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小手調べ

 国道477号と50号が合流する交差点の一角に、東大島ミュージアムセンターがある。

 このセンターは図書館と美術館が併設されている建造物だった。


 大通り同士がぶつかる地点なので、車の交通量は多い。だが、センターをぐるりと囲む公園に植えられている木々が、外界との防音壁の役割を果たし、騒音は中にいる利用者にまで届かない。


 沢白は敷地内の駐車場に車を停め、センターに入った。


 正面玄関をくぐると、大理石のホールが現れた。左手に図書館、右手に美術館へとつながる入口が見える。


 その中間地点に、案内掲示のホログラムが映し出されている。蓮井がそちらに進んで掲示板を見ていたが、少しして沢白に声をかけた。


「図書館の2階にある研修室で、勉強会が開催されているようです」


 勉強会が行われている研修室から続々と人が出てきた。参加者から話を聞くのは間に合わなかったようだ。


 黒川が、会場に残っていることを祈ろう。


 研修室に入ると、前方に男が二人立っている。

 一人は長身で、もう一人はずんぐりとした体型だった。


 長身がずんぐりに手を差し出し、にこやかに会話を交わしている。


 沢白たちが近づくと、長身は首をかしげながらこちらを見てきた。テレビでよく見る顔だった。


 黒川数樹だ。祈りは通じたようだ。


 長めの髪をウェーブして、ダーク系のスーツを着こなしている。着る人間が違えば、ホストに見えそうだ。


「勉強会の参加は所定のホームページから・・・」


 黒川の注意をさえぎり、沢白らは捜査官バッジを見せた。


「広域捜査庁捜査官の沢白と蓮井です。黒川数樹さんですね」


 黒川数樹はむっとした顔を浮かべて、バッジをのぞき込んできたが、沢白に視線を戻すと、まるで永年の友との再会を喜ぶかのように、捜査官たちに向かって腕を大きく広げた。


「広域捜査庁の方が一体どのようなご用件で?」


 沢白がもう一人のずんぐりした男をじっと見ると、男は何かを察したのか、黒川にいとまの挨拶をして、部屋から出ていった。



「合田南巳さんと小向顕造さんはご存知ですよね」


「ええ。二人とも当勉強会のメンバですよ。お二人がどうかしましたか」


「殺害されました」


 黒川は両腕をおろし、息をのんだ。


「失礼、今なんと」


「合田さんと小向さんが殺害されたんです」


 沢白が繰り返すと、黒川は近くにあった椅子に座りこんだ。


「あぁ、確かに二人とも今日は参加してなかったな。それにしてもいつです。まさか二人とも一緒に、その・・・」


「一緒に亡くなったのか、ということでしたら答えはノーです。合田さんは一週間前に、小向さんは昨夜被害に遭われました」沢白はそこで言葉を区切り、質問を始めた。「一緒に、と仰いましたが、お二人は親しくされていたんですか」


「いえ、別段親しいというわけでは。ただ、参加者が二人亡くなる、しかも殺されたなんて、驚きましてね」

 そう言うと、黒川は頭を抱えた。


 先ほどからリアクションがいちいちオーバーだな。


 沢白は白けた顔をしないよう意識していると、隣にいる蓮井がもぞもぞしている様子が、視界に入った。


 顔から表情が消えている。黒川の言葉を信じていないのだろう。蓮井は堅物だ。

 翻って、黒川数樹は風雲児と呼ばれるほど、最先端を行く男だ。


 まぁ、児という年齢でもないが。


 そんな男に蓮井が拒否反応を示すのは、当然のことかもしれない。

 そして何より、沢白自身も黒川の言動と行動にどこか芝居くささを感じていた。


「お二人が誰かとトラブルを起こしていたようなことは、ありませんでしたか」


「いいえ。特に誰かと揉めていたようなことはありませんでした」


「なるほど。では、お二人と親しくされていたメンバはいらっしゃいますか」


「小向さんと合田さんのお二人と親しいメンバですか・・・。いや、申し訳ありませんが、こちらとしては把握していません」


「そうですか。それから、これは大変聞きにくいのですが、この勉強会が誰かに警戒されている、なんてことはありますか?」


 黒川は沢白を睨みつけたが、やがて声を上げて笑った。


「いや、失礼。まさか広域捜査官の方からそんな質問を受けるとは」


「と言いますと?」


「この会は分権移行の効果について考え、その理解者を増やしていくことを目的とした会なんです。つまり、あなた方政府とは対立関係にある。特に、広域捜査庁とはね。我々を狙うとすれば、残念ながら、日本政府が第一容疑者、ということになってしまいます」


 さして残念そうな様子も見せず、黒川は横に首を振りながら答えた。


「さすがは黒川数樹だ。指摘が鋭い。正直言うと、そう返されるのを我々は恐れていました」


 沢白も満面の笑みで答えた。

 内心、この男へのどうしようもない不信感が高まりつつあったが。


「しかし、きちんと捜査をしてくれているわけだ。ありがたいことです。

 政府という答えは半ば冗談として、我々は集権維持派への対抗活動はしていません。

 あくまでも、分権に興味のある方々だけで、勉強をするというのが目的です。

 メンバの方の中には、周りへの勧誘をしてらっしゃる方も当然いますがね」


 黒川は〝半ば〟という言葉を強調した。どこまでも癪に障る男だった。蓮井のことは言えないかもしれない。


「なるほど。ありがとうございました。最後にお願いがあるんですが、勉強会のメンバリストを提供いただけませんか。

 二人が殺害されたとなると、他の方にも被害が及ぶ可能性がないとは言えません」


「それは令状をいただかないと、対応できませんね。個人情報の保護は二十年前に比べて格段と厳しくなっている。

 もはや政府機関といえど個人情報には容易にアクセスできなくなってる時代です。当然お分かりですよね?」


 予期していたが、当然のごとく、にべもなく断ってきた。


 沢白はそれ以上何も聞かず、礼を述べた。


 小手調べはこれで終わり。


 残念ながら、今日は黒川に分があった、と考えざるを得ない。


 だが、二人が死んだと聞いた時の、黒川の態度が引っかかる。

 先入観を持った捜査は許されないが、メモには残しておこう。


 話が済むと、黒川はそのまま帰宅するらしく、三人は連れ立った形でセンターの駐車場まで歩いた。


 黒川は何かあったらいつでも協力する、ただし正規のルートで頼んでくれ、と言い残すと、ドイツ製の白いスポーツカーに乗り込み、凄まじい勢いで道路に躍り出た。


「飛ばし屋かよ」蓮井は吐き捨てるように毒づいた。「あからさまに芝居くさい態度でしたね」


「予断は持つな。まだ手掛かりが少ない状況で、的は絞りたくないからな」


 蓮井を注意したその時、背後で「あのぉ」と声が聞こえた。

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