神様と遊ぶ方法
神社とは、神の住まう社。
古来より神社は神聖な場所と言われてきた。
これはとある町の、とある神社のお話。
とある町のとある山の麓に御神神社という神社があった。
そこでは一年に一度、遊神祭りというお祭りが行われるそうだ。
昔は様々な願いを込めて祭りがあっていたのだろう。
だが今となっては祭りの意味は、生き字引のような老人達しか知らない。
今日は遊神祭りの日。
町の人たちが集い、出店や太鼓囃子で町が賑わう日。
人々の願い、祈りが一度に集まる日。
神様は今日も僕たちを見守ってくれているのだろうか。
神社の参道から境内にかけて人で溢れている。
大勢の人々と同じように、僕も幼馴染みの女の子と一緒にお祭りに来ていた。
「はやくいこぅよ、あたしお腹空いたよ」
…色気よりも食い気か。
と思っていると伝わったのか後頭部を叩かれた。
この祭りでは子どもだけでお参りするという風習がある。何でも神様に挨拶に行くらしい。
だから僕はこの子と二人でお祭りに来ていた。
親からいくらかのお小遣いをもらい、お祭りを楽しむんだ。
僕がたこ焼きを提案すると簡単に食いついてきた。
「あれじゃない?たこ焼き屋さん!」
てててーっと軽快な足取りで目標に向かって駆けていく幼馴染みを追いかける。
人混みの中をすり抜けていく様はまだまだ子どもで、でも僕にとって太陽のような存在だった。
先にたこ焼き屋さんに辿り着いた幼馴染みの子はたこ焼きしか見えてないようだ。
僕の分も含めて二人分注文してくれているだろうか。それだけが心配で僕も女の子の元へと急ぐ。
まだ僕が着かない内にたこ焼きは出来たようで、女の子の手へとたこ焼きが渡る。どうやら僕の分も頼んでおいてくれたようだ。
だがこのままではたこ焼きに夢中になり、僕の分は残らないだろう。
まぁ、その心配はないのだけれど。
たこ焼きを受け取った女の子は右手でたこ焼きを抱え、左手で自分の巾着袋や着物を探り始めた。
次に僕が隣にいないことに気が付き表情が沈んでいく。
どうやらお金がないようだ。屋台の強面のおじさんの顔も険しくなっていく。
おじさんが女の子に声を掛けようと口を開けた瞬間、僕が隣にたどり着く。
女の子は自分より身長の低い僕をみつけると顔をほころばせた。そして僕の名前を呼んだ時、僕は女の子の目が滲んでいるのを見つけた。
僕は幼馴染みを出来るだけ見ないようにおじさんにお金を渡す。
君にお金を預けると必ず落とすから僕に渡された事を忘れたのかい?と僕が呆れた声で言うと女の子は口をぽかんと広げ、頬を赤くした。
「あ、そういえばそうだったね、あはは」
言葉尻がどんどん萎んでいき、照れたようにたこ焼きを大切に抱え直した。
僕はため息をついて桜の模様が表面に描かれた100円硬貨を二枚、幼馴染みに渡す。
「あっ…」
二枚の内一枚が女の子の手からこぼれ、茂みへと勢いよく転がっていく。
僕は呆けたように硬貨の行く先を見続ける女の子に改めて取り出した硬貨を握らせると、転がっていった硬貨を探すために茂みをかき分けていった。
暫く近くをがさがさやっていたけれどなかなか見つからない。
僕は仕方なくもう少し先を見に行くことにした。
「見つかった?」
突然の背後からの声に僕は勢いよく振り返り、身構える。
そこにいたのは幾度となく見てきた幼馴染みの顔。僕の反応にビックリしたのか、そのままの姿勢で固まった。
お互いが驚いた顔をしていたんだろう。二人の間に木の葉が舞い落ちるまでお互いが固まっていた。
「なによ、びっくりしたぁ…。でもまだ見つかってないみたいだね」
女の子は自分の胸に手を当てるとじゃあ一緒に探そうと一言、しゃがんで茂みをがさごそとやり始める。
僕も一息ついてから茂みに向かった。
「見つからないね」
3分ほど経って、黙々と探し続けていた女の子が声を掛けてきた。
僕は顔を上げずにうん、と返事を返す。きっと女の子も顔を上げずに探し続けているだろう。
「何を探しておるのじゃ」
再び、僕の背後から声がかかる。
そりゃお金に決まっているだろう、と言いかけて開き駆けた口は止まった。
じゃ…?
少なくとも僕の知る女の子の中にはそんな言葉遣いをする子はいない。
ましてやさっきまで一緒にいた幼馴染みでは間違ってもありえない。
恐る恐る、僕は後ろを振り返った。
「何か返したらどうなんじゃ」
とすん。尻餅を付いた音が人ごとのように耳に届く。
眼前数㎝の距離に現れた顔は一瞬ではどんな顔をしているか分からない。
未だに僕の目の前に広がる顔から少し顔を引くとその姿が薄暗い空間に浮かび上がった。
儚い。
そんな印象を与える少女だった。
白い襦袢にスカートのように広がった白袴。
脱色されたような、それでいてほのかな輝きを放つ一部を結われた白い長髪。紅い櫛飾りが辛うじて現実味を帯びて存在している。
そして陽炎のように消えてしまいそうな程透き通った肌は幻想的ですらあった。
僕はその姿に見入ってしまった。
少し開けた木々の天井から覗く満月。
満月を背負うように立つ少女はまるで月の妖精のようで…
その双眸はアメジストの輝きを放ち、細くなって…?
「何をしておるのか聞いておるんじゃ、答えんかい!」
凄まじい勢いで振り下ろされた足によって僕は地面に盛大にキスをした。
「なるほどのぅ、銭を落としたんじゃな」
一瞬気を失った僕にさすがに悪いと思ったのか少女は謝ってくれた。
100円を無くしたと事情を説明した僕はふと辺りを見回して、あることに気が付いた。
幼馴染みの女の子がいなくなっていたのだ。
その上、辺りにはお祭りの明かりすら見えず、星の光以外の光源がなくなっている。
あるモノと言えば少し開けたこの場所に静かに佇む巨木。その木の前に作られた小さなミニチュアの社のようなモノだけ。
「一緒にいたとか言うおなごとははぐれたようじゃの」
僕の様子に気が付いたのか少女は優しく語りかけてきた。
その様子では目の前の少女も会っていないのだろう。
「お主の言う銭じゃが…、妾はみとらんのぅ。似たようなモノなら見つけたんじゃが」
そう言って少女は桜の紋様が描かれた硬貨を掲げる。
まさしく僕たちの探していた硬貨が握られていた。
それだよ、と僕が大きな声をあげたのが意外だったのか少女は思わず硬貨を零してしまう。
僕はそれを拾い上げるとお礼を言った。だが少女は何故か不思議そうな顔をしている。
「100円硬貨は鳳凰じゃろ…?それは桜ではないか」
今度は僕が不思議そうな顔をする番だった。
すくなくとも僕は100円玉と言えばこの桜の模様しか知らない。
僕は暫くこれが100円玉なんだと伝えようとしたが違うと言って少女は聞かなかった。
結局、僕の探していたモノは100円ではなくてこのおもちゃの硬貨だと言うことに落ち着いたのだった。
「おもちゃごときを探すのに…」
軽く少女は落ち込んでから、まぁよかろうと自己完結をしたようだった。
捜し物も見つかったことだし帰ろうと立ち上がった所を少女に呼び止められた。
「もう少し、話をしていかぬか?」
最初に抱いた儚く消えそうなイメージが再び甦ってしまうような表情。
僕は一瞬迷いかけるが、幼馴染みを見つけて元の場所へと戻らなければならないと言う気持ちが勝る。
背中を向けた僕は背後で「チッ」と言う声が聞こえた…気がした。
「道も分からぬのに、どうやって戻るつもりなんじゃぁ?」
踏み出した足がピタリと止まる。
言われてみれば自分がどちらから来たのか分からない。勘に任せると言う手もあるにはあるが迷った時を考えると恐ろしいモノがある。
そろりと背後を振り返ると、そこには先程の面影もなく卑しい笑みを浮かべた少女がいる。
後で、謝るか。
僕は満月を見上げて、どこかにいる幼馴染みに許してもらえるように祈ったのだった。
女は生まれついての役者である、と誰かが言ったそうだがまさにその通りだと僕は思う。
目の前の少女は見た目の儚さを裏切るような少女だった。
笑う時には大げさに腹を抱えて笑い、怒る時には頬を膨らませて顔を赤くして、悲しむ時には僕のシャツを勝手に使い盛大に鼻水を拭いながら涙を流した。
「そうか、お主も若いのに苦労しておるんじゃのぉ」
一通り僕の生活や身の回りのことを話していたら少女がしみじみと腕を組んで頷いた。
少女の興味は尽きず僕たちは話し続けた。普段は幼馴染みの方が良く喋るのからこんなに一度に話したのは初めてかもしれない。
一時間ほど話していたかもしれない、時間が経つのはあっという間だった。
そこで僕はふと気が付いた。僕はこの少女のことを何も知らない。
次はこの子の話を僕が聞く番だ。僕は少女に尋ねた。
君は誰なの?と…
少女は曖昧な笑みを浮かべると頬を掻く。
初めてあった時のような静寂が二人の間を通り抜けた。
「…妾は、…。」
何かを伝えたそうに口をぱくぱくとさせるが少女から声が発せられることはなかった。
すまんの、少女は一言僕に伝えると立ち上がる。
僕もつられて立ち上がり、歩き出した少女について行く。
「そろそろお主の連れも心配する頃じゃろう、帰らねばな」
その顔は今にも崩れそうな笑顔で、僕はこころを締め付けられた。
何も言えない自分が悔しい。お互い声も掛けずに森の中を歩いていった。
少し遠くに、明かりが見えてきた。
ようやく戻ってきたのだ、お祭りに。
少女は立ち止まる。
どうしたの?
僕はすごく久しぶりに声を出した気がした。
聞かなくても分かっていたことなのに。これは彼女の意思表示なのだと。
「さぁ、戻るがよい、あれは件の幼馴染みではないのか?」
見れば幼馴染みがこちらへと駆けてきている
少女はここでお別れだと、暗に語る。
僕は自分の拳を強く握った。そして少女へと手を差し出して、一言。
「お主…」
僕はこの時なんて言ったのか、正直な所覚えていない。多分、一緒に遊ぼうとかそんなことを言ったんだろう。
でもやはり、少女は哀しそうな顔をする。
僕は初めて、会ってから未だ短い時間しか経ってないけれど、彼女の本当の涙を見た気がした。
そんな顔を見たくなかった。そんな顔をさせるために僕は勇気を振り絞った訳じゃないのに。
気が付けば僕は少女の腕を強く、掴んでいた。
決して離してはいけないきがしたんだ。
僕は駆けだした、ほんのりと暖かい少女の腕を掴んで。
「もぅ、探したんだからね!」
幼馴染みの顔を見た途端、ホッとしたのが自分でも分かった。
幼馴染みの後ろには一人の女の人が立っている。巫女さんの格好をしていることから、神社の人なのだろう。何故か弓矢を背負っているのが気になったけれど。
僕は二人に引き合わせるように少女を掴んでいた手を前に出した。
「どうしたのかな?」
巫女の女の人は何か分からない、と言ったような顔を見せる。
僕は恐る恐る、少女のいるはずの隣を見た。
そこには、一切れの紙を握る僕の手だけがあった。
訝しむように僕を見る二人。
僕はゆっくりと手を広げて、紙を見た。
「あ、それ御神神社の依代…?でもずいぶん古いわね、拾ったのかな?」
そこには複雑な文字の書かれた、紙の人形があった。
振りかえったその先には暗い暗い森しかない。
「さぁ二人とも境内に行って神様に挨拶しておいで」
女の人に背中を押されて、僕は紙の人形をぎゅっと握りしめる。
握りしめた人形は、まだ仄かに暖かい気がした。
10年経った今でも、あの人形は机に大事にしまってある。
神社のモノとは少し違ったようで盗みの嫌疑を掛けられることはなかった。
結局オレが見つかったのは神社の境内の裏手で、元居た場所からは遠く離れていた。
心配を掛けたことで幼馴染みからは酷く怒られたが…まぁ終わりよければ何とやらだろう。
当然、あれからあの少女に会うことはなく、あの時見た場所も誰も知らず、どこかで寝ていたんだろうと言うことになった。
でもオレは決して忘れないだろう。
あの儚い少女との短い逢瀬を。
少女の別れ際に見せた、哀しくも美しいあの涙を。
とある山に、御神神社という神社があったそうな。
御神神社では神を祭る為に御神祭り、というものがあった。
他の地域と隔絶された御神神社周辺の地域では神、自然、動物、人が仲良く暮らしていた。
度々神も人の前に姿を現し、人々と密接な関係を築いていた。特に子どもが好きでよく話を聞いてやっていたそうだ。
だがある時、神は人の前に姿を現さなくなる。
人々と深く関わりすぎた神は罰を受けたのだ。
人々は悲しみに暮れ、自然や動物も次第に元気を失っていった。
このままでは皆がダメになってしまう。そう考えた若い衆は神々へと嘆願した。
常にでなくとも良い、あの日々をもう一度、と。
暫く後、皆の嘆願が叶ってか神は人の世に現れる事を許される。
御神祭りを始まりとして人々の信仰心に応じた期間、現れることが出来るようになったのだ。
それから御神祭りは神様が遊びに来る祭り、遊神祭りと呼ばれるようになったそうな。
時代が進み、神への信仰心が薄れつつある今でも遊神祭りは続いている。
きっと今も、神様は僕たちを見守ってくれているのだから。
こんにちわ、初めましての方は初めまして兄琉です。
『神様と遊ぶ方法』どうでしたか?
もっと可愛らしい話にしようと思っていたのですが私には無理みたいです。
では、他作品共々評価感想お待ちしております。