魔石の子ら 2
どれくらい焚き火を見ていただろうか。
人の気配を感じてバルトは振り返る。
銀の髪と瞳――まるで月の化身のような少女だ。
「メリーナ、皆と菓子を食べていたのではないのか」
「……」
彼女は、終始無表情である。
神秘的であると同時に、九才いう年齢に見合わない大人びた印象を受ける。
「……エンデローグ卿。質問をお許し願えますか」
部隊長になるにあたり、国王から賜った家名……庶民であるバルトはまだ慣れない。彼の返答は少し遅れる。
「ああ、なんなりと」
子どもからの質問だ。他愛ないものかもしれないし、本質を突いたものかもしれない。
「……なぜ、戦うの」
「……なぜって、それは」
バルトは口ごもった。
――初めは復讐心から。
彼の故郷を奪った魔獣を根絶やしにしようと思った。
――そのあともやはり復讐心だ。
全てを失い、ようやく手に入れた仲間たちを奪われ怒りを糧に戦ってきた。
しかしもう、彼らは一人も残っていない。
だからバルトは、最前線に向かうことを決めたのだ。そして、それは受理された。
メリーナはバルトの答えを期待していないように見える。
それでも死地を探している、と幼い子どもに言うのは気が咎めた。
だからバルトは、先ほど決意したばかりの誓いを口にした。
「お前たちを守るため――かな」
せめて五年、という言葉を呑み込んで。
するとメリーナは、銀色の瞳を大きく見開いた。
魔石に選ばれた子らは、皆に共通点がある。それは、彼らに襲いかかった魔獣の襲撃から生き延びたことだ。
彼らを助けたのはバルトだ。さらに彼らが手にした魔石を魔獣から手に入れたのもバルトだ。
数奇な運命。しかし彼女は例外だ。
目の前にいる少女、メリーナ・リーゼハルトは、他の子らと生まれも立場も違う。
メリーナは、国境にある中央神殿自治区の神殿長の孫娘だ。
魔石に選ばれたことは事実のようだが、他の子どものように武器となる魔導具を持たない。
魔導具の代わりに彼女が持つのは、人が失いつつある高い魔力。
彼女が持つそれは治癒、そして壁の維持に欠かせぬ力だ。
もちろん彼女もたった九つとは思えぬ人生を歩んでいる。
聖女である母の胎内にその命が宿った時、国境の壁が崩壊した。命は厳密にはいつ宿るか……そのあたりは曖昧ながら。
二つ目の壁が崩壊した日、彼女は産声を上げた。聖女である母の死と引き換えに。
「聖女殺しの聖女……でも?」
今の悲惨な現状が、彼女のせいであると言う者もいる。だが、バルトの考えはもちろん違う。
「俺の部下にそんな名の人間はいない。メリーナ、お前のことも上官として守る」
「……」
メリーナの表情はやはり変化がない。
代わりに唇が微かに震えた。
「では、どうか国境の壁まで連れていって」
「国境の……壁? 最前線だぞ」
「……」
それは、バルトが幼い頃から見慣れていたどこまでも果てしなく続く壁だ。そして、平和だったあの場所は今、高位魔獣との戦いの最前線となっている。
「メリーナ、隊長殿と二人きりでお話ししてずるーい! ルビーもお話したかった!」」
暗い雰囲気を打ち壊すような、元気な声が背後から聞こえた。
「もう、メリーナ。ルドラが、せっかく呼びに来たのに〜」
そのあとに続く声は、ルビーにそっくりだがややのんびりしている。
「ねー、ルドラ?」
「ねぇ、ルビー?」
ルビーは赤いツインテールを、ルドラは淡い緑の三つ編みを揺らし腰に手を当てている。
「ほらっ、このままじゃウォルフがお菓子全部食べちゃうよ」
「メリーナ行きましょ。お菓子食べそびれちゃいますよ〜」
「私は……」
メリーナは、同じくらいの子どもと接したことがないのかもしれない。ひどく困惑している。
「行ってこい」
「……」
「隊員同士交流を図るように。上官命令だ」
「かしこまりました」
メリーナは、ルビーとルドラに手を引かれて去っていく。
「あっ、そうだ!!」
天幕に入る直前、ルビーがバルトの元に駆け戻ってきた。
「隊長殿の分ですよ〜!!」
「むぐ!?」
バルトの口の中に広がったのは、これでもかというほど砂糖を使ったヌガーの甘みだ。
「では!!」
ルビーが走り去る。
「あいつらを連れて……前線かぁ」
甘いものが苦手なバルトの口の中は、いつまでも甘ったるかった。




