第19話 気まずさの季節
「うわっ、ぅわっ! うわっっ!!」
「ぃよしっ! 飛べッ!」
「ぎゃ――――――!!」
コータが全く手加減してくれない。
ゲーム自体が久しぶりなんだから少しは思いやりというものを持って、手加減とかしてくれても良いと思うんだ。『接待プレイ』とか知らないのか?!!
だけどコータには、そんな配慮をしてくれる心づもりは一切無いようだ。
「全く何もさせて貰えないッ?! しかも5連続!!」
「ミナト弱くなったのと違うか?」
「だから病み上がり! だから配慮ッッ!!!」
「ゴメン、知らない日本語だ」
「ンがっ?!」
そのあまりの言動に、ボクはコントローラーを叩きつけ、ズズイッとばかりにコータに詰め寄った。
コータは「ワルイわるい」と言いながらも笑いを止めない。
あ、コイツ! ボクをおちょくって楽しんでる?!
「おまえ――!」
首でも絞めてやろうかと片膝立てて「こんにゃろ!」とばかりに迫ってやった。
……やったんだけど……。
あれ? なんかコータの反応がおかしいゾ?
ボクに首元を掴まれたまま動かなくなった。「……あ、……ゃ、いや」とか言いながら固まってる?
でも目だけは見開いていて、その視線の先は下の方を向いて……?
ぅぎゃッ!!
ボクは慌てて立てていた膝を戻し、そのまま脚を閉じてスカートを押さえ、その場にペタリと座り込んだ!
「お! おま! お、お、ぉ、おまえ!!」
「ふ、不可抗力だ! 分かるだろ?! 見ようとしてたワケじゃ……」
確かに、いつもと同じ調子でいたボクが不注意だったのは間違いない。
男だった頃と同じ感覚で、スカートを履いている事もすっかり頭から抜けていた。
ミコトには散々女の子としての自覚を持てと言われてるのに……。
でも、だけど! それでもコータがガン見してた事実は変わらない!!
「ガン見とか……信じらんない!」
「だ、だから……。い、いや、わるい……」
顔がすごい熱い。思った以上に恥ずかしいって事?
それになんだ? このこみ上げて来るモノは? 悔しさ?
そして凄い居た堪れない。そんでコータの事を見られない。
「も、もうちょっと、配慮と言う物をだね……」
「……あ、う、うん。なんか……ごめん」
明後日の方を見ながらスカートを伸ばそうと一度立ち上がり、何気にそのまま足を前へ一歩踏み出した。
そしたら、何か硬い物を踏みつけて足の裏がゴツリとした!
「ぁだっ!」
踏んだのは、さっき放り投げたコントローラーだ!
慌てて軸足を変えようとしたら、今度はさっきまで座っていたクッションに足が引っ掛かり、その場で思いっきりバランスを崩してしまった。
「危なッ!!」
「うぎゃ!」
咄嗟にコータは、ボクを支えようと腕を伸ばしたみたいだ。
だけど残念ながらボクの身体は、きれいに真後ろにひっくり返った。
後ろ頭を床に打ち付けなかったのは、コータの腕のお陰かも。
「だ、大丈……あ」
「……ふぎゅぎゅッ!!」
だけれど! ひっくり返ったボクに引っ張られた形でコータも倒れ込み、ボクの上に重なっている!
しかも! しかもその右手は、どうしてボクの左胸に埋まってるのかっ?!!
ボクはあまりのショックに言葉がちゃんと出てこない。
あ! スカートが再び捲れ上がって、ま、またパンツまでが!!
その上コータの膝がボクの両脚を割って入って、あろう事かその突き当りに当たっているぅ!
あぁ! コイツ! また目線を下に!!!
「いやぁ、ワリぃ! 遅くなった!」
その凄いタイミングで空気も読まず、ズケズケと部屋に入ってくる奴等がいた。
アンドとヤナギさんだ。
そういえば、2人とも来ると言っていたんだ。すっかりそんな事は忘れていたよ!
「あべッ!」
頭が真っ白になったボクは、2人がドアを開けた瞬間コータを思いっきり突き飛ばしていた。
コータはおかしな声を上げて吹っ飛んだ。
ボクは直ぐ帽子とバックを拾い上げ、入り口の2人を押し除けて後ろも見ずに部屋から出た。
「え? どうした? なに? え? ミナト?」
アンドの素っ頓狂な声が後ろから聞こえて来たが、知った事じゃない。
ボクはそのまま脱兎のごとく、コータの家からも飛び出していた。
コータの家を出て直ぐの角を曲がって、そこに在った電信柱に背中を預けて呼吸を整える。
呼吸がひどく荒い。身体も火照っているのか顔が凄く熱い。
心臓が凄く跳ねあがっていて、今にも喉から飛び出しそうだ。鼓動が直に聞こえて来る様だ。
なんでボクはこんなにドキドキしてるんだ?
コータ相手だぞ? あんな事があったからって、いくらなんでも在り得ないだろ?!
何だよアレ。「ラッキースケベ」ってヤツ?!
冗談じゃ無いぞ! なんでボクがコータ相手にそんなモノ提供しなきゃいけないんだ?
全然コッチには何一つイイ事無いぞ!
大体アイツ! あの時ボクの胸揉んでるよね?!
それも2回! 2回ニギニギと手を動かした! 絶対間違いない!!
あんな奴もう性犯罪者じゃん! 許せないよね?!
なのに……なのに、何でか顔の火照りが収まらない?
胸の鼓動も異常に速い……。
これじゃまるで、ボクがコータに対してドギマギしてるみたいじゃないか!
なんか屈辱的だ。
頬に両手を当ててみると、やっぱり熱さを感じる。
突然セクハラ行為を受けた事で取り乱しているんだろうけど……。でも、そんな自分が情けない!
よし! ひとまず落ち着こう!
呼吸を整え、胸の動悸を抑えるんだ。
赤い顔したままじゃ、街中は歩けないからね!
ヒッ・ヒッ・フー……。ヒッ・ヒッ・フー……。
ふと、そこに視線を感じた。
視線を感じた方に顔を向けると、こちらを見ている目と合った。
は? なんでよ?
何でこんな所に居るのさ……ミコト!
ミコトが眼を見開いて、無言でボクの事をガン見している。
なにコレ……? 一体何が起きてるの?
さっき迄とは明らかに違う胸の動悸が、苦しい位に激しくなった。
外気は暑い筈なのに、背中に流れる汗が妙に冷たい。
見つかってはいけない物を見られたような、言いようの無い不思議な気まずさが、胸の奥底で燻っている感じだ。
かくしてボクの頭は混乱を極めてしまった。只々思考は真っ白になり、ボクは何も考える事が出来なくなっていたのだ。
そこには唯静かに、冷たい時間だけが流れていた。
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