魔石の子ら 5
迫り来る魔獣はどれも、狼に似通った姿をしていた。
「侵入したのは――低位の魔獣か」
高位になるほど姿は異形のものとなる。
伝説に残された姿形――子どもたちを選んだ魔石はそれらの魔獣から採取された。
――改めて考えれば、魔獣に選ばれたようで気分が悪くもある。
だが、今考えるべきなのはそのことではなかろう。
「行くぞ、ルードニック」
「はい、隊長殿」
先ほどまで震えていたルードニックだが、ある程度の覚悟は決まったようだ。
彼のロングソードには魔石がはめ込まれている。
戦い方は、魔導具であるロングソードが教えてくれることだろう。
一方、バルトが手にするロングソードには、魔石がはめ込まれていない。
魔石がはまっていたはずの台座部分は空になっている。
バルトが剣を振るえば、ヒュンッと軽やかな音だけが響き渡る。
響き渡るのはドサリドサリと魔獣が倒れ込む音と、逃げ惑う鳴き声だけだ。
辺り一面が血の海になるが、バルトは血しぶき一つ浴びていない。
まるで剣と一帯になったように、舞うようにバルトは戦う。
ルードニックを除く子どもたちは、残酷で美しいその光景をただ見つめていた。
覚悟を決めたのか。ルードニックは一匹だけ魔獣を斬った。
動き自体は軽やかであったが、彼は血を盛大に浴びて顔を赤く染めた。
「――さて、これで終わるとも思えないが」
「不穏なこと言わないでください。隊長殿」
ルードニックの顔は少し引きつっているようだった。
そういえば、バルトはよく周囲から『いかにもこのあと死にそうなことを言うな』と注意されていた。
バルト本人にはその感覚はよくわからないが、周囲からすると彼の言動がそのように感じるらしい。
だが、彼は生き残り続けている。不死身の生還者という二つ名がついてしまうほど。
バサバサと羽音が聞こえてきた。
北の方向から何かがこちらに近づいてくる。
「壁の中に戻れるか」
「空が飛べる相手に、無意味です」
空を飛んできたのは青みを帯びた体躯の竜であった。
竜は知性が高く、魔獣の中でも高位の存在だ。
恐らく二つ目の壁を無効化して魔獣を侵入させたのは、この竜だろう。
「水竜か……」
竜は基本的には、魔石の所持者複数名で討伐するような魔獣だ。
それでも怪我人や死者は避けられないだろう。
「魔石所持者の数だけは多いが――ルードニック、壁際に下がれ」
「しかし」
「他の子どもらを守れ、命令だ」
「……承知いたしました」
誰かを守りながら戦おうとすれば、格段に勝利を手にするのが難しくなる。
せめて一カ所に固まっていなければ、守りようもない。
バルトは短く息を吐くと、大きく跳躍した。
鱗と剣がぶつかると、硬質な音が響き渡る。
だが、ダメージが通らないわけではないようだ。
バルトは目に見えないほどのスピードで、竜へ連撃を浴びせる。
しかし、次の瞬間バルトは攻撃をやめて子どもたちの元へと走り出した。
竜の後ろから閃光が子どもたちに向けて発せられる。
「二体――しかも、俺を無視か」
バルトは、とっさに子どもたちの前に躍り出た。
閃光が一際目映く光って弾けると、周囲には強い風が吹き荒れて土煙が舞い上がり視界を奪う。
「隊長……殿?」
震える声はルビーのものだ。
ルドラとよく似た声の質だが、若干高い。
竜はルビーを狙った。
彼女が持つ火竜の魔石に興味を示したのではないか……バルトはそう思った。
「大丈夫か」
「隊長殿――腕が」
「剣を握らないほうの手だ。問題ない」
間に合わないとわかるや、バルトは左腕を犠牲にして攻撃をいなした。
魔石保持者の体は通常よりも頑強だが、バルトの腕は焼けただれている。
白く見えている部分は骨であろうか。
ルビーは涙目だ。
だが、泣いている場合ではないと思ったのだろう。
鼻水をすすって泣くのを我慢している。
「よし、良い子だ。ここを動くなよ」
バルトは自身の状況も顧みず、ホッと息を吐いた。
ここで混乱してバラバラに逃げられでもしたら、守れるものも守れない。
「――エンデローグ卿、今治癒を!」
「不要だ! 致命傷だったら言う。魔力を温存しろ」
メリアーナの言葉にバルトは厳しい声音で返答した。
「そんな――」
「隊長殿!」
叫び声はルドラのものだ。
その直後、ビュンッとバルトの真横を何かが通り過ぎていった。
矢は、地竜が閃光を吐き出そうとしたその口に真っ直ぐに飛んだ。
空を飛ばない地竜は、足が短く太い尾を持つ。
だが、移動スピードは人の何倍も速い。だが、攻撃の瞬間は動きを止める。
それはルドラによる攻撃だった。
矢は、次の閃光を相殺し消えた。
「……ルドラ」
「守らなきゃ、守らなきゃ、守らなきゃ、守らなきゃ、守らなきゃ」
だが、彼女の様子は少々おかしい。
瞳からは光が消えて、ただ魔獣だけを見据えて弓を構えている。
「……みんないなくなっちゃうの」
恐らく彼女は火竜と風竜が王都を襲ったときのことを思い出したのだ。
だがこれ以上、彼女の心情に寄り添う余裕などバルトにあろうはずがない。
バルトは再び駆け出して、竜に攻撃を浴びせる。
舞っている血しぶきが一体誰の物なのか、攻撃するたびにバルトがボロボロになっていくものだから、誰にも判別しようがない。
空気を切り裂くように戦うバルトのすぐ横を通り過ぎ――ビュンッ、ドシュッ……と音がする。
ルドラが矢を射っているのだ。
彼女自身の技能というよりは、魔導具のアシストによるものだろうが……いかにも正確だ。




