王都、共同生活 5
「では、先に行くが……」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
バルトは騎士服をきちんと着ている。
いつも着崩していることが多い彼にしては珍しいことだ。
「ルビー、ルドラ。ミレナ殿から離れるな、迷子になるからな」
「――隊長殿こそ大丈夫?」
「戦いばかりで街でお買い物したことないって聞いてます……」
「はあ、俺は大人だ」
バルトはため息をついた。事実、戦いに出ている時間のほうが多いが、日常がそこまで破綻しているわけでもない。おおかた、ミレナから聞いたのだろうが……。
「では、後ほど」
バルトは屋敷から出た。まだ、腹の傷は痛いが、歩けないほどでもない。
彼が向かったのは、王都の神殿であった。
神殿には人々が長蛇の列を作っていた。
怪我を治してもらおうとする者、不安や悩みを相談したい者、神に祈りたい者……理由はそれぞれだ。
バルトは真っ直ぐに受付に行くと、受付係に声をかけた。
「今すぐ聖女様にお会いしたい」
「……は、予約もなく何を」
懐から硬貨を取り出し、バルトは受付係に差し出した。
硬貨は青い光を放っている。
「聖金貨……」
受付係の声は、呆然としている。
それはそうだろう。この一枚があれば、貴族や成功者だけしか暮らすことができぬ、この王都で百年暮らすだけの税を払うことができる。
理由は聖金貨の素材が、希少なミスリルだからなのだが……。
「敬虔な信徒である私は、神殿に喜捨をしたいのです。もう一枚あるのですが……それは直接聖女様に」
「少々お待ちくださいませ!!」
受付係は急足で神殿へと入っていった。
ほとんど待たされることなく、バルトは神殿内部へと案内された。
――どこも金だな。そんな思いを胸に出迎えてきた高位の神官らしき男性に続く。
「バルト・エンデローグ卿。こちらの扉から中へどうぞ」
「――どうして俺の名を」
「英雄の名を知らぬなど――神の御心に反することです。受付係は贖罪のためしばらく修行の日々となるでしょう。どうかお許しを」
「おい……俺はそんなこと望まない……ちっ、行っちまったか」
雲行きが怪しくなってきた、とバルトはため息をついた。
この中にいるのは、おそらく聖女……つまりメリーナではなさそうだ。
バルトが触れる前に、重厚な装飾の扉がゆっくりと開く。
扉を開く者はいない。
現代ではそのほとんどが失われしまった魔法の力で動いているようだ。
「エンデローグ卿、どうぞ中にお入りください」
中から聞こえてきたのは、老齢の男性の声だった。
バルトは庶民であり、騎士になってからほとんどの時間を戦場で過ごしている。
中にいる人物と会ったのは、騎士になったときと、魔石に選ばれたときのみだ。
しかし、穏やかで厳かで人々を跪かせるような独特な声は、忘れようにも忘れられない。
神殿長イリューダ・リーゼハルト。
メリーナの祖父であると同時に、この国の信仰の中心人物。
彼は、国王にすら膝をつく必要がない。
――そんな雲の上のお方が、いったい俺になんの用だ……。バルトは嘆息する。
まさか、孫娘が世話になっていると礼が言いたいわけでもあるまい。
バルトは覚悟を決めて、一歩を踏み出した。




