王都、共同生活 4
風呂から上がる。
男性陣と違い女性陣はもう少し時間がかかるようだ。
「部屋がいっぱいありますね、隊長殿」
「ああ、そうだな……」
ウォルフは興味津々とでもいうように目を輝かせている。
彼は戦闘に参加しなかったが、戦いの様子を観察していた。
彼ももうすぐ、魔獣との戦いに本格参戦することになる――これは、予感というより単なる事実でもあるが。
「一人一部屋ありそうだな」
「えっ」
「本当にっ!」
バルトの言葉に対する反応は、ルードニックのほうが早かった。
それはそうだろう。年頃の男子には色々ある。
「ふむ……ルビーとルドラが帰ってきたら部屋割りを決めよう」
「見てきてもいいですか!?」
「良いぞ、食事がもうすぐだろうからほどほどで戻ってこい」
「はーい!!」
ウォルフは元気いっぱい、エントランスホール正面の階段を三段飛ばしで駆け上がっていった。
「ルードニックも見てこい」
「は、はい!」
ルードニックもウォルフを追いかけていった。バルトを除けば最年長である彼は、早く大人になろうと足掻いているように見受けられる。
「大人になどなっても、良いことはなかろうに」
「そうでしょうか?」
振り返るとそこには、ミレナがいた。
ミレナ・エインワーズ。彼女は侯爵家の三女。
代々騎士団長を輩出していたエインワーズ侯爵家だが、今代は女性しか生まれなかった。
彼女自身は剣が得意であったが、国境の壁の崩壊後、バルトに続いて魔石に選ばれた。
――しかし、利き腕と右目を失った彼女が戦うことはもうできないだろう。
「子どものまま――親の言いなりになって、好きでもない相手と結婚するよりよほど良いです」
「ミレナ殿」
彼女は家名で呼ばれることを好まず、皆にファーストネームで呼ばれている。
故に、バルトは彼女を名で呼んだ。
「ここではメイドですので、ミレナとお呼びください」
「鬼教官ミレナ部隊長を?」
「昔の呼び名ですわ」
周囲は彼女に教官として残ることを依頼した。
しかし彼女は『育てた者を見送るだけなどごめんです』と言って断った。
「……子どもたちか」
「彼らを戦場に送ることは、反対です……でも、私にもできることがまだあると思うのですよ」
「ミレナ殿は、相変わらず格好良いな」
「最高の褒め言葉ですね」
バルトの背中側から、ドスン、ドスンと案外強い衝撃があった。
ルビーとルドラかと思って振り返ると、案の定彼女らだった。
「ルビー、ルドラ、膨れてどうした」
バルトは子どもらしい表情に思わず破顔した。
彼女たちは、先程まで着ていたドレスを脱いでドロワーズとキャミソール姿になっている。
「部屋着も持たず、寝るときはこの姿だったと」
「――そうか」
彼女たちが戦うにあたり、親族には多額の金が渡されたはずだ。
だが、彼女たちが持っているのは、ごく最低限の持ち物だけであった。
「「隊長殿は、ルビーとルドラのですよ!!」」
「あらあら、まあまあ……初戦で泣いて私の後ろに隠れたお子ちゃまに興味ありませんわ」
「「隊長殿も……泣いたの!?」」
聞きたい、とばかりにルビーとルドラはミレナに近づいていく。
「ふふ、たくさん話して差し上げましょう」
「やめてくれ!」
ミレナとバルトの年齢はほとんど変わらなかったはずだ。
戦場での彼女はニコリと笑うこともなかったが、今は穏やかな笑みを浮かべている。
物々しい眼帯があっても、この場所での彼女は美しく優しげだった。
――だが、彼女には過酷な訓練を強いられ、戦場でも何度も死にそうな目に遭わされた。
新人騎士時代、先輩で会ったときの彼女はまさに鬼先輩であった。
バルトは当時を思い出し、ブルリと震えた。そして、話題を元に戻すことにする。
「とりあえず……明日は服でも用立てるか」
「それがよろしいでしょうね」
「女児の服はわからん。任せていいか」
「あら、責任を持って古着屋に一緒にいらしてくださいな」
「……」
現在、新しい子ども服を売っている場所は、この王都にはない。
古着屋行きを断ろうと思ったバルトだが、ルビーとルドラはこの上ないほど目を輝かせている。
ルードニックとウォルフも服など持っていない。
バルトが断るという選択肢は、見当たらないのだった。




