這い寄る恐怖
『第12話 連行更衣室』後の授業のエピソード
この日の授業は短距離走だったんだけど、先生には「タイムは気にしなくていい。体力作りと思って気楽に走れ」と言われていた。
実際、体力がどれだけ戻ってるのか分からなかったので、不安があったのは間違いない。
クラスの女子達からも、「大丈夫?」「無理しないでね」と気を遣って貰えたのは本当に有難かった。
結果的にタイムは10.2とかなり遅めだったんだけど、「この前まで寝込んでいたんだから十分だよ」と陸上部の霞さんに笑顔で肩を叩かれたのは、ちょっと嬉しかったかな。
でも走った後、コースから離れて他の子達の走りを見学していたら、ボクの後ろでしゃがみ込んでいた鈴谷さんが、おかしな事を言い出した。
「ミナの尻……、ヤベェよな」
「はへ?!」
なんだろ? 鈴谷さんの座った目付きがコワいんだけど!
「上にばっか目が行きがちだけど、よく見りゃかなり……エグい」
「え? な、なにが? イキナリ何言い出してんの??」
「横への張り具合と言い、突き出た丸みと言い、動いた時の揺れ方と言い……スカートでは分からん、ジャージだからこそ明かされる形状!!」
だから鈴谷さんはさっきから何を言ってるのさっ?
しゃがみこんで、凄い食い入るような目でコッチ見てるんですけど?!
「ハッキリ言って、ミナの尻は…………エロいッッ!!!」
「なぁあっ?!!」
言うに事欠いてボクのお尻をエロいとか言い出した?! 鈴谷さんの鼻がプクリと膨れたよ?!
ボクは咄嗟にお尻を押さえて後ろに下がったんだけど……。
でも、周りの子達までボクのお尻に視線を向け始めた?!
「ミナトのおヒップの良さに気づくとは……皐め、良い目をしておる」
「はぁあ?」
ミコトまで何言ってんのさ?!
「この、ふわフカ具合は並の逸品では無いとだけ言っておこう!」
「にゃぁにぉ?!」
「ふ、ふわふわ……? ミ、ミコっち! あちしにも……、あちしにも触らせては貰えまいか?!」
「フッ!」
「ちょぉ――っ!?」
目も見開き手をワキワキし始めた嶋岡さんに対し、ミコトがクールっぽく鼻で笑って見せる。
そんでその直後、あろう事かイキナリボクのお尻を鷲掴みして来た!
こんな公衆の面前で何しはりますの?!
「残念だったなぁ! コレはあたしのモノだ――――ッ!! うはははは!」
「な! なに言ってんのぉおぉぉ――――――――――ッッッ??!!」
ミコトがボクのお尻をワシワシ揉んで来るるるぅ!
く、食い込む! 食い込むから! 食い込んでるからぁ――――――!!
鈴谷さんと嶋岡さんが凄い悔しそうな顔してる!
嶋岡さんに至っては、今にも悔し泣きしそうになってるのは何でよ?!!
多岐川さんは、メチャ面白そうにニヤニヤしてるし!
霞さんや他の子達は引いてるよ! 多分!
…………引いてるよね?
とその時、ゾワッ! とボクは何か悍ましい気配を背後に感じた。
咄嗟に気配がした方に目線を向けると、そこには校庭の端の植え込みがある。
しかし! その隙間から爛々と光を放つ怪しい双眸!
この悍ましくも怪しい二つの目に、ボクは見覚えがある!
そうだ! それはまごう事無くこれでもかと目を見開くアンドの目だ!!
しかも何故だかコイツ、ダラダラと鼻血まで垂らしている!
「ぅぎゃあぁぁああぁぁ――――――――ッッ!!」
そのあまりの悍ましさに、ボクは悲鳴を上げていた!
コイツ! ボクのお尻を凝視して鼻血を噴いたっ?!
大体にして今日は男子、サッカーのはずだろう! それをわざわざ女子の方まで這いずって来たってのか?!!
なんて……なんて変態だッッ!!
ボクの悲鳴にいち早く反応した鈴谷さんも、アンドの存在に気が付いた。
「ぅお! 気色ワルっ!」
鈴谷さんの叫びを皮切りに、他の女子達も続々と植込みの中のアンドに気が付く。
ハッとした様に気付かれた事を悟ったアンドが、逃げようと植込みの中を後ずさるがもう遅い。既に後ろに回っていた霞さんと嶋岡さんに、それぞれ両脚を持たれて植込みの中から引きずり出された。
その後は皆にゲシゲシと踏みつけられ、今度はアンドが悲鳴を上げる。
でも、時々アンドの悲鳴が嬉しそうな色を帯びるのは何故だ? なんだろ、ホントにキモイ。
やがて騒ぎに気付いたコータとヤナギさんが、女子達に頭を下げながらアンドを引きずり回収して行った。
引きずられながら「シリを! シリを~~」とかアンドが喚いてる。それをコータが「何言ってんだ?!」と頭を小突く。
いい加減その性犯罪者予備軍なんとかしてよ! とボクはコータを睨むのを忘れない。
ボクの視線に気づいたコータは、済まなそうに幾分頬を染めながら下を向いたけど……、ホントどうにかしてよね!
……それにしても、男ってこんなキモい生き物だったっけ?
何故だろうか、自分の中にあった認識が、グラングランと音を立てて崩れて行く様な感覚だ。
いや、アイツが……アンドが特別変態なだけだ!
うん! アイツは昔からブレなく変わらずの変態だ! そうだよそうに違いない!
そう思ってコータを見ると……あれ? アイツもコッチ見てる?
ン? 何処を見てるんだ?
はた! と気が付き瞬間両手で胸元を覆う。するとコータはあからさまに顔を赤らめ横を向いた。
ぐぬぬぬぬ!
今迄の認識という積み上がっていた物が、今度はガラガラと崩れ始めたように感じてしまう。
ボクは1人、そんな心の崩落を感じていた。
……いたのだけれども。
だけどボクの後ろでしゃがみ込み、そこでずっとお尻をワシワシするミコトの手は最初からずっと止まっていなかった。
今あった騒ぎなど我関せずなこの人も、やっぱブレが無いって事なの?!
コッチはこっちで新たな何かが積み上げられてる気がするんですが!
「むふぅー! やはりこの沈み込む様な柔らかさ……至高!」
「少しは遠慮しようね!!」
涙のボクの訴えは、やはりミコトの耳には届かないのだった!
三連休中、つい出来心で書いてしまい投下しまする。




