表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/33

ナオ、格闘技教室に行く


今買ったばかりの地図を広げて、どこだろう……と探してみたら、街の南側にあるみたいで、地図を片手に歩いてみる。

格闘技教室のイメージが、この魔法と剣の世界にどうもしっくりこない。しかし、格闘技はこの世界に存在する!

それが凄くナオには嬉しかった。



幼い頃から武器を持たずに戦うヒーロー映画に憧れていたし、映画であっても、練習風景のシーンを見るのが好きだった。もしかしたら、頑張ってる姿がかっこよく見えたのかもしれない。


しかし現実は厳しく、キックボクシングではリーチと言われる両腕の長さが短かったり、動体視力が追いつかなくてパンチが避けられずに当たったり、自分の身体能力では難しいことが多かった。


もちろん工夫はした!肩と腰を入れてパンチを打つと、その分だけ伸びるし、動体視力の動画を毎日見つめて、目の筋肉を付けたり……でもどうしても限界がある。


あっちの世界にいると、すぐに自分の限界を見つけてしまう。


でも!この世界では、視力や足の速さも上がったし……ちょっと心がついていけない部分はあるけど、

そもそも自分のレベルが数字で見えると、頑張ろう!みたいな気持ちになる。

一番ナオがワクワクするのは、まだ、この世界のことが全然分かっていないからだと思う。


明日、自分がどう過ごすのか、どんな発見があるか、分からない。こんなに楽しいことはなくて。


今は、こっちの世界の格闘技ってどんな感じなんだろう、というワクワクでいっぱい。


キュッと髪を結んで、気合入れて行くことにした。途中のお菓子屋さんでお菓子を箱に詰めてもらう。これでよし。


あ!見えた見えた!あそこだ!

普通の一軒家に見えるけど……


「こんにちは~……。」しーん……。

「こんにちは~!!」ドタドタドタ……

ガラッと引き戸が開いて、「こんにちは!えぇと!お嬢ちゃんは……まさか格闘技教室の入門希望者?」

「本日は勝手ながら見学に来させて頂きました。突然のご訪問失礼します。これ、大したものではありませんが………………」敬語の使い方を忘れかけている……。


「し!師匠ー!!可愛い女の子が、見学に来たんですけど!」したたたたた……


……もしかしたら前の世界の空手道場みたいに移動は小走りなのかもしれない。それに、ドアじゃない。引き戸だ。異世界に引き戸がある!



ダッシュでおじいさんがやってきて、「お、お嬢さん、格闘技、好きなのか?入りなさい入りなさい。」凄い勢いだ。


なんとかご挨拶のお菓子を渡せて、お茶を頂いた。これは!緑茶だ!異世界に……静岡がある!?


「どうぞ、お茶でも……」と言われ、お行儀悪くごくごく一気に飲んでしまった。久しぶりの緑茶はすごく美味しい!!!すぐについでもらい、また一気に飲んでしまった。「美味しいですね!」と言うと「なかなか手に入らぬぞお……」とニヤリとされた。



周りを見渡してみると、板敷きの床があり、どうやらそこで普段の稽古をするようだ。

「今日は誰も練習していないのですか?」

「する!わしと、せがれが!」最初の方が息子さんで道場主、おじいさんが師匠だと教えてもらった。道場主のことは先生と呼んでいいらしい。



「格闘技教室と言っても、そもそも格闘技を知らぬものも多くてな。」


剣と格闘技は相性が悪い。剣道でも、剣道三倍段と言うくらい。それくらい、武器を持った人間は強い。攻撃力も攻撃範囲も広い。わざわざこの世界で格闘技をやる人は少ない気がする。


……それでもやりたい人だけが、こうした道場に通うのだろう。


板敷きの道場に通されたので、押忍!失礼します!と両手両足の動作をつけて空手式の挨拶をして、神聖な道場に足を踏み入れる。

邪魔にならない端に正座し、拳を足の付け根に置く。


「お嬢さんは……まるで武神のような佇まいじゃの……一歩足を踏み入れた瞬間から、雰囲気が変わったの……。」そ、それは買い被りすぎでは……。


「今から、ワシと息子がやることをよく見ておれ。」


……全ての空気が音をなくして、風の音だけが聞こえる。


組手のように相手と間合いを取りながら、少しずつ、構えを取りながら円を描くように移動する。


先に仕掛けたのは先生だった。目潰しからの後ろ回し蹴り……。思った以上に初手からガッツリ行くなぁ、と思っていたら、師匠の掌底がみぞおちに当たって……ない。それなのに、「ガハッ!」と先生がダメージを受けている。

再び構え直した師匠の手に、ボワッとした赤い光が見える。……なんだろう、あれ。魔力なのかな。



師匠の手がすう……と動いて、肝臓、喉仏、みぞおちにトトトンという変な突きをした。先生が膝をつく。あっという間の出来事だった。


……なんだろう。力を入れているようでもなかった。それと、喉仏ははかなり危険だ。急所ばかりを的確に攻撃しているので、下手したら命に関わりそうだ。



多分、剣に負けないように相応の殺傷力を持たせたものだろう。空手にも似てるし、武術にも似てるし、なんとも言えない。重心は先生は高くて、師匠は低い。

師匠は先生を立たせると、お互いに礼をした。

うわあ!異世界の格闘技には武道の礼節がある!!


見学していた私も、ありがとうございました。と正座のまま礼をする。


「さて、お嬢さんもやってみるかの?」

うーん、言われると思った。

「少し準備させてください。」柔軟を始めた。

文字通り、身体を柔らかくする。足の指に手の指を入れて、回す。足首も回し、開脚、アキレス腱のばし、膝回しに腰回し、足首を頭の上に持ち上げた時、めちゃくちゃ観察されている事に気づいた。


「息子よ、よく見ておれよ。」「はい、師匠。」ただの柔軟なのに……。


「お待たせしました。お手合わせよろしくお願いします。」

深く呼吸する。

空手とキックボクシングでは心の在り方まで違う。


静かな心……。


構えて相対すると分かる師匠の強さ。

樹齢1000年の杉の木みたい。


間合をはかりながら、じり、じり、と円を描くようにして隙を伺う。なかなか踏み込めない。瞬間、ひゅ、と音がして、とっさに避けた。えげつないなあ!!

縦拳の中段突き。試されている一撃だった。


私の空手は勝つための空手じゃないので、構えをキックボクシングに変える。

「ほう……面白い構えじゃ。」

本気で行かないと……死ぬ。そんな殺気を感じた。


ガードの隙間から相手を見る。顔面を狙って打っていく。全て止められるが、逆の手を首の後ろに回し、師匠の後頭部を強く押さえて顔面に膝蹴りを寸止めで入れ、バックステップで素早く離れる。

超絶反則技である。

「やるのお。」

師匠が構える度に、手に赤い光が揺れる。連続で来る!避けきれ私!

レバー、喉、みぞおち、心臓!



ひええええ!!


避けて、避けて、避けて、避けた!心臓はやばい!心臓は!


バックステップで位置取りをする。

あの赤い光、私も出せないかなあ。なんか、闘気!!って感じなんだよね。師匠が技を出そうとすると出るように見える。


心を静かにして、利き手に集中する。上手く言えないけど、気を放ちつつ、抑え込むような、静かな炎のような。

手が熱くなり、私の手からも、師匠と同じような青い光が出た。

師匠が当てない掌底で先生をダウンさせていたのを思い出しながら、素早く距離を取り、両手で打つ掌底をとっさに手加減して胴体に放った。手は当たっていないのに、確かな手応えがあり、師匠は後ろに吹っ飛んだ。


慌てて「大丈夫ですか!?」と言うと、立ち上がったので少しホッとした。構えを解いて、礼をする。空手とキックボクシングのミックスにしてしまったなぁ~と思っていると、「驚いた。」と師匠に言われた。


「闘気を練るとはの……。」

「あれって本当に闘気だったのですか!?」

「お前さんは自分が出した技を知らんのか!」びっくりされても分からないものは分からないので、なんとなく自分の手を見つめる。


「…師匠が出しているのは魔力だ、だけど、同時に気を発してもいるらしい。殺気も。それを、手足に集めて強化して攻撃する。威力は……手加減が出来ないと最悪、死ぬ。」


やっぱり!?

なんか危ない気がして、最後みぞおちではなく胴体を押すように意識して、本当に良かった~。変な汗をかいていると、


「今の、見てみますか?」

先生が手を壁に向けると、はっきりした映像が見える。私と師匠が構えて向き合っている……と思ったら、

しゅばばばばばばっ……

凄い速さのやり取りをしている。


「……エッ。」


「……。」

「……。」

先生と二人で沈黙してしまった。

なんてこった……。レベル7から57になるとこんなことになるのか。危なすぎる。というか、師匠、強すぎる!


「ええと、今日は帰りますね。楽しかったですし……美味しいお茶ご馳走様でした!お月謝の金額が分からなかったので…こちら、足りなかったら言ってください!また来ます!あ!入門したいので、これからよろしくお願いいたします!」


私は逃げた。全力で逃げた。


師匠は「茶が美味かっただと……。」と言い、先生は、「久々にバケモノ級が来ましたね……。」と。

しばらく、18スベインの入った封筒を持って、2人とも、ナオが逃げ去った方向を見て、立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ