ナオの武器
ダンジョン前に到着した。
やっぱりみんな、ストレッチをしないのかぁ……と思ったら、アランさんとジュードさん、リシェルさんはストレッチを始めた。マハトさんは「何それ」と冷ややか。
アランさんが「怪我の予防らしい。全ての回復をリシェルに任せると負担が増えるからな。」と答えていた。
それを聞いたマハトさんも機嫌悪そうに始めたのでかなりびっくりした。
全身を使って戦うナオの場合、ストレッチは大切になってくる。キックボクサー(初心者)としてはしっかりやっておきたい所だが、
リシェルさんに「今日はもしかしたらナオちゃんに出番はないかも?」と言われた。
レベル7だしなぁ……と思っていたら、じっと目を合わせてゆっくり言われた。「パーティメンバーの連携の動きをよく見ておくのよ。」
ダンジョン内に入るなり、ジュードさんが先行してハンドサインを送って、頷いたマハトさんが手を前に出すと、炎がフロア中に拡がり、小さな残り火になって消えた。マハトさんの手の中に、あの売れる石が大量に集まる。コアと呼んでいるみたい。
「次のフロアよ。」
「リシェルさん、まさかですが、このフロアに敵はいなくなりました?」
「居るわけないでしょう。私たちが通った後よ?」
……もしかしてこのパーティは強いんじゃないだろうか。
地下の階段を降り、ジュードさんがハンドサインを出して、頷いたマハトさんが焼き尽くす。
何度繰り返したか分からなくなってきた頃、ジュードさんがサインを出さずに戻ってきた。「ボス部屋だ。この階からは打ち合わせ通りで」みんな無言で頷く。私も頷いておいた。意味は分かっていない。
いかにも大きなボスが出てきそうな、見上げるほどに天井の高い部屋で、ビリビリと殺気を感じる。
「ナオ、こっち。離れたところで見てて。」
柱の陰に引っ張られ、リシェルさんは私に防御魔法をかけてくれた。
部屋の奥から何か大きな……。
すっごく大きなオークがのっそりと現れた。今更ながら、本当にここは異世界なんだなと思った。
アランさんがオークの真ん前に立ちはだかり、右手に剣を、左手に大きな盾を持った。……私は、腰を痛める前にストレッチを教えておいて良かったと思った。
「はあああ!!!」
アランさんの気迫をビリビリと感じながらも、しっかり全体を見る。私の前方、アランさんの右後方にリシェルさん、左後方には、柱に寄りかかり腕を組むマハトさんが見えた。やる気、なさそう。
ジュードさんがいない。
オークが巨大な棍棒を打ち下ろすが、アランさんは当たる直前、一歩前に出て、インパクトの瞬間をずらした。……なんだかこんなに距離があるのに妙にはっきり見えることに気づいた。私、視力が上がった?
突然、オークの身体がバラバラになり、崩れ落ちた。
うおえー!気持ち悪い!と思ったが、何が起きたか分からない。
私の顔を見て何か察したらしいジュードさんは「強化ワイヤーだ。」とだけ言った。
ドロップした物をマジックボックスに入れてまた地下へ降りる。
先頭にジュードさん、2番目にマハトさん、3番目に私、4番目にリシェルさん、最後にアランさん。
この並びにも意味があるのかもしれない。
正直、何も分からない状態なので不安だけど、不動心と自分に言い聞かせてついて行った。
ジュードさんは凄い。ハンドサインは、人が居ないかとか、罠が無いかの確認だと思う。
マハトさんが面倒がらずに毎回頷くのも、なんだか凄い。
マハトさんの炎を生き残るモンスターも出てきて、その時はアランさんが倒していた。
ボス部屋になると、アランさんが敵の一番前に立ちはだかる。
その背中がすごく頼もしい。
アランさんが引き付け、攻撃を受けている間、ジュードさんは毒や麻痺の攻撃だったり、急所を狙って死角から攻撃している。
マハトさんは範囲攻撃担当らしく、ボス以外の弱い敵を一掃する他に、味方に隙が出来るとサポートするように取りこぼした敵を殲滅している。
リシェルさんは、防御魔法や素早さが上がる魔法でパーティの強さを底上げしていた。
数度目のボス部屋で、戦闘が終わった後、少し休憩した。
マップを指差すジュードさんと頷くアランさん。つまらなそうに爪を弾くマハトさん、リシェルさんはハマったのかストレッチをしている。
「近くにモンスターが出ない安全な場所があるからそこに行こう。」みんなアランさんの指示に従う。
そこに入ったら、妙な安心感がある。思わず「ッはあ~~!」とひっくり返って横になってしまった。「大丈夫?」とリシェルさんに心配されるが、私はなんにもしてない。なのに、なぜか一番疲れている様子なのは、私なのだ。
「初めてのボス部屋で緊張したんじゃない?」と言いながら、回復をかけてもらう。体がすっきりした。
アランさんに「ナオはレベルいくつになったんだ?」と聞かれたので謎のタグに手を当ててステータスをみんなに見せる。
「レベル……35?ちょっと早くないか?」と不思議そうなアランさん。
「キックボクサー(初心者)、空手道……ジョブまで変わってるね」マハトさん……。
「コレなに?」とジュードさんが指差した先に神の加護と書いてある。神の加護……??
リシェルさんに神の加護に心当たりがあるか聞かれたけどある訳もなく。
どうも体力がない私は少しだけ目をつぶって横になった。
しばらくして慌てて起きた。けっこうしっかり寝てしまった気がする!皆は携帯食も食べ終えて、私が起きるの待ちだったようだ。ごめんなさい!
アランさんが、レベル35なら弱い敵ならナオに任せていいんじゃないかと言い始めた。うわー、責任重大だ。でも任せて貰えた嬉しさもあり、気合を入れた。
そして私に「ナオ、どんなダンジョンでも、弱い敵しか出てこないようなダンジョンでも、決して気を抜くな。油断するな。……安全地帯は大丈夫だけど!」と大事な教訓を教えてくれた。
そして私は弱い敵を倒す係になった。
レベルが上がったせいか、敵が弱く感じる。
恐怖心があっという間に消え去り、
コア目掛けてパンチ、キック、コンビネーションで倒していく。
「助かるー」とマハトさんに言われた。私が役に立っているなんてちょっと信じられない。
そのうちに、ここにいたら邪魔だな、と味方の魔法の射線上を避けて攻撃出来るようになった。
ボス戦はやっぱり怖かったけど、徐々に弱い敵がボスと同時に出てくるようになり、私はひたすら力を抜いて、コンパクトに、無駄な力を使わず、倒していった
段々と自分の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。
味方の邪魔をしそうな敵から倒していく。
自分の足が速い。
敵の剣筋がゆっくりに見える。
斬られる前にコアを打ち抜く。
マハトさんとリシェルさんは、私が動きやすいようにか、ほとんど位置を変えないでいてくれたので、弱い敵を倒しやすかった。敵のコアを肩と腰を入れた伸びるストレートで打ち抜く。
なんだか自分の動きじゃないみたい。
そんな事を思いながら、戦い続けた。
「これが最後のボス部屋ね。」
リシェルさん…。普通だな…。
アランさんに、みんな鬱憤が溜まっているから、最後くらい強めにやりたいので、巻き込まれない場所にいてね、気をつけて、と念を押された。
ボス部屋の扉が開き、中に入り、リシェルさんの指した場所へ隠れるように立つ。
カッ!
ゴオオオ……
ズオオオオオオ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!
光と轟音、そして衝撃で、何も見えなかった。ただ、ダンジョンが崩れませんように!!!!!と必死で祈った。正直に言うと、味方の攻撃が一番怖くて、死ぬかも!!!!私!!!!と思った。
ニッコニコでラスボスのドロップ品を見ていた皆さんであったが、え!と驚いた声で、「これ、ナオって書いてあるよ!」と呼ばれた。……私はまだ柱にしがみついてしゃがみこんでいたが、なんとか立ち上がりフラフラとドロップした宝物を見た。
いくつかあるようだが、そのうちの一つに拳につける、総合格闘技のグローブにも似た、指の出るタイプのグローブを見つけた。たしかにそこにはNaoと書いてあった。
オープンフィンガーのグローブかあ~!かっこいい~!使ってみたい!
そう騒ぎたくなるが、皆さん帰りも慎重で、家に着くまでがダンジョン攻略……なのかもしれない。少し面倒に感じるほど、徹底している。ジュードさんの集中力が凄まじい。
責任感というか、自分の役割に徹することに全てをかけている姿が、やっぱり、上手く言葉に出来ないけど、かっこいいと思った。
結局、一つの罠も見つからず、敵もいなかったので、順調にダンジョンを出ることが出来た。
「っぷはあー!空気が美味しいですね!」
「俺、久しぶりにこのダンジョンに入ったなぁ。」
「私も久々。ナオちゃんが初めて入るダンジョンにはピッタリだったわ!」
「……あー。俺集中力切れた。晩御飯作るの無理だからなんか食べて帰らない?」
「僕は先に帰る」
「マハトお疲れ様ー!」「お疲れー!」「お疲れ、マハトの分まで食べてくるわね!」
「マハトさん!装備ありがとうございました!」
マハトさんが振り返って「良かったね。」と言って帰って行った。
「美味しい……。このエール」
「ちょっと!ナオお酒ダメじゃないの!?」
「私は22歳、成人です。大人れす。」
「……疲れてる時に飲むと酒が回りやすくなるぞ」
私のエールを奪って一気飲みされた。
「あー!私のエール!!ジュードさん!ひどい!」
「なるほど、こういうタイプの酒乱か。」
「アランさん、なんですか?」「絡むな、絡むなそこ!ナオはお酒禁止な!」
とにかくたくさん食べた気がする。
そして絶対にグローブを外さない私を見てみんなが笑った。
「ナオちゃん、ちょっとレベル見せて?」
手をかざして見せる。
「うーん……」アランさんは難しい顔をしている。
レベルは57になっていた。
覗き込むと、私のジョブは、キックボクサー(アマチュア)、空手道、になっていた。
「神の加護……の効果か?」
「うわっ、これ、もう1回行けばレベル100で最大値……」
リシェルさんも「あら……じゃあもう一度行きましょう、今度」なんて言うものだから、
「いえ、しばらくは……レベルも上がりましたし……」と言葉を濁す。
しばらく行きたくない、と思うくらいには心身共に大変だった。
冒険者ギルドにコアを売りに行って、酔っ払い状態のいい気分で家に着いた。
アランさんが、寝る前にちょっと、とみんなを呼ぶので、マハトさんも来て、戦利品の分配をした。
「あー、俺はこのダガーもらっていい?」
「僕はこれもらいます」「それ、ただの回復薬じゃん……」
「私はこの装備で!防御力は低いけどデザインが好みだから。」
「俺は特にないなぁ……ありません。じゃあ残りはナオちゃんのでいいの?」
「いいです。お疲れ様した!」
「お疲れ」
「おやすみ~!」
「はい、ナオの分な。お疲れお疲れ。初ダンジョン頑張ったな!ゆっくり休めよ!」
アランさんが行ってしまってから、紙に書いてもらった金額に愕然とした。
8932スベイン2ラスあるそうだ。
硬貨が8934枚……。
しばらくアランさんのマジックバッグに入れておいてもらおうと決めて、金額のメモだけもらっておいた。
私の初ダンジョン攻略はこうして幕を閉じた。
※作者は計算が出来なさすぎて伝説的なテストの点数をたたき出したことがあります
今後とも通貨の数字を間違えまくりますがよろしくお願いいたします。なお、評価やブックマーク登録をして頂くともの凄く嬉しいです。