2話 女の手
彼は名もなき兵士。
国境付近に出来た敵国の村を攻め滅ぼすために編成された小隊の隊長だ。
簡単な仕事のはずだった。
いや、実際に簡単な仕事だった。
村を守っていた男達は驚くほど弱く、女子供は軽く脅せばすぐに大人しくなった。
あとは適当に女で遊んで国へ帰るだけだった、だけだったのに・・・
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「く、kそがぁ」
男達の時間は一瞬にして終わりを迎えた。
ついさっきまで、女達で楽しく遊んでいたというのに。
共に過ごしてきた兵士達が簡単に殺されていく。
一人の白髪の青年によって。
その青年は急に現れた。
まるで何もない空間から突如として出てきたかのように。
最初は軽い気持ちで部下に声をかけさせた。
儚げな容姿を持つ青年相手だ部下も油断していたのだろう。
だが、それは間違いだった。
触れるべきではなかったのだ。すぐに逃げるべきだった。
青年は声を掛けに行った部下を隠し持っていたナイフで殺し、そしてこちらに目を向けた。
その時、俺は目があってしまった。
目があった瞬間分かってしまった。感じ取ってしまった。
誰かが呟いた。誰だろう?俺かもしれない
アレは人の皮を被った化物だ。儚げな見た目は俺達を引き寄せる為の罠だ。
その後は見てのとおりだ。上位者による一方的な虐殺劇だ。
名もなき兵士である彼は必死に頭を働かせた。
どうにか生き延びる術は無いか?
死ぬ気で戦えば倒せるのでは?
部下になると言えばあるいは・・・
兵士はとにかく考えた。
生き延びるために必死に、それはもう必死に・・・
故に気付くことが出来なかったのだ。
自分達が殺したはずの男達の死体が消えていることに。
檻の中にいたはずの子ども達が消えていることに。
自分達の欲望の捌け口だった女達が消えていることに。
自分の真後ろに一人の女が立っていることに。
「ど、どうすればばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
名もなき兵士は殺された。
彼の耳の穴から入った一本の細い糸によって・・・
◆◆◆◆◆◆◆
異変。
ソレに気が付いたのはついさっきだ。
最初に僕を殺そうとした兵士を殺し、次々と襲いかかってくる兵士を全て殺した。
その間はずっと周りの状況は確認していた。
男達の死体も。
檻の中の子供達の様子も。
裸の女達の様子も。
そして少し離れたところにいた兵士の様子も。
目を離したのは一瞬だった。
僕に襲いかかってきた最後の兵士にトドメを刺す瞬間の一瞬。
その1秒にも満たない時間の中で異変は生じた。
改めて見ても信じれない。
「村人たちが・・・消えた?」
誰一人として居なくなった。
今この村に居る人間は僕とあの兵士だけだ。
あの兵士が何かしたのか?と考えてみるが、それは有り得ないとすぐに自分の考えを否定する。
あの兵士は多分そんなこと出来ない。
だとすれば・・・
「この村自体がそもそも罠?」
竜は言っていた。
今の世界は暴力で溢れた世界だと。
つまりは戦乱の時代だ。
だとするならば、こんな簡単に滅ぼされる村があっていいのか?
それにあの兵士達は弱すぎる。
村の男たちなら充分対抗できるはずだ。
いや、死体から推測するに村の男たちなら勝てたはずだ。
にも関わらず殺されている。
いや、死んでいないのか?
死んだふり・・・なんの為に?
そこまで考えて僕は思考を中断した。
少し離れたところに居た兵士が立ち上がり剣を構えたからだ。
「k、コロズゥ゙」
「・・・集中」
兵士が纏う雰囲気がさっきまでとは別人だ。
油断してたら死ぬのはこちらだろう。
何故急に雰囲気が変わったのか?気になることは多々あれど、目の前の敵に集中しなければならない。
故に頭の中から一切の雑念は排除する。
全ての音が排除された世界で僕達は己の武器を構える。
相手は剣を。
僕はナイフを。
張り詰めた空気を維持しながら僕達は睨み合う。
勝負は一瞬で終わった。
相手が地を蹴った瞬間、僕はナイフを投げた。
そして僕が投げたナイフは見事に兵士の喉を貫いた。
「ふう」
一応、武器の投擲は得意とはいえ当たって良かった。
僕は安堵しながら投げたナイフを回収しようとして倒れた兵士のもとへ向かう。
そこで僕は見てしまった。
倒れた兵士の腹の中から出ている女の手を・・・
「あ、刺しちゃった」