聖女 1
この国において、聖女の役割は多岐にわたる。
彼女たちは、この世界から失われつつある魔力を持ち不思議な力を行使する。
近年、魔力を持つ者は減る一方だ。
聖女も力を失いつつあり、魔獣から王国を守っていた壁に掛けられた防御魔法も弱体の一途を辿っている。
その中で、抜群の魔力量、治癒の力、さらには中央神殿長の孫娘。
すべてを持った聖女――それがメリーナだ。
だが、人々は彼女のことを聖女殺しの聖女を呼んで忌み嫌う。
彼女の二つ名はあまりに残酷だ。
彼女が望んだことではないというのに。
ただ、生まれてきただけだというのに。
しかし、人々は当時最高の聖女であったメリーナの母が、彼女を孕ったことで国境の壁が崩壊したと、彼女が生まれたせいで最高の聖女の命が奪われ二番目の壁が崩壊したと思っているのだ。
「エンデローグ卿」
冷たくも温かい声は、戦場で聞いたものとは違う。
ステンドグラスを通った色とりどりの光が、彼女の白銀の髪を染めていた。
彼女は確かに聖女だ――誰もがそう思うだろう。
だが、バルトはそうは思えなかった。
彼女の体はあまりにも小さく、その顔貌は幼い。
だから、バルトは聖女を前にしたときの膝をついた挨拶の姿勢の代わりに立ったまま騎士としての礼をする。
「メリーナ、おかげで生き延びた。ありがとう」
「……聖女として英雄を助けるのは当然のことですわ」
「……」
「エンデローグ卿?」
「聖女だから、俺のことを助けたのか?」
バルトはメリーナを見つめた。
無表情な少女ではあるが、外にいるときはもう少しだけ表情豊かだったように思う。
「――聖女として、人々を助けるのは当然のことです」
「――どうして、メリーナは聖女として生きる?」
「え?」
「俺に質問しただろう? なぜ、戦うのかと……俺はその問いに答えた。メリーナの答えが知りたい」
メリーナは動揺したように俯いた。
その表情は、九歳相当、年頃の少女のものだ。
「――聖女殺しである罪を償うためでしょうか」
「それが答えであれば、メリーナが聖女である理由はない。母から生まれたことで罪になるなど俺は認めない」
「……エンデローグ卿」
そのとき、扉が叩かれた。
彼女は日々、人々の悩みを聞き、傷を癒す義務を負う。
時間は限られているのだ。
「そしてもう一つ。俺はどうしてメリーナが国境の壁に行きたいのか知りたい」
「国境の壁ですか……エンデローグ卿は魔獣と獣は何が違うかご存知ですか?」
「は?」
「魔力があるか、ないか。魔石を持つか否かです」
「――それは」
バルトは愛剣に視線を向けた。
かつて、魔石が嵌め込まれていた部分は、今や台座のみになっている。
そこにあった魔石は、今は……。
「それなら――魔石を持った人間は?」
「魔獣の頂点でしょうね」
メリーナは仄暗く笑った。
その笑みは、何もかも諦めているようでもあり、何一つ諦めていないようでもあった。
「時間です。エンデローグ卿、私は聖女であることから逃れられません。でも、あなたの部下でありたい」
「そうだな。メリーナは俺の部下だ」
「連れて行ってくださいね。今度は守ってみせますから」
「……子どもに守られるほど、落ちぶれたくはないな」
「エンデローグ卿だけですよ。私のことを子どもなんて言うのは」
メリーナは、そう言って銀の目を細めた。
だが、それはほんの一瞬だけだった。
「お時間です」
「ええ、信徒を入り口までご案内して」
「かしこまりました」
神官の案内により神殿の外に出たところで、バルトは振り返った。
白亜の神殿は美しく、血生臭い魔獣との戦いとは無縁のようであった。




