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犯人像

 その後も栄子と話したが、これといって新しい情報は出てこなかった。


 自分で帰ってもらうのも不憫なので府中の自宅まで送ろうと思ったが、このあとの業務もある。

 なにせ、今朝からの現場検証や聞きこみの結果などを資料に起こさないとならなかった。


 誰か手の空いている捜査官はいないかと、他班の捜査官に連絡してみると、快く引き受けてもらえた。

 沢白は、本部の正面玄関まで彼女を見送り、オフィスに戻った。


 オフィスでは、さっきまで栄子がかけていたデスクチェアに座り、的場が何かを飲んでいた。


 湯呑みを持っているので、恐らく日本茶だろう。


 的場は本部全体の監察医だったが、地下にある自分の部屋よりも沢白のオフィスに入り浸ることが多かった。


「よりによって、分権移行とは厄介なことになったな」


 ニヤニヤしながら的場が話しかけてきた。


 明らかに面白がっている。的場には、厄介事やトラブルを楽しむ癖があった。


「冗談言ってる場合じゃないぞ、ドクター」


 沢白は砕けた表現で的場を呼ぶ。


 理由は単純だった。

 初対面でいきなり、自分に敬語は使わないでくれと言われたのだ。

 的場によると、どうも年下に敬語を使われるのが苦手らしい。


 それもおかしな話だが、沢白は沢白で、彼をドクターと呼ぶことにした。

 ドクターという言葉の響きが、的場に合っている気がしたのだ。


「捜査は面倒くさくなるだろうな。

 広域捜査庁自体が、集権維持派が作ったような組織だ。

 もしもその『日本のシステムを考える会』が分権移行派のグループだったら、随分と聞き込みには苦労するだろう」


 集権維持派・分権移行派とは、この数年で日本国内に巻き起こった政府縮小論争での立場を指す言葉だった。


 発端はコロナショック後の政府と自治体連合の対立だ。


 組織の規模による都合上、意思決定の迅速さに利がある各自治体は、政府の初動の遅さを糾弾し、スクラムを組み始めた。


 やがて、それらは『自治体連合』という組織を作る。


 彼らの小競り合いは十年ほど続いたが、数年前に自治体連合が国政に進出したことを契機に、都道府県知事の権限を強化する法律が施行される。


 こうなってくると、自治体の勢いは止まらず、国家運営全体を地域の連合で進めようという〝分権移行派(分権派)〟が登場する。

 それに対抗して、既存政党は〝集権維持派(集権派)〟を結成。

 マスコミは彼らの争いを政府縮小論争と名付け、連日連夜報道した。


 集権派と分権派はお互いに内ゲバを繰り返しながら、与野党に散らばり、果ては市民生活にまで波及した。


 大勢に流される国民性でありながら、今や、日本人は誰も彼もがこの論争に一家言持ち始めている。


「今、蓮井が調べてる。考えるのはそれからだ」


 そう言いながら、コーヒーを入れる。


 沢白はオフィスにいる間、絶対にタンブラーからコーヒーを切らさないほどの中毒だった。


 これがなければ、仕事はできない。


「その蓮井くんはどこに消えた」


「千葉だ」


「千葉。あぁ、第一の事件か」


「まだ関連性は出ていないがな。その勉強会のメンバという共通点だけだ。ところで・・・」


 日本茶を飲んですっかりくつろいでいる様子の的場を咎めるように、沢白はじろりとにらんだ。すると、的場は先を制して話し始めた。


「そうそう。小向顕造さんの検視結果を伝えにきたんだ。死因は、神奈川県警の言う通り、撲殺だった。

 背後から鈍器のようなもので殴られたんだな。

 傷の形状からして、鉄パイプのようなもので殴られたんだろう。

 それから、被害者の体、特に上半身に死の直前にできたと思われる痣が多く見つかった。恐らく、何者かと揉みあっている。

 で、ここからは死因になった打撲痕に関することなんだが・・・」


 ここで的場は言葉を切った。

 

 沢白は、またか、とイライラする。


 これは、的場の、いや監察医の悪い癖だ。


 捜査官になって20年以上経つが、沢白が出会う監察医は、みな結論をもったいぶる悪癖があった。


 最近では、監察医の講座に『捜査官をいらつかせる検視報告学』というカリキュラムがあるのではないか、と本気で信じ始めている。


「早く言え」


「傷の当たり具合、頭蓋骨の陥没の具合などから、被疑者の身体的特徴を割り出した。

 身長は175㎝から185㎝ほど、揉みあった痣なども勘案すると、男性的特徴が多分にある」


 的場は高らかに告げて、日本茶を飲み干した。


 男性的特徴が多分にある。つまり、男ということか。


 日本におけるジェンダーレスの意識は、この20年でようやく諸外国の最低基準に達してきた。


 監察医による検視報告でも、男女を明示するのでなく、男性的特徴や女性的特徴という言葉を使うようになっている。


 捜査機関がそんな曖昧な表現を内部報告に使っていいのか、常々疑問に思ってはいるのだが。


 とはいっても、犯人の特徴が分かったのだ。

 一歩前進だった。


 しかし・・・、男か。


 進藤という警備員の話だと、小向は殺される数日前に女と揉めていた。


 愛人かと思ったが、妻曰くそれはないという。


 小向には悪いが、沢白も妻の意見に賛成だった。


 確かに小向はモテるタイプではない。

 温和な性格の裏に、吝嗇さが隠れていた。

 外に愛人を作るくらいなら、貯えを増やすことを優先するだろう。


 では、謎の女は事件とどう繋がるのか。


 そこまで考えて、コーヒーを一口飲んだ。

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