魔石の子ら 6
ほどなくルドラによって決め球を封じられた地竜が倒れた。
水竜は、最後に大きな鉤爪でバルトを攻撃し、諦めたのか鳴き声を上げると飛び去っていった。
「ぐ、熱い……な」
――ああ、致命傷か。
腹部の裂創。
解放された圧力とともに何かがズルズルと勢いよく飛び出してくる。
そういえば、バルトは先ほど治癒魔法をかけようとしたメリーナに、致命傷のときは言うからと命じたが……。
――致命傷のときには、そうであると言えない可能性が高いのか。
放物線を描いて吹き飛ばされ地面に頭を強打し、バルトの意識は途絶えた。
残されたのはまるで愉快犯による犯行現場のような惨状だ。
子どもたちは青ざめて震えていた。
最初に声を上げたのはルビーだった。
「メリーナ!! 早く隊長殿に治癒魔法っ!!」
「――両足が逆についてしまった男の話知ってます?」
「え?」
緊迫した現場にそぐわないのんびりとした声。
ルードニックがいち早く動き、その声の主の首元に刃をあてる。
だが、声の主は害意はないのだとでもいうようにすでに両手を胸元まで軽く上げていた。
茶色の髪に緑の瞳。
王国ではよく見る色合いだ。
特筆すべきは、彼が糸目であるということであろうか。
「誰だ、貴様」
ルードニックの声は低い。
だが、男性は動じることもない。
「お金が大好きなしがない商人ですよ。ほら、死んじゃいますから、早く準備を済ませて治癒魔法かけましょうよ」
「――邪魔したのは貴様のほうだろう」
「待って……」
声を上げたのはメリーナだった。
彼女は冷え切った夜の月のような瞳を彼に向ける。
「――オルセイ・ロードイア。あなたに任せるから早くして」
「さすが、聖女様はわかっていらっしゃる」
オルセイは、トランクから透明な膜と瓶を取り出す。
取り出した膜が、彼の両手を手袋のように覆う。
「では、聖女様はそこの瓶の液体を飛び出た物に振りかけてください。グロテスクなのは平気ですか」
「問題ないわ……見慣れているもの」
ルードニックが剣を納める。
メリーナが飛び出してしまった部分に液体を振りかける。
「汚れたまま戻すと、さすがの不死身の生還者でも回復できないかもしれませんからねぇ」
オルセイは飛び出ていた内容物を両手で押し戻した。
「はい、今です」
メリーナが両手を組むと、月光のような柔らかな光が彼女を包み込んだ。
光はメリーナの前に集まって、小さな満月のような球体を作り上げた。
直後には分裂し小さな光の粒になり、バルトへと集まっていく。
「これはこれは――近年では最高水準」
「……っ」
メリーナが地面に両膝をついた。
「大丈夫ですか?」
「問題ないわ」
だが、メリーナの顔は蒼白だ。
――魔力は無尽蔵ではない。
使えばなくなってしまう。
それに、魔力が強いものは無意識に生命活動にそれを使っているという。
バルトはこの状況を予測して彼女に指示を出していたのかもしれない。
だが、そのことを聞こうにも彼は完全に意識を失っている。
「おっと、二番目の壁を守護していた魔石所持者が一部応援に駆けつけたようですね。壁に開いた穴の修繕もなんとか終わったようです。戻りましょう」
オルセイがバルトを引きずって馬車へ連れて行こうとしている。
だが、重くてなかなか上手くいかないようだ。
「ルビーが手伝う」
背が低いからバルトを全て持ち上げることはできないが、ルビーのほうがオルセイよりもよほど力がある。
ルビーは、あっという間にバルトを馬車まで引きずった。
ルビーはバルトを投げ込むように馬車の荷台に放り込むと、仲間の元に駆け戻った。
「ルドラ……行くよ」
「……」
ルドラは茫然と虚空を見ている。
だが、ルビーが騒ぐことはない。
もしかすると、何度もこういったことがあったのかもしれない。
ルビーは小さな手で、同じ大きさのルドラの手を握って引き寄せた。
「帰ろう」
子どもたちは皆、複雑な表情を浮かべている。
それでも、ルビーが歩き出せば、皆押し黙ったまま歩き出した。
後世の歴史書には、この日の初陣がだいぶ脚色されて語られることだろう。
だが、子どもたちが彼らの上官よりも活躍する日は、まだずいぶん先のことになるはずだ。




