯だったという事なのだろうか。
「今の状況じゃどこが安全かなんて分からないわよ」
「島全体の状況を把握できていないのか?」
「そもそもこの島は四人の魔女が治めてるんだから、東の魔女の弟子としては、島全体の状況なんて把握してないわよ」
東の魔女と西の魔女には合った。話の中で南の魔女がいるのは聞いた。となると恐らく北の魔女もいるのだろうとは思っていたが、念のため確かめる事にする。
「東西南北の四人の魔女がいるって事か?」
「そうよ。四人の魔女がそれぞれ自分の土地を治めてる。他の領地には干渉しないのよ」
「なら、西の魔女が反乱を起こしたって言うのはどうやって知ったんだ?」
「西の魔女が帝国兵を招き入れたらしいっていうのは大きい話だったから、領地をまたいで噂が流れてきたのよ」
「なら俺たちがこれから行こうとしてる町は?」
「安全と言う保障はないけど、それは他の町に行っても同じよ」
「どこに行っても同じか」
「そう。だから近い町に行くの」
それならまずは一番近い町にとりあえず身を潜めたほうが良いという事か。
「なら西の魔女を倒すというのは?」
「いきなり戦って勝てる相手じゃないわよ」
ダメ元で聞いてみたが、魔女の弟子であったレイラと西の魔女が戦っても勝てる見込みが低いというのは本人も認識しているようだ。
「ならずっと逃げ回るのか?」
「出来れば師匠の仇を討ちたいけど、そんな簡単に勝てる相手じゃないわよ」
正面から戦っても勝てないのは分かっていても、師匠の仇を討ちたいという気持ちはあるようだ。
「ならどうすれば勝てる?」
何か勝つ作戦でも考えているのだろうか。
「それは町に着いたら考えるわ」
どうやらまだ考えてはいない様だ。
「西の魔女は追ってくると思うか?」
ならば今はどうやって西の魔女から逃げるかを考えていた方が良いのかもしれない。
「私があなたを持っていると知ったら追ってくるでしょうね」
西の魔女は俺の事を欲しがっていた。墜落した東の魔女を追ったのもそれが理由だろう。
「やっぱりそうなるか。そもそも西の魔女は俺を破壊しようとしているんだ?」
理由ぐらい知っておかないと万一壊されても成仏できない。
「あなたや師匠に個人的な恨みがあるというよりも、魔法が嫌いって事だと思うわよ」
「魔女なのに?」
魔女とは魔法を使う存在だと思うが、魔法が嫌いになるというのがあるのだろうか。
「むしろ、魔女だからこそ、魔法絡みでいろいろあって魔法が嫌いになったって事みたいよ」
「そうか、俺が召喚されたから狙いに来たって訳じゃないんだな」
「そうよ。西の魔女がどこまで師匠の研究について知ってるのか分からないけど」
個人的な恨みではないにしても、俺を破壊しようとしている事に代わりは無い。どこかで戦う事は避けられないだろう。
ここでふと一つの疑問が湧く。
「西の魔女以外にとって、俺がこの世界にいるのはマズイのか?」
西の魔女が俺を壊そうとしているのは分かったが、それ以外の魔女にとって俺と言う存在はどう映るのだろうか。
もしかして俺を危険視しているのは西の魔女だけではなく、俺を召喚した東の魔女の方が異端であり、他の魔女も俺を見たら破壊しようとするという事はあるのだろうか。
「そんな事は無いわよ。他の魔女の研究成果を破壊するなんて。西の魔女だけ特殊な考え方をしているだけよ」
「ならいいが」
「私からすれば師匠の研究成果だし、破壊する方がどうかしてるわ」
東の魔女の弟子であるレイラからすれば、師匠の研究成果である俺を破壊するような理由は無いか。
「この島には魔女が居て、ほとんどの者は魔法に好意的なんだよな?」
「そうよ」
「でも西の魔女は魔法に否定的な考えなのか」
「そう説明したでしょう」
「西の魔女が反乱を起こしたのは魔法が嫌いになったからなんだよな?」
「憶測だけど、それで合ってると思うわよ」
動機は西の魔女の気持ち次第だ。レイラとしては状況から予測はできても、それであっているという確証は無いのだろう。
だが今はそれでいい。とりあえず話を進めよう。
「つまりあいつは一人で、島全体を敵に回したって事か?」
西の魔女は魔法が嫌いだが、そう思っているのが彼女一人であれば、西の魔女の反乱に加担はしないだろう。
「一人と言うか、帝国を引き込んだんだけどね」
「帝国とはなんだ?」
俺たちの元にも、二の魔女は帝国兵と共に現れた。
西の魔女と帝国が手を組んでいるのは間違いないだろうが、そもそもこの島にとって帝国というのがどういう存在なのか、俺は知らない。
「ああ、それも知らないのね。この島の外にある国で、魔法を嫌ってるのよ」
「何故だ?」
俺からすれば、魔法が嫌いと言う感覚が理解できない。
「魔法が使えるのはこの島だけだからね」
「そうなのか」
その情報は俺にとっては初耳だった。
「まあ、この島の魔女も、島の外に出ても魔法は使えないから、私たちが帝国を侵略する気はないんだけど、自分たちが使えない魔法を私たちが使えるのが気に入らないみたい」
「帝国の人間がこの島に来ても、魔法が使えるようにはならないのか?」
「ならないわよ。魔法が使えるのは、この島で生まれ育った者だけ。外部の人間がこの島に来たからと言って魔法が使えるようにはならないわ」
「西の魔女の最終目的は?」
「さあね、帝国を従えて南の魔女を襲ったし、師匠も襲われたし、残る北の魔女も襲うつもりなんだろうとは思うけど」
「自分以外の三人の魔女を倒したとして、その後どうするつもりなんだ?」
「それは本人に聞かないと分からないわね」
西の魔女が反乱を起こしている事は知っていても、その最終目的までは分からないか。
「杖が破壊されたら俺の意識はどうなるんだ?」
万一西の魔女が杖の破壊に成功したらどうなるのかが気になってきた。
「それって、杖の知識として蓄えられてないの?」
「そういえばそうか」
魔法の知識は杖に蓄えられている。
だとしたらレイラに聞かなくとも、既に俺の頭の中に入っているかもしれない。
「考えたら分かるんじゃない?」
「魂を杖に憑依させてる以上、憑依先である杖が破壊されたら魂も剝がされる…のか?」
なんとなく、そんな知識が浮かび上がる。知らないはずの知識が頭の中に入っているというのは不思議な感覚だ。
杖になった以上、頭と呼べる部位はもう存在しないのかもしれないが。
「私もそう聞いてるわ」
東の魔女の弟子だけあり、ある程度の事情は把握しているようだ。
「それって死ぬって事だよな?」
元の世界の俺は死んでいて、魂だけこの世界に召喚され杖に宿った。その杖から魂がはがれるというのは死を意味する。そこまでも杖に知識として蓄えられていた。
「そうなるわね」
「なら西の魔女に会う訳にはいかないな」
杖の体になったとはいえ、生きている以上は死ぬつもりはない。
「私もあなたを渡すつもりは無いわ」
そう言ってくれると心強い。




