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風雲児とポピュリスト

「今こちらがはっきりと把握している共通点は、やはり『日本のシステムを考える会』か」


 謎の女の情報を蓮井と共有して、次は元々の端緒である『日本のシステムを考える会』について、沢白は話を振った。


「ええ。合田さんは『考える会』の活動に熱心で、ご主人や仲のいいご近所にも勧めていたそうです。

 皆さん、そういった活動には興味がなかったらしく、陰に陽に断っていたそうですが」


「その勉強会というのは、結局どういう集まりなんだ。小向の妻の話では、分権移行について考える勉強会らしいが」


 すると、蓮井はIMPを操作し、ホログラムに映像を表示した。SNSのページがあらわれる。


「『日本のシステムを考える会』。仰る通り、分権移行が制度として妥当かを考える会のようです。

 サイトの広報欄を見ると、政治制度を教えている大学教授や、シンクタンクの研究者、果てはインフルエンサーなんかを呼んで、講演をしてもらっているようですよ」


「インフルエンサー、だと」


「ネット社会での政治活動を講演したみたいです。主催者の人気取りに使われただけかもしれませんが」


「主催者。だれだ?」


「あぁ、黒川数樹(くろかわかずき)、です」


 蓮井が少々歯切れ悪そうに答える。沢白は飲もうとしていたコーヒーをデスクに置いて、蓮井を数秒間じっと見た。



 黒川数樹とは、この5年で国内の大手ITベンダーを次々と買収し、業界再編を推し進めてきた、IT業界の風雲児と呼ばれている切れ者だった。

 最近では、その経営手腕と知名度を買われ、与党からの出馬も噂されていた。


 しかも、黒川にラブコールを送っている政治家は、分権派のボスと呼ばれる藤原祢佳(ふじわらよしか)だった。

 彼女こそ、政界内部で行われていた分権移行論争を国民にまで波及させたポピュリストである。


 沢白は、『日本のシステムを考える会』がただの政治勉強会ではない、と察した。恐らく、黒川数樹を国政に送り込む応援団だろう。

 しかも、祢佳の存在や分権移行を主題に据えていることを含めて考えると、分権移行派の集まりだ。


 的場の軽口が、現実になりそうだった。


 この事件が政治化される可能性が高まってきていることは、我慢ならない。


 沢白寛二にとって、捜査とは仕事ではなく、生業である。


 事件が起こって、聞き込みをして、検視結果や遺留品の鑑定結果を複合的に分析し、容疑者を絞り込み、被疑者を特定する。

 そして、取調室を最後の戦場として、犯人を逮捕する。


 捜査の流れは、沢白の人生のプロセスと言っても過言ではない。


 捜査を阻害するものは即ち悪である、というのが沢白の考えだった。


 これまでの捜査官人生で、沢白の捜査を妨害してきたものは三つある。世論、マスコミ、政治だ。


 黒川数樹は、小向事件と合田事件を繋ぐグループの主催者であり、政界に顔が利く実力者だ。


 沢白の頭に浮かんだのは、捜査が阻害される可能性だった。


 蓮井も、沢白のそうした考え方を知っているから、黒川の名を言い淀んだのだろう。



 沢白は歯の合間から思いきり息を吸い込んだ。


「明日の朝一で部長に伝えておく。事件が政治利用される可能性は排除しておきたい」


「黒川の背後には藤原祢佳もいますからね。承知しました。

 それから、件の勉強会ですが、今夜が開催日だそうです。場所は東大島ミュージアムセンター」


 僥倖だ。黒川数樹と話ができれば、相手の出方を知ることもできるかもしれない。

 それに、被害者二人の関係も。


「話を聞きたい。行こう」


 沢白と蓮井は、オフィスを飛び出し、捜査車両に向かった。



 東大島に向かう車中で、蓮井がおもむろに口を開いた。


「しかし、もし藤原祢佳がこの事件に絡んでいたら、相当にやっかいなことになるのでは?」


「まだ関与しているかもわからないぞ」


 ハンドルを切りながら、沢白は蓮井をたしなめた。


「ええ、ですが『考える会』のメンバ二人が殺害され、これから話を聞く黒川が好意的な人物でなかったら、ほぼ確実に藤原議員に助けを求めると思うのですが」


 蓮井のもっともな指摘に、沢白は黙り込んだ。


 その可能性は大いにある。

 政府の主張と異なる分権移行派の『考える会』に、広域捜査庁の手が及べば、国家権力による不当な介入だと抗議されかねない。


「藤原議員について、どこまで知っている」


「20年前までアイシーという動画配信サービスでニュースチャンネルを運営し、若者から高齢者まで高い支持を誇っていました。分かりやすい解説と一方的な主張を押し付けないところが人気の理由だったそうです。

 その後、与党の誘いを受け、前回の衆院選に出馬。見事当選すると、党の広告塔として活躍を始めました」


「要は客寄せパンダか。あの頃のマスコミは藤原ブームだったからな」


「ですが、しばらくして、議会の質疑応答で、彼女の才能が発揮されます。

 政府への与党質問の際、行政の不手際を責める質問をしたかと思えば、次の質問でしっかり彼らを擁護する。

 そんな離れ業を連発したんです。与党はフォローされ、野党も広告塔と仲良くなれる。彼女は徐々に重宝されるようになった」


「目くらましが上手いんだろう」

 沢白は鼻で笑った。


「まぁ、そういう見方もあります。ですが、大衆には受けているみたいですよ。誰も傷つかないから」


「みんな仲良く、か」


「ええ、そしてまた彼女の新たな一面が発揮される。

 分権論争の勃発です。議会で内閣と対立する役割が多かった藤原議員にとって、分権移行派に所属するのは、当然の流れだったようです。

 ただ、政府に近い古参議員にとっては集権維持こそ、自分たちの権力を保持する前提です。

 彼らは藤原議員を集中砲火した。ところが、与野党に味方がいる彼女は、その中の中堅や若手議員の声を後ろ盾にして、着実に分権移行派を増やし始めた」


「古い政治家がよってたかって若手議員を袋叩きにする絵は、世論にとっても面白いものじゃないからな」


「まさにその点を彼女は突いた。世論を味方につけたい非主流派の政治家たちは、こぞって彼女の味方をした。

 さらに、彼女は『この論争は、老人が胡坐をかいたまま逃げていくこの国を変えるための最後の戦いだ。この戦いに負ければ、日本に明日はない』と国民に訴え、分権移行論争は瞬く間に国民の間にも波及し、藤原祢佳はシンボル的存在になった」


 信号で車が止まると同時に、蓮井の解説が終わった。


「それにしても、随分詳しいな。まさかファンか」


 蓮井に疑惑の眼差しを向ける。

 すると、蓮井は携帯電話を見せてきて反論した。


「まさか。これですよ」


 画面をのぞき込むと、新聞のWeb記事がいくつか表示されている。


「ここの記事の内容を総合して、お伝えしただけです」


「この短時間で?」


「複数情報の接点解析は、広域捜査官に必要なスキル。アカデミーで叩き込まれる基本です」


 スマホをスーツの内ポケットに収めながら、蓮井が涼しい顔で言ってのけた。

 本人としては他意はなく、ただ仕事をしたまでの気持ちなのだろう。


 沢白は好意的に解釈しようと思ったが、隣の部下の口元にうっすらと勝ち誇ったような微笑が浮かんでいるのが見えた。


 顔に感情が出るのが玉に瑕・・・。


 その時、ちょうど信号が青になった。

 蓮井への評価を再確認した沢白は、思いっきりアクセルを踏んだ。

 蓮井が思い切り前に体をつんのめる。


 沢白は何事もなかったかのようにハンドルをさばいた。

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