魔石の子ら 4
だが、子どもたちの表情はバルトの予想通りだった。
「……それもそうか」
少なくともルードニック、ウォルフ、ルビーとルドラの表情には魔獣への憎悪が浮かんでいた。
彼らは魔獣の襲撃から生き残った者たちだ。
彼らはまだ幼く自ら戦いを志願したわけではないが、戦う理由がないわけでもない。
「このあたりは――変わりない」
「そうか、ウォルフはここに暮らしていたんだったか……」
ウォルフがポツリと口にしたとおり、このあたりの建物は壊れることもなく残っているし、王都に入れない貧しいものたちはこの辺りで暮らしている。
王都にいるのは、貴族と能力を認められる一部の庶民……あとは、金を持っている者だけだ。
魔獣が現れれば騎士が討伐するが、その間に命を落とす者は後を絶たない――だが今の所、王都の壁の中には魔獣で命を失う者はいない。
――明確な命の選別がここにある。
ルードニックは、バルトと故郷を同じくする庶民だ。
彼の村は十年前に魔獣の襲撃により消えた。
その頃、彼はまだ三才だったが記憶に残っているのだろう。
裕福な商人の息子であったため、彼は王都の中で暮らしていた。
まこと偶然であるが、逃げ延びる途中に魔獣から彼を逃したのが当時騎士団養成所の訓練生であったバルトであった。
ウォルフは、九年前まで二番目の壁の内側に暮らしていた。
二番目の壁が魔獣の進入を許した日、彼はまだ二歳であった。
しかし、王都は生き残った国民全員を収容する力がなかった。
両親を失ったウォルフは妹と共に王都の壁の外にある孤児院で暮らしていたが、三年前の魔獣の襲撃により妹と仲間を失った。駆けつけたバルトにより、彼自身は命を助けられたが……天涯孤独の身の上となった。
あのときバルトが討伐した魔獣グリフォンから採取された魔石は、奇しくもウォルフを選び……彼は王都で暮らすことになった。
ルビーとルドラは、九年前は生まれてすらいなかった。
母のお腹にいた彼女たちは、彼女たちが王都近くまで避難する旅の途中で生まれた。
幼い彼女たちの日々のほとんどは、魔獣から逃れる長く苦しい旅にあった。
避難所を転々とし、少しの間そこに暮らしては、魔獣に追われるように移動してきたのだ。赤子連れでの逃避行は、さぞや大変だったことだろう。
だが、彼女たちの両親はあと少しで王都に着くというところで高位魔獣の襲撃に遭い命を落とした。
偶然通りかかったバルトにより彼女たちは命を救われたが……。
――バルトは、彼女たちが王都に暮らす親戚に引き取られると聞いて安堵していた。
しかし、彼女たちは魔石に選ばれてしまった。
だがもしも親族たちが、もう少し手元におきたいと申し出たなら――彼女たちにはまだ猶予があったはずだ。
親戚は目の前の金欲しさに、双子を手放したのだ。
――メリーナだけは、表情が変わらない。何を考えているのか、バルトにはわからなかった。
「さて、本当は壁を越える前に説明するつもりだったが」
バルトは気を取り直し、命令前に行動してしまった三人を睨みつけた。
「「ごめんなさい」」
「以後気をつけるように」
「申し訳ありませんでした」
「ああ、今回は許す」
ルビーとルドラは、自身の行動に問題があったとわかっているのだろう肩をすくめる。
メリーナも素直に謝罪した。
「――さて、今回の任務は壁の修繕の間、作業員を守るだけの簡単なものだ」
そう、今までであれば王都周辺の任務はそこまで危険がなかった。
壁の修繕自体は日々行われている。
しかし、今回問題なのは壁に穴が空いた理由だ。
王都の壁を守る魔法は、確実に力を失いつつある。
――王都を囲む壁がいつからあるのか、詳細な年月を知る者はいない。
建国神話では、大聖女が祈りを捧げると壁に人を守る魔法が付与された、と語られているが……。
少なくとも、それほどの大魔法を使える者など、この王国にはもういない。
――なぜ、人間の魔力が徐々に減少しているのか。少なくともその理由をバルトは知らない。
「ああ、これだけの数が侵入しているということは」
二番目の壁は、魔石保持者たちが守っていたはずだ。
いくら機能を失ったとはいえ、容易に侵入を許すはずがない。
だが、バルトは彼らのことを考えることを放棄した。
今は生き延びることに全てを注ぐべきだ。
「ルドラは弓を構えたまま壁まで下がれ」
「え……」
「急げ!」
「はい!」
ルドラは壁まで後退した。
「メリーナ、ウォルフ、下がれ。ウォルフは魔獣が接近した時にはルドラとメリーナを守るんだ」
「はい」
「ルビー……ルドラに魔獣を近づけるな。だが、俺の前には出るな」
「わかりました」
ルビーは緊張した面持ちで大剣を構える。
しかし、その瞳からは強い怯えは感じられない。
「ルードニックは一緒に来い。だが、魔獣が後方に近づいたらそちらを守れ」
「はい」
各自、位置についた。
「まあ、初日でここまでできれば上出来か」
バルトは小さくため息をつき、剣を構えた。
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