魔石の子ら 3
朝日と共に行動を開始する。
明るい日差しの中、ひどく緊張した面持ちで作業員たちが壁を越える。
命懸けで任務に臨む、という意味では彼らも騎士となんら変わらない。
壁を越える理由は、金かもしれないし、壁の修繕を通して愛する家族や王国を守るためかもしれない。
それは人それぞれ。役割こそ違えど同じことであろう。
「さて、任務は簡単だ」
壁を越える前に、バルトは子どもたちを並ばせた。
「ルードニック、そんなに緊張するな」
「――武者震いです」
「ふは、難しい言葉を知っているな」
東の国の言葉であったか。
国境の壁を越えると東側は海となっている。
海の向こうにある東の国――彼らは、幻術と呼ばれる摩訶不思議な術を使い魔獣を討伐するという。
ルビーとルドラは互いの手をしっかりと握り合っていた。
「ルビーとルドラは、まずは互いを守れ。遠距離と近距離……お前たちの相性は良い」
「ルビーは、隊長殿も守るんです!」
「ルドラだって……隊長殿を守ります」
「俺のことは守る必要がない。なんせ俺は」
「「不死身の生還者!!」」
ルビーとルドラは目を輝かせた。
一人生き残ってしまったバルトにとっては不名誉極まりない二つ名だが、二人にとっては違うようだ。
バルトは内心を押し隠して笑った。
「そうだ――だから、戦場に慣れるまでは互いの身を守ることだけ考えろ」
本来であれば、弓を扱うルドラには、もっと違う指示を出すべきだろう。
しかし、今回は初陣――しかも二人はまだ八歳なのだ。わかりやすいのは、ルドラに敵を近づけないことと、ルビーに接近しないように敵を射ることだろう。
「ウォルフ……ルドラに魔獣が接近したら戦え。殺そうと思うな、時間を稼ぐように」
「はっ!!」
ウォルフは短剣使いであり、攻撃力は最も劣る。
しかし、魔石の力を借りて俊敏な動きができるし、何より手先が器用だ。
「メリーナは、後方だな。ウォルフとルドラとともに行動しろ」
「……ええ」
メリーナは治癒の力を持つ。
重要な能力ではあるが、彼女が戦う力を持つかは未知数だ。
彼女に関しては国王すら多くの情報を持たない。
――神殿は王家に忠誠を誓うが……国境付近に自治領を持ち独特の立ち位置だった。
十年前の状況を鑑みても、バルトはメリーナを疑うべきなのだが……。
「さあ、壁を越え……」
「「行きますよ〜!!」」
「おい! ルビー、ルドラ! まだ命令していない!!」
ルビーとルドラは、高い壁に足をかけると、垂直の壁を登り軽々と越えていった。
作業員たちは梯子をかけて恐る恐る越えているというのに。
「メリーナは、越えられるか?」
「問題ありません」
メリーナの体を白銀の光が包み込んだ。
バルトであっても、可視化できるほどの魔力を見るのは久しぶりのことだ。
彼女は羽でも生えているかのように軽やかに壁を越えた。
「命令……していない」
しかし、バルトの部隊は彼以外が子どもばかり。
――せめて騎士団の決まりや上官の命令に従うことくらいは教えておいてくれよ!!
残りの子どもたちの手前、バルトは内心で叫ぶに留めた。
壁の外は生き延びる者が少ない地獄だ。
しかし、バルトの最初の仕事は戦うことより、子どもたちに騎士としての基礎を教えることにあるようだ。
「では、今から作戦を決行する。各自、俺の後に続け」
「「は!!」」
バルトも軽々と跳躍して壁を越えていく。ルードニックとウォルフもそれに続く。
その姿に作業員たちは希望に満ちた視線を向けていだ。
* * *
だが、予想外のことが起こった。
壁を越えたとたん、白い狼がいたのだ。
「は? 冗談だろ……昨夜の情報では」
昨夜、斥候から届いた情報では、王都を囲む壁付近に魔獣はいないとのことだった。
しかし、確かに魔獣は目の前にいる。
魔獣の口元は赤く染まり、口には臓物らしきものが咥えられていた。
狼の背に、臓物の持ち主のせめてもの抵抗であったのか、短剣が突き刺さっている。
バルトは無言で狼に駆け寄ると、剣を握りあっという間に狼の首を切り落とした。
狼は呻き声を上げる間もなく絶命する。剣を振る音すらせず、その動きは風のようであった。
バルトは、狼に突き立てられていた短剣を引き抜き見聞する。
「なるほど、斥候を殺したあと、臭いを辿ってここまできたか」
刺さっていた短剣は、斥候が携帯していたものだ。
だが、遺品や死者を気にする余裕があるのもここまでだろう。
「王都の壁近くまで弱い魔獣まで近づいているとなると、二つ目の壁も完全に機能を失ったか」
九年前に二つ目の壁は機能を失ったが、神殿から神官や聖女たちが駆けつけ辛うじて復旧していた。
以前の二割程度の防衛力ではあるが、弱い魔獣は越えることができなかったはずだ。
世代を追うごとに人の魔力は減少し、魔獣との力の差は大きくなっている。
斥候になった騎士は、気配を消す術に長け、バルトとも顔見知りであったが……不意を突かれたか。
「――さて、引き返すなら今のうちだ」
バルトは振り返りざまにそう口にした。
できれば、壁向こうの現状を見て、子どもたちが逃げ帰ってくれればいいと密かに願いながら。




