王都、共同生活 6
「よく来てくださいました――英雄よ」
「バルト・エンデローグ……猊下にお会いできたこと誠、光栄であります」
「堅苦しい挨拶は必要ありませんよ。頭を上げてください」
イリューダの声は柔らかいが、有無を言わせぬ何かがある。
バルトは背中に汗をかきながら、頭を上げた。
――白髪交じりの茶色の髪、瞳はメリーナと同じ銀色をしている。
「孫娘が世話になりましたね」
「当然のことをしたまで……と、いうよりも聖女様にひと言感謝をお伝えしたく馳せ参じた次第です」
教会内においての彼女は、バルトの部下ではない。
この王国に教会が認めた聖女は何人もいるが、治癒魔法を使うことができるメリーナは特別な存在だ。
「……不要です。聖女が英雄を助けるのは当然のことですから」
バルトはメリーナとの面会がやんわりと断られたことを察した。
しかし、イリューダからは言いようもない何かを感じる。
そう、まるで高位の魔獣と相対したときのようだ。
「さて、話は変わりますが……エンデローグ卿はなぜ戦うのでしょう?」
「……は?」
漏れ出た音は乾いていた。不敬を咎められてもしかたがないが、それほどの衝撃であった。
なぜならその言葉は、あの夜メリーナが口にしたものとほぼ同じだったからだ。
「エンデローグ卿であれば、魔獣の中であろうと生き残れる。彼らは魔獣の頂点に牙を剥いたりしない。人が牙を剥かれるのは獣の頂点に甘んじているからです」
「……一体何を仰っているのです」
「――そのうちわかるでしょう。死ななければ」
わかりたくない、とバルトは思った。
知ってしまったら後戻りできなくなる類いの内容だ。
それでも、今ならまだ引き返すことができそうでもある。
――だが、恐らくイリューダの言葉は、彼の部下である子どもたち、とくにメリーナに深く関係している。単なるバルトの直感ではあるが。
バルトは子どもたちの笑みを思い浮かべ、嫌々ながらも一歩前に歩み出た。
「もう少し詳しく話していただくことは可能でしょうか」
「……」
イリューダが何の感情も映さぬ瞳でバルトを見つめた。
冷たい月のような瞳は、あの夜のメリーナの瞳を思い起こさせる。
やはり彼は、彼女の祖父に相違ない。
「興味を持っていただけたのでしたら何よりです。神もお喜びになることでしょう」
イリューダが微笑みを浮かべた。
誰かが見れば、その笑みは平和を願う慈愛に満ちたものであろう。
だが、バルトの背筋は敵うはずのない魔獣を前にしたときのように凍り付くようだった。
「……ぜひ、メリーナに会ってやってください。孫娘もエンデローグ卿のことを気にしておりましたので」
「ありがたき幸せ」
バルトの心臓は早鐘を打ち、背中には冷たい汗が流れていた。
一刻も早くこの場所から逃げ出したいと、本能が警鐘を鳴らしている。
――まるで、知性を持ち会話ができる魔獣と相対しているようであった。
バルトが一礼すると扉が開く。
先ほどの神官が扉の前で待っていた。
「エンデローグ卿を聖女様の祈りの間に案内して差し上げなさい」
「かしこまりました」
バルトは動揺を気取られぬよう背筋を伸ばし、神官の後に続いた。




