気になるあの方の消息を知りたい
伝統的な認識として、ヒメブロ王国は森の国だ。
国土が広く自然に恵まれている美しい国、だろうか。
あえて賞賛しようとするならば。
人口が多いわけではなく、林産資源の利用以外にこれといった産業もない国だった。
有り体に言えば、列国の中でもあまり重要視されていない田舎国家には違いなかった。
そのヒメブロ王国が近年注目されているのは、国家事業『作家になろうプロジェクト』(通称『なろう』)のおかげと言っていい。
これは識字率の向上と製紙業の活性化を目的に、作家を育成しようというものだ。
なろう出身の作家の手による書籍の輸出が開始され、各国で好評を博している。
うまい方法ではあった。
他国がヒメブロの手法を真似たとしても、紙の需要は増える。
製紙に強みを持つヒメブロ王国は潤うのは理の当然だったから。
『作家になろうプロジェクト』では、書き手登録している者に読み物を公開する権利があり、王都のなろうサロンに自分の作品を置くことができる。
また読み手登録している者には、作品の感想を書く権利がある。
感想には普通の感想と肯定的感想があり、肯定的感想が一定数を超えると本として刊行されるというシステムだ。
かつて登録している者は読み物を書くことも感想を書くこともできた。
が、読み合いという互いの作品を読んで感想を書き合う悪習が生まれ、刊行作品の質が上がらなかったのだ。
そのため現在は書き手と読み手の登録を兼ねることはできない。
もちろん書き手であろうと無登録者であろうと、読むだけなら自由である。
もっともなろうサロンに置かれる読み物は一品ものであり、活字印刷されたものではない。
書き手登録者の直筆であるから、決して読みやすいものではないのだ。
物好きな無登録者の読み手は多くない。
ここに書籍化作家を目指す、一人の少女がいた。
◇
――――――――――モニカ・ライト男爵令嬢視点。
幼い頃からお話が好きでした。
でも本って高価なのです。
いろんな本を読みたくて。
でも同じ本を繰り返し読んで。
図書館にはお話の本ってあんまり置いてないらしいのですよ。
どっち道大人でなければ入れませんし。
子供だった私は、いつもたくさんの本がある世界になるといいなあと思っていました。
そんな時です。
『作家になろうプロジェクト』が始まったのは。
「『作家になろうプロジェクト』とは何ですか?」
「ヒメブロ王国の威信をかけた国家事業だね」
本をたくさん作って外国に売ろう。
読み書きできる人を増やそうという、私にとって夢のような計画でした。
陛下は何と先見の明があるのでしょう!
とっても素敵!
「計画がうまくいけば製紙業や印刷業は間違いなく発達するね。本は安くなるよ」
「素晴らしいではありませんか!」
『作家になろうプロジェクト』で推奨されているのは、難しい学術書ではなくてお話の本でした。
将来の需要を多く見込めるからだそうです。
お話の本が増えてしかも安くなるなんて。
私にとってすごく都合がいいです。
ぜひ協力せねばっ!
書き手と読み手とで迷いましたが、私は書き手登録をいたしました。
書き手が増えればプロジェクトに貢献することができますものね。
読むだけでしたら読み手登録は必要ありませんし。
鼻息も荒く一冊本を書き上げました。
達成感ありますねえ。
反響はどうでしょう?
いきなり出版が決まったりして。
きゃあ!
……という夢を見ていた時代もありました。
ほとんど反響がなかったんです。
感想も一つだけ。
それも肯定的感想でなくて普通の感想。
ガッカリしました。
やる気がなくなってしまい、もう書き手登録を返上しようかとも思ったのです。
でもたった一ついただいた感想を読んで、気が変わりました。
『読み手に優しい書き方を心がけていますか?』
優しい書き方?
どういうことでしょう?
その感想に釣り込まれてしまいました。
センテンスは短めに。
難しい言葉はなるべく使わない。
表記の揺れをなくす。
登場人物の数を絞る。
修飾語は少なく。
余計なエピソードで読み手の興味を逸らしてはいけない。
等々。
目から鱗でした。
自信作だったんです。
絶対に面白いお話だと思っていて。
でも言われてみると、私は読者さんに理解させる努力をしていませんでした。
読んでもらえないのでは、面白さが伝わりませんよね?
対するにこの感想はスルスル読めてしまいます。
読まれるエッセンスが込められているからだと直感しました。
『話の筋はワクワクしました。次回作を期待しております』
この感想をくれたのはエスキュールさんという方でした。
私は期待されてるんだ。
もう一回頑張ってみようと、再びやる気が出てきたのです。
エスキュールさんは短編を書くことを勧めてくださいました。
新人の作品は最初だけパラパラめくって、読みにくいとわかったらそれ以上読まないものだと。
読まれない作品を仕上げること、読みづらい作品を読むこと、互いに労力のムダだからと。
実にもっともなことでした。
恥ずかしいです。
次は短編に取り組んでみました。
読みやすく、わかりやすく。
エスキュールさんの感想をイメージした書き方で。
そうしましたら、感想をいくつかいただけたのです。
何と肯定的感想まで!
天にも昇る気持ちでした。
エスキュールさんにも再び感想をいただけました。
普通の感想でしたけど、特に欠点はない、第一作とは雲泥の差だと。
褒められたことは嬉しかったですねえ。
冒頭にインパクトを持ってきなさい。
いくつか短編を書いていけば、名を知る者も多くなってくる。
すると長編も読んでもらえるとの指摘でした。
エスキュールさんの仰る通りにしてみましょう。
未来は努力で引き寄せることができる。
そう思えました。
◇
――――――――――二年後。
貴族学校に入学し、文芸部に所属しました。
新しい出会いや経験は私のお話の血肉になっていると思います。
特に最新作の長編はたくさん肯定的感想をいただいていて、おそらくこのままですと初めて出版基準を突破するものと思われます。
貴族学校で友人となったアデルがはしゃいでいます。
「モニカ、やったじゃない! 文芸部からの出版第一号間違いなしよ! わたしも鼻が高いわ!」
「ええ、ありがとう」
「あれっ? 喜んでないの?」
「喜んでいますけれど」
「ウソ。わたしにはわかりますのよ。さあ、お姉さんに相談してみなさい」
お姉さんって、同い年じゃないですか。
アデルったら面白いのですから。
「……実は最近、消息のわからない方がいるのです」
「行方不明ってこと?」
「ではないのですけれど」
なろうで私の作品に第一作から感想をくれていた方だと、アデルに話します。
でも直近二作で感想をいただけていないのです。
気になってなろうサロン受付で聞きましたところ、最早その人は読み手登録をしていないとのこと。
「……ということなの」
「ふうん。何があって辞めちゃったのかしら? ちょっと気になるわね」
「でしょう?」
「殿方?」
「おそらくは」
「恋ね!」
「えっ?」
「詳しく話しなさいよ!」
もう、ノリノリなんですから。
「私が『作家になろうプロジェクト』に書き手登録した時から、全作に感想をくれていたの。その方の励ましやアドバイスのおかげで、私は書き続けることができているのよ」
「恋ね! 何て名前なの?」
「エスキュールさん、としか。でも書き手登録者も読み手登録者も、本名は少ないのよ。どこの誰だかはわからないわ」
何と言っても国家事業です。
他国に引き抜かれるのを防ぐために、個人情報の管理はうるさいですしね。
私は本名で書き手登録をしていますけど。
「エスキュールさんね」
「挫けそうになった時なんて何回もあったのよ」
「わかるわ。書くのって大変だものね」
「エスキュールさんのおかげで今があるの」
「恋ね!」
「もう。会ったこともないのですってば」
「会う会わないは関係ないわよ。モニカは信用できる人だと思っているんでしょう?」
「もちろんよ」
「恋愛ポイント一点です。エスキュールさんは若い人なの?」
「多分」
感想に書かれた言葉の端々から、若い方だと思いました。
『作家になろうプロジェクト』に参加している人の半分は、二〇代以下だと聞いていますし。
「恋愛ポイント二点です。できることなら会ってみたいんでしょう?」
「はい」
「恋愛ポイント三点です。これは恋よ!」
「ええ?」
「客観的に自分を見つめてみなさいな。現在どうしているか気になっている人がいます。若く頼りになる人です。ぜひ会ってみたい。恋でしょう?」
「……恋の芽生えのような気がしますね」
「ほら!」
本当ですね。
私はエスキュールさんに特別な感情を持っているようです。
恋と呼べるまでのものなのかはわかりませんが……。
「いつか会えるといいわね。ところでわたしのなろうデビューについてですけれど」
アデルも『作家になろうプロジェクト』に書き手として参加したいのですって。
文芸部にはそうした人も多いのですけれどもね。
「今日の放課後、サロンに行きましょうか」
「わたしなんかが平気かなあ?」
「問題ないですってば」
おかしなところで心配性なんですから。
「登録には身分を証明する人かものが必要なんですよ。貴族学校の生徒でしたら、生徒手帳でいいはずです」
「生徒手帳よおし!」
入学前だった私が登録する時は、お父様が保証人になってくださいました。
懐かしいですねえ。
「放課後が楽しみですね」
◇
――――――――――なろうサロンにて。ユエルス・バイロン子爵令息視点。
今年の文芸部の新入部員の名簿にモニカ・ライトの名を見つけてドキッとした。
『作家になろうプロジェクト』に参加している、新進気鋭の書き手の名だから。
彼女(かどうかはペンネームかもしれないから確実ではない)がデビューした時から作品を読み続けていた僕からすると、名前を見るだけで慕わしいような面映ゆいような気持ちになる。
同一人物だろうか?
よくありそうな名前ではあるし、短く覚えやすいペンネームを使うって割とあることだからな?
でも確かに僕より年下の少女の感性を持つ文章だとは思った。
しかも文芸部に入るような令嬢だし……。
実際に会ってみると、モニカ嬢はとても可愛らしい令嬢だった。
あの文章のイメージにはピッタリだけど、書き手モニカ・ライト当人なのかな?
疑問はすぐに氷解した。
僕以外にもモニカ・ライトの名に気付いた者がいて、モニカ嬢に聞いたのだ。
「はい、私は二年近く前から、『作家になろうプロジェクト』に本名で書き手として参加しています」
僕を含めてモニカ・ライトを知っていた者は興奮した。
だって近い内に必ず書籍化作家になるだろう書き手が、後輩として入部してくるなんて!
『スーパールーキーだね』
『わたくしも書き方を教えてもらおうかしら』
『そんな……私こそ色々御指導いただきたいです』
そうだ、モニカ・ライトは元々の才能に依存するだけではなく、実に柔軟で貪欲で吸収力の高い書き手だ。
様々な知識や表現法を取り入れ、徐々に成長していったことを僕は知っている。
文芸部での活動もまた、彼女の糧となるのだろう。
僕だって……。
あれ?
あの二人は?
「部長じゃないですか。こんにちは」
「アデル嬢とモニカ嬢じゃないか。なろうサロンにはモニカ嬢の新作を置きに?」
「今日はアデルの登録に来たんですよ」
「へえ。書き手かい? 読み手かい?」
「書き手です! わたしもモニカに負けずにバリバリ書くんです!」
「アデルはコメディ向きだと思うんですよ。部長も書き手なのですか?」
「そうだね。モニカ嬢に触発されてしまったよ。僕も書いてみたいと思ったんだ」
ちょっと前までは読み手だったんだけどね。
――――――――――モニカ視点。
「そうだね。モニカ嬢に触発されてしまったよ。僕も書いてみたいと思ったんだ」
わあ、部長にまでそう言われるなんて。
恥ずかしいです。
『作家になろうプロジェクト』が国家事業として始まった現在、貴族学校の文芸部は将来の書籍化作家が集まる場であろうと、結構注目されているんですよ。
その文芸部を一手にまとめるユエルス部長は大した方だと思います。
話していて安心できる先輩です。
「お持ちなのが部長の書いたお話ですか?」
「うん。短編だけどね」
「読ませてくださいよ」
「どうぞ」
短編から投入してみるのはセオリーですね。
私もエスキュールさんに教わったことです。
「ええっ? これホラーじゃないですか。わたし怖いの苦手なの。モニカどうぞ」
「ええ?」
私だって怖いのは嫌いなんですけど。
アデルはしょうがないんですから。
ええと……あれ? この筆跡は……。
間違いありません。
私が見誤るはずがありません。
部長に聞いてみます。
「……部長はいつから書き手になったのですか」
「今年からだよ」
「それまでは読み手登録していたんですよね?」
「うん」
「モニカ、どういうこと? 何なの?」
「エスキュールさんの筆跡なの。部長が私の探していたエスキュールさんなのよ」
「ええっ?」
そうですか。
部長は書き手に転じたから、読み手登録を解除したのですね?
書き手登録と読み手登録は兼ねられませんから。
「よかった……」
「も、モニカ嬢どうしたの?」
涙がこぼれてきてしまいました。
だって……。
「急に感想をくださらなくなったから、どうされたのかと思っていたのです。嫌われてしまったのかとか、お身体を悪くしたのかとか。色々考えてしまって……」
「ご、ごめんね?」
「よろしいのです。お元気でよかった……」
「モニカはエスキュールさんに恋していたんですよ」
「えっ?」
「信用できる人だって。会ってみたかったって」
「そ、そうなの? いや、僕も素人同然から駆け上がっていった書き手モニカ・ライトに会ってみたいとは思っていたけど」
「両想いですねっ!」
もう、アデルったら。
でも嬉しいです。
信用できるエスキュールさんが信頼できるユエルス部長だったなんて。
「部長のアドバイスのおかげで、私は書くことができています。大変感謝しております」
「モニカ嬢には才能があったんだよ。僕なんかいなくても、遅かれ早かれ書籍化作家になっただろうさ」
「いえ、私は……」
エスキュールさんがいなければ挫折してしまっていたと思います。
そしてまだ私は書籍化作家じゃないですよ。
でも部長が信じてくださっているのですね。
勇気が出ます。
「部長、モニカ。ヒューマンドラマ展開もいいんだけどさ。わたしは恋愛展開が見たいの」
「もう、アデルったら。でも部長。私がエスキュールさんに特別な感情を抱いていたというのは事実なんです」
「エスキュールが僕だとわかっても?」
「部長は素敵だと思ってましたよ」
穏やかで、それでいてきちんと部を導いていらっしゃって。
け、結構ハンサムですし……。
「どん!」
「きゃっ!」
アデルに押されました。
部長に抱き着く格好になりましたが。
「大丈夫かい?」
「は、はい」
「これですよ、これ。わたしが見たかったのは!」
アデルの身勝手な言い分に、思わず部長と視線が合いました。
ああ、やはり私はユエルス部長のことを……。
「さて、書き手登録しなくちゃ。モニカ、いつまでも部長を堪能していないで、受付に案内してよ」
もう、本当にアデルは勝手なんですからっ!
部長に恋人がいないか聞いてくださいよ!
いえ、恋愛展開が見たいと言っていたアデルは種を蒔くところまで。
その後の世話は私とユエルス部長の仕事ですね。
再び部長と視線が合います。
祝福の鐘が鳴る確かな予感。
――――――――――後日談。アデルとモニカの会話。
「二人の時は部長じゃなくて、ユエルス様って呼んでるの?」
「ええ。婚約も決まりましたし。でも一つ困ったことがあるの」
「愛され過ぎて困るの?」
「違いますわよ。書いたお話で悪いところを指摘してくれって言われるのですけれど、ユエルス様が書くのはホラーでしょう? 怖くて怖くて」
「そこはきゃあ怖いって抱きつくチャンスでしょう?」
アデルは恋愛脳。
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