4.敗走
「何だあれは」
それを見た俺は思わずそう言っていた。
「え?」
爆発の音が聞こえたのか、レイラが進路を変えずに自分の肩越しに二人の様子を見ながらそう言った。
完全なよそ見運転になるがここは上空だ。
他の何かにぶつかるという可能性は考えなくていいのだろう。それよりもあの爆発の正体が気になる。
「あれは、煙幕か?」
炎というよりも煙が出ただけのように見える。
とても殺傷能力があるようには見えない。
「煙幕? そんなものでなにをするっていうのよ」
「目くらましか?」
「だったら逃げる必要なんてなかったのかもね」
そう言いながらも、レイラは東の魔女に言われた通りに、東の魔女達から距離を取るように飛行を続ける。
遠目にはあの煙が広がった場所は、まるで煙か霧のように見えた。
そんな感想を抱いた直後、声だけの存在に言われた言葉を思い出す。
「なあ、あれって霧のように見えないか?」
「別に煙幕でも霧でも、目くらましににしかならないって意味では大差ないでしょ」
あれがただの目くらましならそうだろう。
だが、さっきの声だけの存在に言われた物と同一だったとしたら、話が変わる。魔法を封じる力がある可能性があるからだ。
そんなものを空を飛んでいる状態で浴びたらどうなるのか。
「おい、あのままだとマズイんじゃないのか」
あれで南の魔女を捕まえたと言っていた。
もし俺の予想があたっているのであれば、あのまま戦わせたら東の魔女は
南の魔女と同じ末路を辿る事になる。
「助けに戻ったら師匠の言いつけを破る事になるわ」
レイラに戻る事を提案するが受け入れられなかった。
そんな中、霧の中から東の魔女が出てきた。
いや、様子がおかしい。霧から下へとまっすぐに降下している。落ちていると言ってもいいのかもしれない。
とはいえ降下したという事は霧から抜け出したという事だ。なんとか持ち直したように見えた。その結果、東の魔女は落下を止めるために完全に空中で制止する事になった。
西の魔女は、東の魔女がそうなる事を分かっていたのだろう。
体制を立て直そうとしている東の魔女に、西の魔女が放った火の玉が狙いすましたように直撃し、爆発した。
「師匠!」
それを見たレイラの口から悲痛な叫びが上がる。
爆煙が尾を引きながら、東の魔女が地上に落ちていく。
それがよほど衝撃的だったのか、レイラは急停止をしていた。
「おい、戻る気か?」
東の魔女は逃げろと言っていた。このまま戻るのが正解なのか。
恐らく実力的に今のレイラが正面から西の魔女と戦っても勝てる見込みは低い。
「戻らない、わよ」
レイラは唇をかみしめて、前を向いて再び前へ進み出した。
西の魔女は俺たちを追うよりも、墜落した東の魔女の様子を確認しに行った。東の魔女の予想通りだ。
レイラと東の魔女は師弟関係にあるらしいが、それ以上の事は今の俺には分からない。
だがこの反応を見ればレイラが東の魔女を慕っている事は分かる。
今は心の整理に時間が必要なのかもしれない。
●
しばらく空を飛んでいたが西の魔女が追ってくる様子はない。
そしてレイラも地上に降りる気配はまだない。
自分の師匠が倒されるところを目撃し、レイラは傷心だろうがいつまでも黙っているわけにはいかない。
「今どこへ向かっているんだ?」
色々と状況を整理する必要があるが、まずはどこに向かっているのかを知りたい。
「安全な場所よ」
レイラの声色から気分が落ち込んでいるのは分かるが、それでも会話をする事はできるようだ。ならば話を続けさせてもらおう。
「いや、もっと分かるように説明してもらわないと分からないな。一体ここはどこなんだ?」
そもそも先ほども東の魔女が説明している間に帝国兵が襲って来たせいで最後まで話を聞けなかった。
「そういうあなたこそ、本当に別世界から来たの?」
先ほど東の魔女にはそう説明したが、レイラはまだ疑っているようだ。
俺を召喚した東の魔女はある程度事情を把握していたようだが、弟子であるレイラは召喚魔法についてはあまり詳しくないのかもしれない。
俺がどこから召喚されたのか疑っている。
「ああ。俺のいた世界には魔法は無かった。だから俺にとってはここは異世界だと思う」
「魔法を知らないし、魔女を知らない?」
「俺の世界では概念としてはあったが、実在はしないかった」
「あなた一体誰なの?」
「いや、誰って…」
てっきり分かっているのかと思ったが、自己紹介からしないといけないのか。
もしかするとあの師匠と呼ばれていたほうなら事情を把握していたのかもしれないが、今それを言っても仕方ないだろう。
「俺の居た世界には魔法は無かったっていうのは信じてもらえるか?」
「信じてもいいけど、その説明だけだと帝国も当てはまるわよ。帝国に居たって事じゃないの?」
レイラは俺が召喚されるところを見ていたのだ。おれが召喚によって呼び出された存在という認識はしている。
問題はどこから来たのかという事だ。
「いや、実際に魔法が使える奴は俺の国の外にもいなかった。だからそもそも別世界に来たんだと思う」
ホウキにのって空を飛ぶ事ができるようなレイラにとっては、魔法の無い世界というのが想像できないのだろう。
「本当に人間?」
「ああ」
そういえば、俺が人間のころどんな姿だったのかをレイラは知らないのか。
「性別は?」
「男だ」
「声は男っぽいけど、杖なっても性別とかあるの?」
そういえば、自分の声は人間であったころとさほど変わりは無い。だが俺の人間の姿を知らないレイラからすれば、俺が男である事は信じられないらしい。
「人間だった頃は男だったからな。今でも男であるつもりだ」
今は杖の姿になっているとはいえ、杖の姿になったばかりであり人間の姿でいた時間の方がはるかに長い。
杖になった瞬間自分の性別を忘れられるかと言われれば、そうでもないというのが今の俺の実感だった。
「だったとしても今はもう杖でしょ」
「俺に性別があるのが気に入らないのか?」
それとも俺が男である事が気に入らないのだろうか。
「そうじゃないけど、本当にこの島の事知らないのね」
「何の話だ」
何かこの島特有の文化でもあるのだろうか、。
「私は魔女の弟子だから魔法が使えるっていうのは分かるわよね?」
「ああ」
レイラが魔女の弟子というのは先ほど聞いた話だ。
「因みに魔女になれるのも、魔女の弟子になれるのも女だけなのよ」
「男の弟子を取るとまずいのか?」
魔女と言うからには、女しかなれないだろうとは思っていたが、魔女の弟子ですら男はなれないというのは何か理由があるのだろうか。
「まずいというか、そもそもこの島で魔法が使えるのは女だけなのよ」
「なるほど」
「だから杖から男の声がする事に、違和感があるだけよ」
そういう事か。
「ええ、別に男が嫌って訳じゃないけど」
「ならわざわざ性別なんて確認しなくてもいいだろう」
何かまだ他に理由がある気がする。
「それに、魔女は杖を肌身離さず持ち歩くから…」
レイラは何か言いにくそうに言葉を濁した。なんとなく俺は理由を察したが、このまま放っておいてもいずれはその時が来る。
ここははっきりさせておいた方がいい。
「例えば風呂に入る時もか?」
「…そうよ」
答えるまでに若干間があった。
あまり答えたくない話なのかもしれないが、だからといって、俺の事をずっと持ち歩くつもりならいつまでも避けては通れないという葛藤が伺えた。
「そんなに片時も杖を手放せないのか?」
「私は杖が無いと魔法が使えないのよ」
目の悪い奴が風呂に入る時でも眼鏡をつけるような感覚なのかもしれない。
「まったく使えないのか?」
「そうよ。魔法の腕が上がれば杖無しで使えるようになるけど、杖が無いと効果が弱まったり範囲が狭くなったりするのよ。でもあたしはまだその域には到達してない」
劣等感の滲み出ている言い回しだ。気にしていることだっただろうか。
とはいえ俺はこの世界の常識を知らない。
最初はある程度の事はこの世界の住人に聞くしかない。
「俺を渡される前に使っていた杖は?」
「あるけど、師匠から渡された杖を放ってはおけないわよ」
どうやらレイラは俺という存在にある程度の価値を見出しているらしい。
西の魔女は先ほど俺を破壊しようとしていた。
「西の魔女から俺を守るためか?」
「それもあるけど、師匠から杖を託されるっていうのは、魔女の座を譲るっていう意味があるのよ」
杖を渡した時、東の魔女が一時的に杖を隠すためだけに渡したのか、自分が死んだ後の事まで考えて渡したのかは本人に聞くしかないが、それはもう無理なことかもしれない。
「なら今のお前はもう東の魔女なのか?」
東の魔女の生死には触れず、とりあえずレイラの意志を聞いてみる」
「それは分からないわ」
「分からない?」
「本当は他にも色々手続きがあるらしいけど、詳しい話は私もまだ把握していないわ。私は弟子側だったし」
「お前以外の弟子は?」
なら他の弟子に聞いてみるという手がある。
「いないわよ。師匠の弟子は私一人」
「そうだったのか」
まだ東の魔女が死んだと決まった訳ではない以上、下手な言葉をかける事はできない。そう考えると無難なあい相槌を打つ事しかできなかた。
「だから、私があなたを守るしかないのよ」
「そうか、頼んだぞ」
少なくとも、西の魔女は俺を破壊しようとする意志があり、レイラはそれから俺を守るという意思がある。
今はレイラを信じたほうがいいだろう。
「あなた、私の姿見えてるのよね?」
一通り説明が終わったと思ったのか、今度はレイラが俺に質問をしてきた。
「ああ」
「自分で動く事はできる?」
「いや、それは無理だ」
何度か俺の体、つまりは杖を動かそうとしたが、全く動かない。会話はできても自分で動くことはできないらしい。
「なら変な事をされる心配は無いわね」
「別に動かせたとしても、お前に何かをする気はないが」
俺とレイラは先ほどあったばかりだし、今そんな事を言っても信じてもらえないかもしれないが。
「どうせもう人間じゃないし、気にしない事にするわ」
それは喜んでいいことなのだろうか。
余り変な事は言えないが、レイラが俺を手放す気が無い事だけは確かだろう。




