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合田事件

 目がしばたいてきた。


 腕時計を見ると、16時を指している。


 沢白はデスクチェアを立ち、大きく伸びをして、コーヒーのお代わりを注ぎに行く。

 的場と話し終えてから、今日の聞き込みの結果や神奈川県警から届いた捜査情報を整理していた。


 広域捜査庁では、捜査官にIMP(Investigation Memo Pad―電子捜査メモ)が貸与される。

 IMPには、様々な機能がある。

 ホログラムテーブルとリンクし、捜査官が出先で記載した情報を随時投影することも、その内の一つだ。


 しかし、昔ながらの紙メモを好む沢白は、出先では紙手帳にメモをして、本部に戻ってからIMPを更新するという、非効率な使い方をしていた。


 沢白の使い方を初めて見たときの蓮井は、普段見せることのない憐れむような顔を向けてきた。

 IMPを使いこなせていないと思ったのだろう。


 蓮井の心理を読み解いた沢白は説明した。


 単純に紙メモが使いやすいだけなのだ、と。


 彼の唯一の部下は「はぁ」とあいまいな返事をして、それ以上この話を広げようとしなかった。


 今、ホログラムは川崎の事件情報を投影していた。

 遺体や現場の状況、聞き込み結果などの小セクションが作られ、それらを一つの大きなセクションにまとめている。


 大セクションには、「小向事件」とタイトルを入れている。個々の殺人事件において、被害者名を事件名とするのが広域捜査庁のルールだった。


 神奈川県警の引き継ぎ資料を読む限り、小向は自家用車を所有していたが、犯行現場への移動には使わなかったらしい。

 川崎の工場までは公共交通機関かタクシーを使った可能性が高い。足取りを追う捜査が必要だった。


 引き継ぎ資料には、犯行現場周辺の監視カメラを管理する警備会社の一覧もあった。

 これらの会社には、後ほど日付時刻、場所を詳細に指定したうえで、カメラ映像の提出を請求する必要があるだろう。


 かつて、監視カメラ映像はカメラを設置しているそれぞれの企業等で管理していた。

 しかし現在は、個人情報保持の原則で、カメラの提供元である警備会社のデータセンターに各カメラが映像データを送信するという管理がなされている。


 メモの情報が投影されたホログラムを眺めていたその時、IMPから電子音が鳴った。


 IMPに『Y.Hasuiがメモを追加しました』という通知が、続々と表示される。


 聞き込みの際にIMPに追加した情報を、蓮井が一気にアップロードしているのだろう。


 ホログラムに視線を戻すと、千葉で起きた事件の情報が投影されていた。


「小向事件」の隣に「合田事件」のセクションができる。


 沢白は「合田事件」のホログラムをタッチし、まずは事件情報を確認する。


 情報は今朝確認した事件概要とほぼ変わらなかった。


 追加されているのは、使用された毒は青酸カリで、南巳が飲んでいた紅茶に混入されていたという千葉県警の所見だった。


 県警が撮影した現場写真がいくつか添付されていたので、表示する。


 一枚目の写真は、南巳が倒れている場所の遠景だった。


 ダイニングテーブルのそばで、キッチンの方に頭を向け、うつ伏せに倒れている女性が写っている。どうやら、彼女はリビングルームで息絶えたらしい。


 スクロールすると、ダイニングテーブルの卓上を撮った写真が現れる。


 テーブルにはティーカップが2個置かれていた。

 つまり、南巳は犯人を客として招き入れ、そして殺害されたことになる。


 千葉県警もその線で捜査していたようだ。


 青酸カリの入手先は不明だとメモされている。


 入手先の特定も始めなければいけない。最近の傾向では、ダークウェブの可能性が高かった。


 20年代から始まったサイバー犯罪対策は功を奏しはじめ、ダークウェブによる違法物品の取引は減少し始めていた。

 だがそれでも、一般人が容易に毒物を買える時代であることに変わりはない。


 そうやってホログラムを確認していると、蓮井が戻ってきた。


 今朝のはつらつとした表情はそこになく、疲れたように見える。

 さすがに半日聞き込みにまわったら、こんな顔にもなるだろう。


「成果なしか」


「すみません」

 蓮井は悔しそうに頭を下げた。


「事件から一週間経っている。捜査はこれからだ」


 蓮井を責める気はなかった。


 広域捜査官が捜査を開始するトリガーは様々だ。


 中でも多いパターンは、CCICが各捜査班に捜査指示を出す場合だ。


 その仕組みは、警察組織がアップした事件情報を、AIによる事件間接点解析システム(Case to Case Analyze System―CCAシステム)が解析し、〝接点あり〟と判断すれば、CCICから捜査班に捜査指示が飛ぶ、といったものだ。


 そのため、広域捜査庁による捜査のスタートは、1件目の事件から日が経っている場合が多く、どうしても初動捜査が鈍くなる。


「聞き込みまではまだメモを読めてないんだ。報告してくれるか」


 沢白は蓮井のコーヒーを注ぎながら、促した。


「まずは千葉県警の捜査一課に行って、担当の刑事から話を聞きました。

 現場の状況から犯人は南巳の知り合いと判断し、ガイシャの周辺を捜査したようです。

 ただ、南巳は人から恨みを買うような性格ではないらしく、トラブル等はなかったとのことです」


「そこで捜査が難航したわけか」


「ええ。現場周辺でも不審な人物の目撃情報はありませんでした。

 マンションの防犯カメラは事件当時ちょうど故障しており、映像データがデータセンターに送れていなかったとのことです」


「カメラが故障? ずいぶんタイミングが悪い」


「目撃情報からの進展は見込めないですね。続けます。

 県警からそのまま被害者宅に行って、夫と近隣住民から話を聞きました。

 夫は事件当時1か月ほどドイツ出張に行っていました。

 これについては、千葉県警が夫の勤務先と入管の記録を確認して、間違いないことが分かっています。

 出張帰りに、妻の遺体を目撃してしまったんですね。

 隣近所の話だと、マンションの住民会にもしっかり顔を出していて、人付き合いも良かったようです。

 なかなか明るい性格だったとのことです」


「殺される直前に、合田さんの様子が変だという話はなかったか」


「それなんですが、殺されるまでの1週間は出歩いてる姿を見なかったと住民たちが証言しています」


 南巳は先週殺されたから、その1週間前は、つまり2週間前。

 小向の様子がおかしくなった時期と一致する。


 2週間前、二人の間に何かあったのか。


 沢白はもう一つ気になることを尋ねた。


「小向の会社が入っているビルの警備員が、小向と女が口論している現場を見ていた。そっちに似たような情報はないか」


 すると、蓮井の眉間に皺がよった。

「あります。ショートヘアの女性が、合田宅の玄関前で口論している様子が、殺害されるひと月ほど前に目撃されてます」


 沢白は顔の前で両手を一回叩いた。被害者にもう一つ共通点が生まれた。


「千葉県警はその線で捜査をしていたか」


「ええ。ただ、住民は一瞬しか顔を見ていないため、人相は不明。

 日時も覚えていないそうで、正体はつかめていないと。

 その時期のマンションのカメラは生きていたそうなので、さかのぼって映像を調査していたとのことです」


「そうか。じゃあこっちで引き続き調べよう」


 被害者二人の前に現れた謎の女。


 それもどちらとも言い争っている。


 沢白には、彼女が事件解決の糸口のような気がしてならなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のキャラが立っていた。二つの勢力の対立と、近未来の捜査方法がよく描写されていた。 [一言] ここまで読みました。
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