1話 暴力と欲で溢れた世界
あれ?ここは何処だ?
暗い?何も見えない・・・あ、そっか。
僕は死んだんだ。
じゃあ、ここは死後の世界なのか?
それとも竜の腹の中か?
そう思考したとき、僕の意識は完全に回復した。
待て、おかしい。
僕は竜に捧げる生け贄として生涯を終えたはずだ・・・なのにどうして、考えることが出来ているんだ?
死んだら全てが消えてなくなる。
僕が僕と認識することは不可能なはずだ。
つまり、僕はまだ生きている。
そう結論付けたものの、生きていること以外何も分からない。
身体はある。
苦しくはない。
でも、何も見えない。だから、何も分からない。
考えても考えても、行き着く思考の終着点は結局、分からない。
もう、頭が変になりそうだ・・・もう良いや
『待て待て、小僧。諦めるのが早いだろう』
小僧?
声が聞こえる。
真っ暗だった思考に希望の光が差し込んだ気がした。
『小僧、聞こえているなら返事をしろ』
やっぱり、僕に話しかけてきている。
「聞こえています?」
口は動かすことができた。
たったそれだけ、たったそれだけのことで、思考の終着点が変わった。
分からないのではなく、知らないだけだと。
そして、今は知る方法がある。
『そうか、聞こえているか。』
「は、はい。それで・・・」
『まぁ、待て。お前にも聞きたいことがあるだろうが、多くのことを質問されるのは不快だ。だからお前が出来る質問は1つだけだ』
1つだけ・・・
質問したいことは多くある。
ここは何処なのか?
なぜ僕は生きているのか?
他にも多くある。
でも、僕ができる質問は1つだけ。
1つの質問で今あるすべての疑問に解を与えなければならない。
少しばかりの思考。
「あなたは僕に何を求めているのですか?」
この質問、この質問ならば・・・
『ほう、考えたな。では、その質問に対して簡潔に答えを述べるなら、お前が望む世界をお前自身の手で実現することを求める。だ』
どういう・・・ことだ?
僕が望む世界?僕の手で叶える?何を言っているんだこの竜は。
『ハッハッハ!!!混乱しているな。まあ落ち着け。1からちゃんと説明してやる。それが望みなのだろう?』
「・・・はい」
思考が全然まとまらない。
でも、今は竜の話を聞こう。
『まずここは、俺の創り出した異空間だ。ここには時間の流れがない』
「っ。なるほど」
僕が生きているのは、竜が僕を喰らわずにこの空間に僕を入れたから?だと。
時間の流れがないから老いないし僕の病も進行しない。
『そして今はお前が生きていた世界から約1000年後の世界だ』
は?1000年後。
『因みにお前が生きていた時代の文明は滅んだ』
は?
『もとより子供の演技に気付かず生け贄に捧げる馬鹿が多くいる世界だ。少しの争いの種ですぐに滅んだよ』
・・・争いの種
『魔法という奇跡を取り上げ、魔物という脅威を取り除いた。我への生け贄も無くした。さて、小僧。俺だけ話すのも面白くない。質問だ。奇跡を取り上げ、脅威を取り除いた世界に残るのはなんだ?』
「・・・止まらない欲と、それを叶えるための正義なき暴力」
『ほう、平和な世界を望んでいたわりには現実が見えているな』
それは・・・
『いや、本当は分かっていたのか。お前が大好きな人間たちは醜い性根の腐ったゴミだと。お前が悪役貴族になったのも自分が生け贄に選ばれるためだけではない。試したのだろう?周りの人間を。もし周りの人間がお前が好きな人間だったらお前を矯正する。だが、周りの人間はお前を放置した。お前が悪役貴族のままで過ごせば、確実に生け贄はお前になる。自分達が助かるためにお前を放置した。そんな選択をする人間に、平和な世界が訪れるはずがない。だからこそ最期の時、お前は本音を吐いた。「見てみたい」と』
「・・・」
『だから俺はお前の願いを叶えるためにお前を喰わずに助けた。丁度よい暇潰しになりそうだったからな』
暇潰し。
『今の世界はお前が望む世界の対極に位置している。暴力と欲で溢れた世界だ。それで・・・』
「もう良いです。全て理解しました」
『ほう』
多分、竜の言っていることに嘘はない。
本当に暇つぶしなのだろう。
「あなたは争いと欲で溢れた世界で僕がどう行動するのかを見たいだけだ。本当に暇潰し。あなたの気まぐれ。ただそれだけだ。」
難しく考える必要なんてない。僕はただ1000年後の世界で生きていけばよいだけだ。
魔物も魔法もない、常識も変わったであろう暴力の世界で平和な世界を実現するために。
『その様子だと本当に全てを理解したようだな。ならばお前をこの空間に入れておく必要はないな。さらばだ小僧。精々俺を楽しませろ』
竜がそう言うと、俺は暗闇から投げ出されて、次の瞬間には地面に立っていた。
1000年間眠っていたからだろうか?
それとも雲の上の存在である竜と話したからだろうか?
俺は自分の目の前で起きている状況と自分の現状を冷静に理解できていた。
俺がいるのは既に侵略されたあとの村であるということ。
俺の足元に転がっているのはこの村の男達の死体であるということ。
少し離れたところでは女が侵略者の欲望の捌け口にされているということ。
子どもは売られるために檻に入れられているということ。
そして俺には健康な身体とこの時代の服と1本のナイフが与えられているということ。
「さて、何から始めようか?」