マハストラージェ
……本当に砂漠なんだ。マハストラージェって。マハトが手を握って、僕の家、こっち、と連れて行ってくれる。
「ただいま。」ゴソゴソと音がしてドアが開く。「マハト!?マハトとお嫁さん!?」「突然お邪魔してすみません。私、マハトさんのお友達で……」「砂が入るから中に入ろう」「あ、ごめんなさい!」
「父さん、母さん、ただいま。ロジェとレリクは?」
「寝てるよ。マハトのお嫁さん、お腹空いてない?」
「お嫁さんじゃないよ。彼女は悩み事が多すぎて、抱え込めなくなっていたから連れてきたんだ。」「まぁ……。」
マハトのお母さんはギュッと抱きしめてくれて、手を包むように握ってくれた。
「いつまで居てもいいし、いつ出かけてもいいからね。ゆっくり休んでいってね。」
食欲がなくて、お腹が空かないと言うと、夜も遅いし寝ようと言われる。
ベッドじゃなくて、絨毯の上だ。「どんなので寝たい?」「……布団かな。」「布団を出してみて。」「布団と枕!」ボムッ。
「夢って凄いね、マハト。クマもいる。」「寝よう。」髪を解いてパジャマに着替える。「マハトのパジャマ、素敵だね。」「母さんが作ってくれたんだ。マハストラージェに伝わる魔除の刺繍が入ってる。」そーっと撫でるとでこぼこしてる。「くすぐったいよ。」「……マハトがこんなに優しく笑うなんて、やっぱり夢だね。」
布団に入ったら安心した。ずっとベッドだったからかな。
「おやすみ」「おやすみ……」マハトの胸に額をくっつけて、小さな獣みたいに、眠った。
「おはよう」「……おはよう。朝日が眩しいね。」
「お腹空かない?」「あんまり空かないなぁ。水飲みたいかも。」
「ナオの一番美味しいお水を出してみて。」「え?」あぁ。そうか。夢の中にいるんだ。
手をかざすと、ペットボトルに入った天然水が出てきた。
1本をマハトに渡して、1本を飲む。必要以上に冷たい。マハトと冷たい冷たいと笑いながら飲み干した。
「あ、ゴミ……どうしよう。」「砂にしたら?」ペットボトルがサラサラと砂になって窓の外に流れていく。
「マハトはお腹空かないの?」「ナオがお腹空いたら僕もお腹が空くかも。」なにかに気づいて振り向くマハト。
「あ、ロジェ、レリク。久しぶりだね。大きくなった。」
「妹さんと弟さん?」
「妹のロジェと、弟のレリクだよ。ご挨拶は?」「およめさんはじめまして。あにがいつもおせわになってます。」「……およめさん、こんにちは。およめさん、きれいだね。」
ロジェはマハトの膝に座り、レリクがナオの膝に座り、寄りかかりながらまっすぐに見つめてくる。ナオは空っぽの自分を見透かされることを恐れた。
「レリク。お姉さんはね、すごくすごく疲れてるんだ。」「わかるよ!こんなにきれいなのに疲れるんだね。」
「レリクくんも、すごくきれいな目だね。お父さんに似たのかな?お母さんに似たのかな?」
「ぼくはお兄ちゃんに似たの!」「わたしも!」と言うから思わず笑ってしまった。マハトは慕われてる。
「プールに入りたいな。」「プール?」
外に出て、砂も入らず、晴れた天気の透明なドームを作る。
誰も溺れないプールで、溺れたらネットがすくってくれる。塩素臭くないのに、殺菌してあるプールで、水着と、トロピカルフルーツのジュース!
ボンッ!
結構大きな、丸い形のプールが出来た。マハトは水着になった自分にびっくりしている。
私は白いビキニにしたらマハトが慌てて目を閉じて「ナオ、刺激が強い。手加減して。」と言うので、赤いパレオタイプに変えた。
マハトがいつまでも真っ赤な顔なので、レリクとロジェと一緒にからかった。
「水がこんなに!」
パシャパシャしている。
浮き輪を2人にかぶせて、そっと手を離すと、ロジェは喜んでバタバタさせていて、
レリクはこわごわといった様子で、浮き輪にしがみついていた。
段々慣れたようで、水から出て、飛び込む、を繰り返す。
底にぶつからないように魔法をかける。
ビーチサイドに寝転がれる椅子を置き、テーブルにトロピカルフルーツのジュースを4つ、用意する。美味しくてびっくりした。
「マハトも飲む?」と言うと、「甘いけど美味しい。」と言う。
2人がプールから出て、お腹が減ったというので、元の服装に戻し、プールも何もかも、砂になった。
マハトと手を繋いで家に帰り、マハトのお父さんとお母さん、ロジェとレリク、マハトと私でご飯をごちそうになった。
香辛料の効いた不思議なミルクのシチュー。
食後に甘いコーヒーを頂き、マハトのお父さんの弾くリュートに耳を傾ける。力強い声が、心に響く。マハトに寄りかかりながら、レリクを膝に乗せて、いつまでも、いつまでも聴いていた。
そろそろ寝よう、の声に、小さなシャワーを作り、洗面所を作り、使い終わったら砂にした。
「これ、母さんがナオにって。」
「素敵なパジャマ……。」マハストラージェに伝わる魔除の刺繍。指でなぞると魔力を感じる。
「形が力を持つなんて、不思議だよね。」
マハトの額に額をくっつける。
「マハト、お父さんとお母さんにお礼がしたいの。」
「あの人たちは何でも持ってるよ。」
「気持ちだけ返せたらいいのに。」
「それも届いてるよ。」
「マハト……ありがとう。私、明日帰るね。」
「ナオ……。ナオはさ、この間夢を見たでしょ?僕の夢は見た?」
「マハトは夢の中で、私が好きだから好きだと言わないって。仲間と笑ってる姿を見るだけでも幸せだって。そう言ってたよ……。」
「……相変わらず寝付きがいいんだな。」
マハトはしばらくナオの髪を撫で、こっそり見に来たロジェとレリクに寝るように言った。
「お父さん、お母さん、ロジェもレリクも、ありがとうございました。」「いつでも心を休めにおいで。」「およめさん、またね!」「またね!」お母さんにギュッとして、マハトと手を繋いだまま、魔法陣も描かず、姿が消えた。