第4話 ミコトのホットケーキ
ボクとミコトは物心付いた時から、ずっと一緒に居た。
ボク達が赤ん坊の頃、二人の母親が公園デビューした時ママ友になって、それ以来の付き合いなのだそうだ。
二人の名前も『ミナト』『ミコト』と真ん中の一文字違いなので、小さい頃は『ミナちゃん』『ミコちゃん』と呼び合っていた。
そんな呼び方もあり、その頃から女顔だったボクは、小さな頃は良く他の男の子からいじめられていた。
けど、そんな時に助けてくれるのは、やっぱり何時もミコトだった。
男の子にも負けないミコトは、いつも元気でカッコ良くて、ヒーローみたいだった。
そんなミコトをボクは、ズッと憧れを持って見ていたと思う。
何時もミコトの手を握って離さない子供だった記憶がある。
そんなボク等も成長すれば、それなりに変わって来るモノもある。
家族付き合いのあるボク達の距離感は、相変わらず変わっていないと思うけど、成長と共に意識するモノは変わって行く。
カッコイイ、ボクのヒーローだったミコトは、いつの間にか可愛い女の子になっていた。
高校生にもなれば、それは顕著だ。
小さい頃と同じ様に抱き付いて来るミコトに、ドキドキしない訳が無く、そんなコッチの心情なんかお構いなしに笑うミコトの笑顔は眩しくて、ずっと一緒に居たいと思ってた。
そう、ずっと一緒に居たいんだ。
いつか、いつかミコトにそう言える様になりたいと思っていた……。
…………思っていたのに……。
◇
「……もう、おヨメに行けない。……シクシク」
ボクは掛け布団を抱かかえ、ベッドの端っこでシクシクと泣いていた。
「だからぁゴメンってばー」
「……うぅぅうう」
「ち、小っちゃい頃! 何度も一緒にお風呂入ってたんだから平気でしょ?!」
「い、今、小っちゃい頃じゃ……な、ない、もン」
「もう! 何時までもメソメソしないの! 男でしょ?!」
「だからぁ、も、もう男じゃないんだモン……」
「あぁ……うん、そか。えっと、それで……その『イキナリ女』はいつ元に戻るの?」
「うくぅ……、だから! 戻らないってばぁ! 人の話聞いてた? ……ぅぅ」
「ウソ! マジで?!」
「……マジで」
「……え、えと『性転換症候群』だっけ?」
「……ぅん」
なんとも気まずい空気が流れてた。
ミコトは、ボクのパンツを剥ぎ取った事を何度も謝って来た。
どうしても確かめずにはいられなくて、思わずやっちゃったって言うけれど。……イキナリ異性のパンツを下ろすかぁ?!
まあ、今は同じ女の子になってるけど……、それでも! 同性だからってやって良い事じゃ無いよね?!
ましてや! 男として認識していた相手のパンツだよ?!
そんな相手のパンツ下ろさないでしょ? いくらなんでも!!
ミコト、時々やる事が大胆すぎてコワイよホント!!!
こんな……こんなさ、一番知られたくなかった相手にさ、一番最初に、しかもダイレクトに見られて知られてしまうなんてさ……。ボクの受けたこの衝撃とか絶望とか! 誰か分っては貰えないだろうか?!!
うぐぅ……、そんな事考えたら、また涙が滲んで来た。
「ぅう……ぅぐ、……ぅ……うぇ」
「あ、あ……、ホントにゴメン。ゴメンねミナト」
ボクが、ホントにマジ泣きしそうだと分ったのか、ミコトは慌てた様にボクを抱き締めて来た。
そのままボクの頭を胸元で抱き寄せて、優しく頭を撫でて来る。
「ゴメンね、ゴメンね、ミナト。ミナトにヒドイ事する気は全然無いのよ? でも、酷かったよね? アタシが酷かった……。アタシがミナトにヒドイ事しちゃった! ゴメン! アタシが悪いの、ゴメンねミナト」
「……ぁ、あ……あぅ、あ、ぁうぅぅ……ぅえ……、えぅ、……うえ、うぇえぇ! ぅえ! うえええ……!!」
ミコトの胸に顔を埋めて、ボクは泣き始めていた。
なんだか、ミコトの『酷いコトしちゃってゴメンね』って言葉が、胸の中にある何かのシコリを抉った気がした。
「ミナトは何にも悪くないんだから! 悪いのはアタシだから! ミナトが泣く事じゃ無いの。ミナトは全然悪くないよ。ね? だから泣かないで? ね?」
『ミナトは何にも悪くない』って言葉で、ドカンと涙が溢れて来た。
「ぅ、ぅえ! ミ、ミコ、ミコトぉ……いいのぉ? ボ、ボク、悪くないのぉ? ボク、ココに居てもイイのぉ? ミコトぉぉ、ぅうぇ、ぅえっ! ぅあ! うあぁぁぁぁぁぁ」
ボクの中で、何かが決壊してた。
思えば朝から急展開過ぎたんだ。
自分の性別が突然変わって、それをどう受け止めて良いのかなんて、分る訳がない。
この先も続くと思っていた今までの自分の人生が、今朝、突然切断されたんだ。
途方に暮れる間も与えられず、検査だ診断だと慌ただしく連れ回されて、気が付いたら自分のベッドの上だ。このたった半日で、ボクの残りの人生が、イキナリ予想もしない形に決定されてしまったのだ。
……こんなのないよ。
思えば、この先に僕には不安しかない。
女の子としてこの先、生きて行くの? そんな事出来る自信全然無いよ?
学校は? このまま行けるの? 皆は? みんなはどう思うのさ?
昨日まで男子だったのに、イキナリ女子だって言って受け入れて貰えるの?
父さん、母さんだってどう思っているんだろう?
いきなり息子が娘になっちゃうんだよ? 受け入れられるの? 受け入れてくれるの?
もし、皆が受け入れてくれなかったら、ボクはどうすればイイんだろう?
ココに居て良いのかな? 居ちゃいけないんじゃないかな?
……それに、それに! ミコトが、ミコトがもしボクの事、気持ち悪がったらどうしよう?!
そんな事に、そんな事になったら、ボクはどうやって…………。
そんな、形になって居なかった漠然とした不安が、一気に爆発してしまったんだ。
もう涙が止まらない、不安で不安でしょうがなくなって、ミコトに縋り付くしか出来なくなった。
「大丈夫だよ、ミナト。大丈夫だから、ミナトは何にも悪くない。ズッとアタシが傍にいるから、ね? 大丈夫だよミナト?」
ミコトは、僕たちが小さい頃から、ボクが泣きだすとこうやって抱きしめてくれたっけ……。
こんな風に頭を撫でられていると、子供の頃に戻ったみたいで涙がドンドン溢れて来て、力いっぱいミコトにしがみ付いてしまう。
「ぅ、ぅあ……ミコト、ミコトぉぉ、ぅあぅぁあああんん」
ミコトは、ボクの中で不安が爆発してる事を、察してくれたんだと思う。
スゴく優しく、ボクの頭を抱かかえ、丁寧に丁寧に髪を撫でてくれていた。
「うん、大丈夫だよミナト、一緒だよ? いつもアタシはミナトと一緒にいるから……ね?」
「ぅん……、うん、ミコト、ミコトぉ……」
ミコトに甘えながら、思い切り泣いてしまった。
こんな風にミコトに甘やかされるのって、小学校の1~2年生以来かな?
だって、中学高校へ行くようになった男子が、女の子に甘えるなんて出来る訳無いもんね。
沢山甘えて沢山泣いたら、なんか胸の中にあった意味不明なモヤモヤが、どこかに溶けて行ってしまった気がする。
ミコトは偉大だと感じてしまう。
やっぱり、いつもボクに手を差し伸べて来るのはミコトなんだ。
そんなミコトの事を、ボクは……。
「少しは落ち着いた?」
「……ウン、ありがとミコト」
「うん……よかった。……でも、可愛かったぞぉ泣いてるミナト。もう少しで押し倒しちゃうトコだったよ? ふふん♪」
「また、そう云う事言う……。もう、こんな時に悪い冗談止めてよぉ! 今、身体に力入らないんだからさぁ」
「あ、そか、ゴメンね。無理に身体起こしちゃって……。大丈夫? 横になろ?」
ミコトがそう言って、ボクの身体をソッと横にして布団をかけてくれた。
そんな時、バタバタバターっと階段を駆け上がって来る音がした。
「にいちゃん! だいじょうぶか?!」
弟の裕司だ。
裕司は7つ年下で、今9歳の小学4年生だ。
「お! ユウジ! お帰り!!」
「あ! ミコトだ!」
「おかえり……、ユウジ」
「あ、にいちゃん! ……だいじょうぶ?」
ユウジがランドセルを放り投げて、ボクのベッドへ乗ろうと駆け寄って来た。
でも、そんなユウジを、ミコトが後ろから抱えて止めた。
「こら! ユウジ! おにいちゃん今は寝て無いと起きられなくなっちゃうんだから! ダメだよ! ベッドに乗っちゃ!」
「え?! そうなの? ゴメンにいちゃん、平気だった?」
「大丈夫だよユウジ。ありがとうね」
さっき、真っ先にベッドへ上がって来たのはミコトなんだけどな……。と思うんだけど、ワザワザ口にはしない。そんな地雷、自分からは踏まない……。
ユウジの頭を、ありがとうと言って撫でて上げると、ユウジは嬉しそうに笑っていた。
「よし! ユウジ、お腹空いてる? おやつにホットケーキ作ったげようか?」
「ホント?! やったぁ!!」
「ミナトも食べるでしょ?」
「うん、いただく。何か、お腹減ってしょうがないんだ……」
「そっか! じゃ沢山食べないと! 食べて早く元気になろ?! よし、行こ! ユウジ!」
「ウン! オレ、お皿出す!」
ホットケーキは、料理があまり(?)得意では無いミコトが自慢できる、数少ないレパートリーの1つなのだ。
市販のミックス粉を使った物だけど、何故かミコトが焼くと誰よりもとても美味しい物になる。
昔からボクの大好物だ。
ユウジもボクと一緒でミコトのホットケーキが大好きで、どんなにへそを曲げててもミコトがホットケーキを焼いてくれるとなると、途端に機嫌が直る現金なヤツだ。
ミコトはユウジを連れて、静かにする様に言い含めながら部屋を出て行った。
2人の声が離れて行くのを聞きながら、ボクはそのまま、ゆっくり意識を手放した。
少しの時間眠っていたのだろうか……。
やがて、鼻腔をくすぐる甘い香りで薄っすらと目が開いていく。
そこには鼻先に突き付けられたホッカホカのホットケーキと、遠慮しがちだけど悪戯っぽく笑うミコトの顔が、微睡むボクの目に入って来た。
ボクはその、溶けたバターと甘いメイプルシロップがタップリと染み込んだ一欠片を、寝起きだと言うのに何の躊躇いもなく一口でパクリと頬張った。
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