第16話 小さな橋の上で
「よう! 今帰りか?」
「げッ、お兄ちゃん」
地元の駅に着き、アーケードを抜けた先にある橋の手前で、ボク達は突然声をかけられた。
ニコニコと軽い感じで手を上げているのは檜榎 巧望さん。
ミコトのお兄さんだ。
「……あ、ご無沙汰……しています」
会うのは結構久しぶりかな?
歳はボク等より確か5~6コ上だった筈。
身長はミコトよりも頭一つ大きい。ミコトによく似た力のある目が印象的だ。
今は家業のお手伝いをしてるってミコトが言っていた。
「ああ、お久し……ぶり? 美古都のお友達? えっと……誰子ちゃんだったかな?」
「あ、ミナトです。スイマセン……分かりませんよね」
「……はあ?! 湊君ン?! はぁあっ?!!」
「ちょっとお兄ちゃん! 道端で煩い」
そりゃこういう反応になるよね。
巧望さん、目をまん丸にしてる。
「……そう言えば美古都、そんな事言ってたな。今思い出した!」
「なんか、スイマセン」
「いやいや! 謝らないでよ湊君! 寧ろ此方こそ無遠慮で申し訳ない!」
「そ、そんな事!」
「でもさ、こんなに可愛らしくなってたら無理も無いと許して欲しい!」
「か! 可愛いだなん……て」
「ちょっとお兄ちゃん?! ミナトの事いやらしい目で見ないでくれる?!!」
「見てないって! ってか美古都、目がコワイよ!!」
巧望さんの目が悪戯っぽく笑っている。
あ、これはボクと言うよりも、ミコトを揶揄っている感じ?
「大体さ! お兄ちゃんこそ何でこんなトコにいるのよ?」
「あー、これから『本宅』に行かなきゃいけないんだ」
「本宅? ああ、秋祭り用の手伝い?」
「まあ、そうなんだけどな。なんでも山車の修復に手がかかってるらしくてさ」
「へぇー、なんか大変そう?」
「多分暫く泊まり込む」
ミコトの家は商店街で営んでいる工芸品店だ。
工芸品を扱っていると言ってもお土産屋さんと言う訳ではなく、お店で扱っているのは太鼓とか法被とかのお祭り用の品が殆どなのだとか。
でも、どちらかと言うと神事に使う物? を主に扱っているとか言っていた。
なのでお祭り前の時期とかは、なにかと忙しくなるそうだ。
なんでも檜榎家の大元は、『宮師』って言ったかな? 神具造りとかをする職人さんの家系の分家なのだそうだ。
さっきから巧望さんが『本宅』と言ってるのは、その宮師職人の本家の事を言っているらしい。
こう見えてミコトの家は、中々に伝統ある家系なのだそうだ。
巧望さんは家業を手伝う傍ら、こうして本家で通いの職人さんとして仕事をしているとミコトは言っていた。
「父さん母さんも、暫くは『御山』に手伝いに入るそうだから、こっから半月くらいは留守がちになるってさ」
「そうなんだ」
「ウチで飯が用意出来ない時は、南野さんか、西条さんで世話になれってさ」
「うん、分かったよ。あたしも何か手伝おうか?」
「何かあるなら『御山』の方じゃないか? 必要だったら声かかるだろうから、そん時は頼むわ」
「りょーかーい」
「湊く……湊ちゃんも、またね!」
「あ、はい。お気を付けて」
ニコニコと手を振って離れる巧望さんに、ボク達も手を振って見送った。
「もう! いきなり身内に会うとかビックリしちゃうよね!」
ミコトはそう言うと、橋の欄干に肘を乗せて背中を預けた。そしてそのまま盛大に溜息を吐き出す。
「まあ、ビックリはしたけどね」
疲れたと言いたげなその様子が可笑しくて、少しクスリとしてしまう。
そしてミコトに同意しながら、ボクも欄干に身体を預けた。
「なんか大変そうだね? ……良ければウチでご飯食べる?」
「え? さすがにそれは申し訳ないよ」
「どうせ週の半分はボクが作ってるんだし。ミコトのタイミングが合えば食べて行けばいいよ。今までも普通に食べてるじゃない」
「まあ、それはそうなんだけどね……」
ココの所、ミコトはボクの家に毎日来ている。
まだボクがまともに動けない時なんかは、夕食時まで居てくれて、毎日一緒に食事もしていた。
ココで遠慮されるのも、逆に今更感がすごいんだよね。
「なんか、おばさんに悪いんじゃないかと思っちゃうんだよね……」
「それこそ今更だよ。母さんだって歓迎するよ!」
「わかった! じゃその時はあたしもお料理手伝うから!」
「いえ、それは結構です」
手伝うと言い出したミコトの申し出を、ボクはキッパリ手を伸ばしてお断りさせて頂いた。
なんで巧望さんが、他所でご飯しろと言っているのか分かってないのかな?
巧望さんは、ミコトに「料理をするな」と言っているんだよ? 「そんな危険な事はするな!」と。
ボクも当然ミコトの料理のウデを理解しているので、そんな危うい事はご遠慮願っているワケだ!
ミコトは「どゆ事よーーッ!」といきり立ってボクのほっぺを指でグリグリして来るが、こればかりは譲れない!
散々ボクのほっぺたを突いたり引っ張ったりした後、満足したのか「まあ良いけどね!」と言って、ミコトは橋の欄干に肘を付き、ワザとらしい溜息を吐く。
まったく、ホットケーキ以外のミコトの料理は、危険物になると言う事が未だに自覚が無いのだろうか?
ミコトはその場で少し欄干に身体を預けたまま、不満げに身体を揺らしていたけど、フッと何かを思い出したような顔をしてコチラを向いた。
「ねえ? ここの橋、覚えてる?」
「…………ん」
「良くミナト、この下に籠ってたよね」
「こ、籠ってたワケじゃないし……」
欄干から、川を覗き込む様に身体を伸ばし、ミコトが突然ボクの黒歴史に踏み込んで来た!
そういう小さい頃の事を、いきなり掘り起こすのはやめてよね!
ついついボクの口調も詰まってしまう。
「まだこの下に籠って泣いてる?」
「な、泣いてるワケないじゃない! 泣かないし! 籠らないし!!」
「あはははは! 大丈夫! 泣いてたら、またあたしが迎えに行ってあげるから!」
「だからぁ……。籠らないって言うのに……」
くぬぅ~~! ミコトはやっぱり面白がっている!
いくらなんでも高校生にもなって、こんな所に籠って泣かないっての!
ミコトってば、それが分って言っているよね?!
またしてもミコトがボクのほっぺを突いて来る。
今度はさっきの不満そうな顔と打って変わり、満面の笑みでの突っつきだ。
なんだかズイブン楽しそうですねっ!
それでも、最後は押す指先も優しくなって、そっと静かに頬を撫でられた。
「やっぱりミナトは、ミナトだね……」
「もう……ナニ言ってんの……」
目を細め、優し気な表情を浮かべるミコトに、思わずドキリとしてしまう。
そのままミコトに手を引かれ帰路についたけど、しばらくは頬が熱くて顔を上げる事が出来なかった。
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